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アニエス嬢はご苦労されてます  作者: ちゃ畜
魔術・魔法王立寄宿学校エールロードのフェスティバル
30/227

30、成長と胸


 

 

 エースは、小さい頃からアニエスと密かにキスを重ねていた。


「僕、アニエスとキスがしたい」


 それは、子供なりに精一杯の勇気を振り絞った言葉だった。

 告白と呼ぶには拙く……けれど確かに、彼の想いがこもっていた。

 アニエスは目を丸くし、次の瞬間、向日葵のように笑う。


「いいよ!」


 その返事に、エースは天にも昇る心地がした。

 ――この想いを受け入れてもらえた!! そう信じて、素直に疑わずに……。

 だが、何度かキスを重ねるうちに、エースは妙な違和感を覚える。


(あれ?)


 それで改めて知ることになったのだ。


 彼女がこのローゼナタリアより、よりスキンシップが激しく、情熱的で、親友や家族間すら頰といわず口に熱いベーゼ(※キス)を交わす隣国の習慣を……ませたこの義弟が、真似ているだけだと誤解していることに……!


 最初は、絶対にすぐに訂正するつもりだった。

 これは自分の気持ちとは違う、想いが通い合わなければ意味が無い! ……と。


 ――けれど。


「……このままなら」


 心の奥に潜んでいた、ずるい悪魔な自分が顔を出す。

 このままでいれば、彼女は拒まない。

 無防備な彼女がこれからも手に入る……。

 そう分かってしまった瞬間、エースは口をつぐんだ。


 それが間違いだと分かっていて、悪魔ではない、天使の自分が、呆れて軽蔑して、自分自身をチクチクと攻撃する。

 ――けれど、どうしても手放せなかった。


 アニエスは、病気で伏せていた時期を除けば、いつも変わらず、彼のキスを受け入れてくれた。

 アレクサンダーへの罪悪感にも日に日に胸に募っていく……。


 だけど同時に知っていた。


 彼はいつも、当然のようにアニエスの傍にいることを……まるで昼と夜みたいに……。


(……近すぎるんだよ、アレクサンダーは)


 焦りは、いつしか勝手な言い訳に変わっていった。

 ……正確には、そう思わなければ、心の均衡が保てなかったからかもしれない。


 けれど――それは、同時に優位に立ちたいという欲でもあった。

 やがて、エースは気づく。


(やっぱりダメだ。このままじゃ……いつまでも俺は可愛い“弟”のままだ)


 だからエースはアニエスが王宮に行儀見習いに入る前日。賭けに出た。



「アニエス、キスをしない?」



 エースはキスに誘う時は絶対にアニエスを『義姉さん』と呼ばなかった。


 相手がどう捉えているかはさて置き……自分が触れる時はアニエスを唯一、最も真剣に大切な女の子だと意識してキスをしていたから……。


 今にも破裂しそうなこの気持ちを、唇に乗せて重ねた。


「……んふっ……!?」


 生まれて初めての、舌を相手に侵入させるキス。

 親友でも、家族でもない……大人が特別な相手とだけ交わすもの。


 それはきっと全然、上手くはなかっただろう。


 けれど、それでも、彼女に思い知らせてやりたかったのだ。

 エースがどんな気持ちで、彼女にこんなことをするのかというのを……。


 唇を放した時、彼女はいつもと様子が違った。

 顔を赤らめ、ひどく戸惑った表情を見せて慌てている……。

 エースはアニエスの柔らかな頬に手を当て、彼女の瞳をじっと覗いた。


「……宿題だよ。よく考えて答えを出して……」


 そう囁き手を放した。


「……」


 アニエスはエースを見つめて、何も言わない。


 だからその時、どう考えていたのかは結局解らず仕舞い……。

 あれから一年近く経つ。

 エースはベッドの上で口元に自分の手の甲を置いた。


(アニエスの小さな柔らかい唇が恋しい……)


 大人になればきっともっと色々と欲しくなる。


 寄宿学校は厳格だが男子校のため、実はこっそりその手の本や情報は、正誤を含め溢れていた。


 まだアニエスは少女の殻の中にいて、本の中の女性とは程遠い形をしている。


 けれど、ふとした拍子にみせる彼女の腕や首元……足首や視線が……エースの中の制御できない何かを暴れさせた。


 エースは、ごそりと枕の下に入れていた本を取り出す。

 それは学校に来てから気が合い、よくつるんでいるトーマスが、その兄からもらった本のおすそ分けだ。


 その代わりに先日、新たにトーマスに飛行船の模型をエースはあげている。

 トーマスの弟は模型が大好きなため、おかげで級友トーマスは、家での株も急上昇らしい。


 エースはぺらぺらとページをめくると、そこには、半裸か全裸の扇情的な格好をした女性の絵や写真が、多彩に掲載されていた。


 ぺらぺら、ぺらぺら、ぺらぺら……。

 めくって、やがて金髪の細身の女性のページでエースの長い指が止まる。


「…………」


(アニエスもいつかこんな風になるんだろうか?) 


 エースがそう、ページに顔を近付けたその瞬間。


「……何見てるんだエース?」


 急に声を掛けられて、思わず勢いよく本を閉じた。

 そこにいたのは親友にして、人生の最大のライバル。

 

 アレクサンダーが目の前に立っていた。


「あ……アレクから声かけてくるなんて、だいぶ久しぶりなんじゃない?」


 理由は分かりきってる。


 アニエスと公衆の面前でキスしたことに、本人こそその時は有頂天だったが、その反面……親友エースとは何とも顔を合わせづらく、本人が避けていたのだ。


「うん」


 まだ多少、気まずいようで視線をずらして彼は話をする。


「まあ、ちょうどいいや! ……食べ物でも賭けてカードをしない?」


 そう言ってカードをすることになった。

 ゲームの内容はポーカーやブラックジャック。実力はほぼ互角だ。


「なんか……普通なんだなエース」


 アレクサンダーがポツリと言う。


「はは、……別に負けたなんて思ってないし、まだまだ勝負は着いてないだろ? ……まあ正直まだ少しムカつくけど」


 エースがそっけなくそう答える。

 アレクサンダーは暫く黙ったあと、ふと先程エースが枕の下に隠した本に向けて視線を投げた。


「気になるなら見れば? ……何ならあげる。俺は言ったら、たぶんまたトーマスが何冊か分けてくれると思うから」


 その答えにアレクサンダーは不思議そうな表情をして見せる。


「エースがああいうのに興味があるのが、何だか少し意外だ……」


 それにエースは鼻で笑う。


「スケベじゃない男なんてこの世にまずいないだろ? お前も、むっつりスケベだし!」

「…………」


 嫌そうな顔をしているが、無言なのは図星だからに他ならない。


「ま、アレクにはまだまだ幻想抱いてるやつも多いから、そういう本を勧めにくいんだよ。……たぶん!」


 アレクサンダーは、そこで立ち上がり、エースのベッドの端に腰かけ、エースの枕下から本をスッと出すと、足を組んでぺらぺらとページを捲りだした。


 するととあるページで指が止まった。

 エースは何となく気になり、アレクサンダーの横に座ってそのページを覗き込んだ。


(……ゲッ!)


 そのページは、さっきエースが同じように手を止めたページである。


「…………」


 しかしアレクサンダーはそのまま次のページ、次のページとページを捲った。で、あるページで手が止まる。

 写真の女性は赤毛にソバカスだった。


(……いったいこのページの何に引っかかったんだ、コイツ?)


 そう思っているとアレクサンダーは、ぽつりと呟く。


「やっぱり、でかい胸はいいよな……」


 ……確かに写真の彼女は、かなりの豊満な胸を有していた!


「う、うーん……確かにこれは幻想が壊れるのかも?」


 エースは何故、皆がアレクサンダーにこの手のものを差し出さないのかが、今ようやく実感を持って理解できたのであった。



◇◇


 一方そのころ王宮では、セオドリックが今の彼女二人と同時に仲良く“事”が済み、ベッドにうつ伏せになって眠っていた。

 そこにドアのノック音がコンコンコンと響く。



「ノートンか……入れ」

「失礼いたします。先日、申請のあった書類が届きましたのでお持ちしま……て、これは入ってよろしい状況でしたか本当に?!」

「うん……もう終わってるから。全然、大丈夫」



 ……いやいや、そうではなくって! とノートンは思わず顔を背ける。

 女性二人がベッドでしどけなく、あられも無い全てをさらけ出した状態で眠っているではないか……!?


 ノートンも一応未成年で健康・健全な思春期なのだから、ちょっとはそこら辺を配慮をしてもらいたい。


(……それにしても)


「何だか……お二人ともタイプが似た方でらっしゃいますね。何というか、その、金髪で細身で色白で……」


 それにセオドリックは純粋に首を傾げた。


「そうか……そんなことはないと思うが?」

「いやいや……先日お会いした方も、先週お会いした方も、また同じように『金髪で細身の色白の方』でしたよ?」


 今までセオドリックの付き合ってきた彼女たちは、もっとはるかにバラエティーに富んでいた。


 赤毛も茶髪も青毛もいたし、ぽっちゃりもガリガリも背が高いのも低いのも、褐色の肌も青白い肌も、綺麗系もかっこいい系もいた。


 なんなら時に悪食と断言していいほど、どんな相手とも挑戦するのだ……ただ単に節操がないのかもしれないが……。


 しかし最近はもの凄く好みが偏っている。


 その原因にノートンは心当たりがあったのだが、本人はどうして気付いていないのだろうか?


 そんな風にノートンが考えていると、それであることを思い出した。


「そういえば、何だか見せたいものがあるご様子で、アニエス嬢がセオドリック様を先刻、探しておいででしたよ? ……殿下がお楽しみの最中でしたのでお声を掛けませんでしたが」


 正直、珍しいこともあるものだと、ノートンは内心、首を傾げた。

 どちらかというとアニエスは普段、セオドリックを警戒して避けがちだ。


「……どのあたりで声を掛けられた?」


「はい、アナスタシア様の部屋の前の廊下で……って、殿下!? もう着替えられたのですか!? 手伝いもないのに、早ッ!!」


「わかった」


 セオドリックはすぐに廊下を出て、短距離の瞬間移動魔法を発動させた。


(大叔母の部屋の前で見かけたということは、たぶん今はアナスタシア大叔母の部屋にいる!)


 部屋の前に来たセオドリックは、サッと居ずまいを正してドアをノックした。

 すると中から返事が返ってくる。


「どうぞ」


 聞きなれた静かな柔らかい鈴のような声。


「失礼します。アナスタシア大叔母様……」

「……セオドリック様?」


 アニエスはベッドに座るアナスタシアにパン粥を食べさせているところだった。


 アナスタシアは若干虚ろな目をしているが、肌艶がよく、清潔な部屋で食欲旺盛な様子でアニエスに世話をされている。


「いや、私に用事があった様子だったと聞いてな……」


「ああ、なんだ、アナスタシア様にご用で来たのではないのですね? 私の用事は本当に大したものではなかったのですけれど……。アナスタシア様が食べ終わるまでお待ちいただくことは可能ですか? 私のは別に本当に大した……」

「ああ、それくらいなら大丈夫」


 話に食い気味に言われて、それなら……とアニエスはアナスタシアの食事のペースに合わせ、時々お茶を飲ませながら、ゆっくり一匙ずつ口に運ぶ。


「アナスタシア様ご覧ください。お皿が見事にすべて空きました! これはきっと料理人たちも大変喜びますよ? ……ではでは、ごちそうさまでした!」


 アニエスはアナスタシアの食器をいったんテーブルに片付け、綺麗な布巾でアナスタシアの口元を拭うのを丁寧に手伝い、アナスタシアの手を濡らしたハンカチで宝物のように優しく拭く。


 食後の水にストローを挿して渡し、それも飲み終わるとグラスを受け取って片付け、アナスタシアの枕をポンポン縦横に膨らませて整えてから、アナスタシアをゆっくり寝かせて、布団を肩までそっとかけた。


「……私はまだここにおります。何かあればすぐにお声がけください……」


 そういうとアナスタシアはこくりと頷いて、笑顔で目を閉じた。


「……今も君が世話を焼いているのか?」


「私もここで一年たってすることや任されることが増えましたので、いつもいつもというわけには参りませんが可能な限りは……。あ、でも、今は食事に行ってもらっておりますが、普段から常駐の者が三人ほどはおりますよ?」


 そう言いセオドリックを待たせていたテーブルの対面にアニエスはお辞儀をし、許可をもらってから腰を下ろした。


「……で、用事とは?」


 それにアニエスは何ともバツの悪そうな顔をする。


「先程も申し上げました通り……本当に大した用事ではないので……お怒りになりませんか?」

「……よく知らんが怒らないと思うが?」

「それでは……」


 そう言うとアニエスは、えっへん! と胸を張って見せた。


「?」

「ふふ……実は先日、身体測定が王宮宮廷行儀見習いの者たちに行われたのです。そこで、私は身長はもとより……胸囲も前よりずっと成長していたんです。おかげで、身に着けるものも増えました……これで『ぺったんこ』の汚名は返上されました!」


 アニエスは別にもともとは胸なんて気にしていなかったが、散々セオドリックに胸を馬鹿にされたことで、いつか、必ず見返してやるとずっとこの時を待っていたのである!


 ……そんな本当にくだらない用事であったので、最初わざわざ来られたことに気が引けていたのだが……こうして目の前で本人に宣言できたことが、思いの外うれしく、アニエスは心の底からドヤれた。


「……と、本当にくだらない理由だったのですが……怒らないと言ったのだから、怒らないでくださいね殿下?」


 ニコニコとしてアニエスが言う。それをセオドリックは頬杖をついて聞いていた。


「いや、別にほんとに怒りはしないが……」


 そう言っておもむろに前に乗り出すと、まるで肩を触る気軽さで、アニエスの胸を全体にもみもみ揉んだりポンポンと触ったりする。


「……っき、きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 アニエスが胸を隠すように、ずざっと後退りした。


「ななな、なっ、何をしているんですか一体!?」

「いや触って確認してほしいから呼んだんだろう? 胸も突き出していたし……」

「ん、な、わ、け、ないでしょう!! が、こ……この、うつけ者!?」

「……うつけ者って」


 うううっと言って顔を真っ赤にし、アニエスは胸の前をかばうように両手で隠し続ける。

 セオドリックは先程アニエスの胸を触っていた手をぐーぱーして眺めた。


「十三歳で……Bにほど近いAか……うむ、とりあえず合格かな?」

「ええ〜、合格ですか? やったーー!! ……っとでも言うと思うと思いますか? この痴漢殿下!?」

「……ノリがいいな」


 セオドリックは、そこで、ゆっくりと立ち上がった。


「あ……なぜ、今、立ち上がるのですか?」


 セオドリックは、すりっと顎を撫でる。


「……いや、下着を挟むから結局よく形が分からないから、直接触った方が良いのではないかと思ってな……?」

「い、いやいやいやいや、別に確認していただかなくて結構ですから! あと、あまり騒ぐとアナスタシア様が起きてしまいますよ!?」

「確かに……では私の自室でゆっくり確認するとしようか?」


 セオドリックはにっこりと手を差し伸べたが、アニエスはその手をバチーーーン! と払いのけた。


「そっちには行ってはいけない……と、何故か全本能が私に叫び続けるので全力でお断りいたします!!」


「そうか、魔法はあまり使いたくなかったが、アニエスの成長を確認するためだ。これもいた致し方無し……」


「だ、か、ら、私は結果を聞いていただければ満足ですので! というか魔法ダメ。絶対!」


 こうして二人の攻防は激しく行われたが、アナスタシアの世話係達が間もなく戻ってきたことで、アニエスの貞節は危機一髪で守られることとなる。


 ――そして、後にセオドリックは、もちろんちゃんとこってりと、タニアからキツーいお灸を添えられたのであった。

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[良い点] エース=サンはエースさんだった。不遇じゃなかった。
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