22、帰りの馬車と水入らず ※4/11あとがきに【おまけ閑話】を追加しました。
会食が終わり、帰りの同行者が決まった。
エースとアレクサンダーはロナ公爵イライアス、アニエスはセオドリックが送る運びとなり、案の定、二人はいい顔をしない。
だが、あの結婚観を聞いた直後だ。
今はそれでも大丈夫――そう判断し、渋々ながらも引き下がる。
アニエスとセオドリックの馬車が先に動き出し、二人は最後まで見送った。
その間にロナ公爵イライアスは悠然と、魔導油で走る魔導駆動車へと乗り込み、鼻歌まじりだ。
この人は、娘に度肝を抜かれることもあるが、やっぱりアニエスに何処かひどく似ている。
一種のユーモア混じりの達観とある意味での諦観が常に心の奥から覗いていた。
「殿下の前では、会話にも礼装が必要だね。……今夜は、少し寄り道をして帰ろうか?」
そう提案されて義父と王都をドライブすることになり、エースは内心、小躍りする。
「公都はいかがですか?」
エース達も車に乗り込むと、さっそく義父にそう話を振った。
「賑わいは結構だね。……だがインフラは勝手に育ってはくれない。……早くエースに引きずり出したいところだ。模型は机の上で、日々、拡張工事中なんだろう?」
イライアスはそう、優しい目で尋ねる。
するとそれにまず答えたのはアレクサンダーだった。
「はい、エースは作り過ぎて、置いてはおけないからと、友人に配り回るくらいですよ旦那様」
それを聞くとイライアスは目をカッと見開き、エースを凝視する。
「なに!? それは実にもったいない。エースの作品なら十分に値が付く。……資金を生む才を磨くのも教育の一環だ……こっそり義父命令にしておこう!」
「はっ!? 学校で商売なんて無理だ。そんなことしたら監督生に本気で大目玉をくらいます!」
イライアスの案にエースが慌ててノーを突きつけると、イライアスは指で顎をなでた。
「ははは、なるほど……それは確かに現実的な壁だな」
イライアスがニッと笑うその顔が、アニエスとつい被る。
ふとしたこんな表情が強い血の繋がりを感じた。
「とはいえ、インフラについては僕――俺も……公都で腰を据えて色々試したいです! 王都は知識を得るには最高です。でも……技術の“伸び代”は、公都の方が圧倒的だ」
指先でエースは空をなぞり、キラキラとした眼差しで話をする。
「聖遺物由来のオーバーテクノロジー研究が本格化のさらに先を行っていて、……街そのものが加速して成長している。人口も、放っておけば数年で王都を追い抜くことになるでしょう!」
エースはプライベートだと一人称が変わった。
王太子の前では『僕』だが、ここでは自然と『俺』に戻る。ここは、心許す場だ。
「王都を追い抜く、か……私も同感だ。だが、そうなればそうなったで――今度は“成長を抑える知恵”が必要になるな……」
その答えにこの少年は不服だった。
じっとイライアスの目を見つめて、その気持ちを正直にぶつける。
「……なぜ、公爵家がそこまで歩み寄らなければならないのでしょうか?」
エースは一度言葉を切り、 さらに冷静に事実を積み上げた。
「ロナ家はすでに、国に十分すぎるほど譲歩しています。財政難のたびに資金を出し、低金利で融資し――実質的に国の財政を支えていると言っていい。……この働きは果たして報われるのだろうか?」
外の車窓は穏やかに流れる。
空には星が浮かび、外気は車内よりわずかに冷えていて窓が曇った。
公爵が微笑む。
だが、その瞳はエースの強い視線から逃げなかった。
「エース、君の疑問はもっともだ。私も君と同じ問いを、何度も自分に投げかけた」
そう前置きしてから彼は静かに続ける。
「だがね、この国とロナ家の均衡を崩すわけにはいかない。……もし亀裂が入り、争いに発展すれば――最初に傷つくのは、力を持たぬ……日々を懸命にコツコツと積み上げる――そういう愛しき人々だよ」
争いに勝者などいない。
残るのは……焼け野原と民の亡骸、そして親も庇護も失い、ただ取り残された子供たち。
「我々は責任ある立場にいる。彼らの生活を守り豊かにする義務から、生涯、逃げることはできない……してはならないんだ」
静かに語るその言葉に、彼の哲学が宿る気がした。
「……旦那様、僕も質問をしても宜しいですか?」
しばらく黙って聞いていたアレクサンダーが声を上げる。イライアスは頷いた。
「もちろんだとも。言ってごらんなさい?」
アレクサンダーの口調はいつもの如く淡々としているが、少年は揺れていた。
「今は人質として、王都に留め置かれています」
その淡々とした言葉に、徐々に内面の緊張が滲む。
「子供だから行動が制限される……それは理解しています。むしろ当然の処置でしょう。ですが……問題はその先だ。……僕たちが大人になって相応の立場を背負った時、この“立場”は……どんな形に変わりますか?」
アレクサンダーは考えたくない未来を想像して、その心臓が早鐘を打つ。
その脳裏には、今夜の食事でもおかしな言動ばかりしていた……自分の『お嬢様』の姿。
ズレた感性のその人物は、……しかし、アレクサンダーが最もその身を案じる誰よりも大切な人だった。
だけど、審判はそんな少年の揺れる内心に配慮などない残酷そのもの。
「そうだね……まずは、三人バラバラに離される可能性が高い」
「やはり……そうなのですか!?」
アレクサンダーが静かに青くなり、膝の上の拳に力が加わる。
「アニエスは見ての通り魔力をまったく持たない。
だから竜の恩恵もほぼ受けていない。だから表向きには“お目こぼし”があるかもしれない。もっとも、それは『建前』だ。実のところ、殿下のご意思とは無関係に殿下の妃として“囲い込もう”と動く連中がいる」
イライアスの視線がわずかにスッと動いた。
(……本音では、正妃ではなく側妃や公妾を望む声の方が強い。ロナをこれ以上強めず、それでいて竜の力だけは利用したいからだ。……逆にアニエスは、それも察してあの場でふざけた第八妃などと発言したのか?)
――彼は知っている。
人は“利”や“金”が絡むといかに鼻が利き、知恵が回るかを。
「王族、軍、そして……事情通な上層貴族。竜のことを知っている、実に“理解の早い”方々がね。……アニエスがいれば殿下は竜の力を振るえる。国家戦略としてはそれだけで満点だ」
少年たちの眉間に深いしわが刻まれた。
世の理不尽が、無遠慮に少年たちの思いやりと正義を削りにくる。
それに、どこか皮肉を含んだ声でイライアスは尚も続けた。
「国や王太子派も、そんな“奇跡の条件”を欲しがらないわけがない。しかもアニエスの竜は 熾天竜。最初期の竜の一つで、ほぼ神……いいや、実際は最高神かもしれない」
そう竜三柱の中で、アニエスに宿る竜は最も格が高い。黄金の竜。
「数世紀分の軍事投資をたった一瞬で帳消しにする存在を前に――指をくわえているほど、政治家は善良な存在ではない」
国の上層部に間抜けなどいない。
でないと政治に跋扈する、姿なき魔物の餌になる。
「まあ……彼らがどこまで正確に把握しているかは、まだ測りかねているがね……?」
話を聞き、アレクサンダーが肩と拳を戦慄かせ、ついに我慢できずに叫ぶ。
「そんな……そんなことになればお嬢様は一生捕らわれの身ではないですか! ……そんなの僕は黙っておれません!?」
言い終えて彼は肩で息をする。悔しそうに歯を食いしばりながら……。
そんな真っ直ぐすぎて剣のようなこの少年、アレクサンダーの心からの叫びに、イライアスもまた同意だった。
「ああ、私とてそんな勝手を許すつもりはない。アニエスは我がロナ家の直系の血を引く、たった一人の娘だ」
穏やかな声音のまま彼は続ける。
「だから今日も王宮に足を運び、“余計な手出しは無用だ”ときちんと釘を刺してきた。それに……三人を引き裂くような真似を、君たちが望むとも思っていなかったからね。……その点についても、いずれ必ず手は打つと今ここで約束しよう」
軽く笑みを浮かべたイライアスは、エースをチラッと見た。
「……さーて。これで、『過分な歩み寄り』の理由も、少しは腹に落ちたかな?」
イライアスがエースを見てニヤニヤする……。
「……全部は飲み込めませんが。でも……今ので納得しろと言われるよりも、“理解しろ”と言われた気はします」
腕を組んだまま、少しだけ彼は肩をすくめる。
「ずるいな……父上はいつも。正論で逃げ道を塞いでから優しくするのは卑怯では!?」
エースは複雑そうな顔で、思わず口を尖らせた。
それにイライアスは肩をすくめて笑っている。
それから更に、少年二人に軽く警告した。
「あと念のため言っておくが、“竜を出す”なんて冗談も、今後一切、禁止だ。一、二回は覚えがあるだろう。……まあ、十二歳なら当然だ。私でもその過ちは確実に通るだろう」
そして、その後に視線をスッと鋭くする。
「……だが、理解している年齢でもある」
「――異論は?」
エースとアレクサンダーは、同時に小さく肩をビクッと跳ねさせる。
アレクサンダーは気まずそうに視線を逸らし、エースは咳払いで誤魔化すが、この人相手には無意味だ。
結局どちらも、公爵を前に「はい……」「……分かりました」としか言えなかった。
「……知っての通り、竜は百年分の力を一分の中に押し込めることが出来る。……だから『ドラゴニスト』は、統合率が数百万分の一であっても、通常の何十倍もの魔力を扱える」
確かめるような、ゆっくりとしたその語り。
「魔力が“貯まる”速度そのものが、常識の枠を逸しているからだ。さらに言えば……理論上は、その百年分の力を貯めるだけでなく、一分の内に吐き出すことも可能だという……さ〜て。そんな話を、軽口のように聞かされた人が、『もう、慌てず落ち着いて!』などと果たして思えるかな?」
視線に、再度、刃が宿る。
「力を持つ者は年齢に関係なく、その力の重さを背負う……。それが出来ないなら、そもそも口にする資格もないと私は思っているよ」
公爵は最後に静かに締めた。
「今回はそれさえ理解してくれればいい。君たちなら間違えないと信じているよ!」
二人はしばし沈黙したあと、改めて責任を感じて重々しく頷く。
「はい、わかりました。絶対に気を付けます」
「旦那様、僕たちへのご配慮を賜りありがとうございます」
その返事を聞いて、イライアスは二ッとまた人好きする笑顔を見せてくれた。
「次に会えるのは早くても六月かな。それまでに手紙を山ほど書きなさい。……はがき一枚でも十分だし、私は可能な限り返事を書くつもりだ。二人が元気だと知れれば、それだけで屋敷中が穏やかになる」
なにしろ二人は、ロナ家の人々に愛されているのだ。
「不満も弱音も歓迎するよ。むしろ、そういうものは親に押し付けるくらいで丁度いい!」
そこにあるのは、本音と……切っては離せない政治。
「……ただし覚えておきなさい。友達や先輩、先生の前では―――なるべく笑うか、もしくは何食わぬ顔でいることだ。弱みをどこで見せ、どこで隠すかを選べるようになるのも、貴族の『嗜み』の一つだ」
そう、強かさは貴族を飾るアクセサリーなのだから。
「「はい!」」
二人は最後は少年らしい元気な声で返事をした。
学校に無事に到着し二人が馬車を降りると、イライアスが洒落た封筒を二人に手渡す。
「勉強も大事だが羽を伸ばすのも必要だろう。それで好きなことをして、好きなものを買い……いろいろ王都でしかできない経験を積みなさい。……よければ今見てみるといい」
二人は促されるまま封筒の封蝋印を外した。
中に入っていたのは一枚の小切手――並ぶゼロの数が多すぎて、目で追うのも一苦労な金額だった。
「ははは……だからといってだ。女性を“買う”なんて発想は今のうちは却下だぞ?……君たちには、まだ“ほんの一息”だけ早いからね!」
爽やかな顔でウィンクとともにそう言われて、二人は思わず面食らう。
「ではまた六月に!」
魔導駆動車のドアをフットマンに閉めてもらい、公爵の馬車は寄宿学校の門を離れる。
それを二人は最後まで見送った。
後には静かな夜と、星のように美しき二人の少年が佇んでいる。
「……旦那様はやはり親子だからかお嬢様に似ているよな?」
「俺は、ああいう性格こそ嫌いじゃないよ」
エースがそう言いながら寮に点る灯りを見上げる。
そうして二人は、春の終わりの風に撫でられつつ、寮で待つ日常へと、また帰っていった。
【おまけ閑話・最初の買い物】
二人は次の休日にさっそく銀行で小切手を換金した。
金額がとんでもなかったからか……行員が騒いで右往左往に走り回り、そのまま応接間に通されて茶や菓子でもてなされる。
そして、あれこれ投資だとかお金があるのに、逆に融資だとかのパンフレットをテーブルいっぱいに並べられた。
ははは……銀行はよく「晴れの日に傘を貸す」と聞いたことがあるが、あれはどうやら事実らしい。
ある意味、人生経験を思わぬ形で二人は積むことになった。
だが、もちろんそれを天すら敵わぬ絶対的な美貌を武器に、二人は笑顔で華麗にスルーして、「いいからとっとと出せ!」とばかりに柔らかに圧をかける。
そうなるとただの人の子である行員達や支店長もタジタジとなり、最後は妙に素直になった。
とはいえ両手に抱えようとするのさえあまりに無謀な金額なので、二人は一部だけを受け取り、あとはそのまま銀行に預ける。
銀行をあとにして二人は顔を見合わせた。
「で、アレクはまず何にお金を使うつもりなの?」
そう聞かれたが、アレクサンダーはすぐには答えなかった。
「エースこそ……何に使うんだ?」
それにエースは飄々として答える。
「うーん……本かな」
そのあまりに普通の答えにアレクサンダーがわずかに驚く。
「意外……」
だが、次の解答を聞いてそれが意外でも何でもないことに気付く。
「というか棚……もしくは書店ごと買って、そこをそのまま個人スペースとして利用する」
そう言って笑うエース。
「寮だと個人スペースは限られてるからそんなに本も持ち込めないだろう? ……ついでにテーブルや椅子や珈琲を焙煎する機械やカウンターや人やバンドも雇って、……自分の図書室&カフェスペースにしようかなって!」
しかもその計画はそれではとどまらない。
「広大な王都公園を目の前にした本屋があるんだよね……。林檎の木が植えてあって花が綺麗だし、天然の鹿やリスなんかもやってくる。湖も綺麗でボートに乗れて、ちょっと走るのにちょうどいい遊歩道なんかもある……アニエスがいかにも喜びそうだろう?」
それを聞いたアレクサンダー、思わず絶句。
「あ、あと俺は人が触った本も特に気にならないから、その時に俺が読んでない本は全て貸本にするよ。それこそ王都一のセンスとサービスを武器にね。初回は珈琲とマフィンをサービス……みたいな?」
趣味、憩いの時間とスペース、恋愛、実利にエースはあっという間に一気にアクセスしてしまう。
「いや……そんないい場所。今のオーナーが手放さないだろ?」
けれどエースはそれすら想定済みだ。
「だから言っただろう? ……まずは「棚」の本をまるごと買い取って、そのスペースも一緒に毎月お金を払って個人で借りるんだ」
それだけなら、きっと店主は大喜びするだろう。
しかも、毎月の臨時収入が発生するオマケつきだ!
「で、圧倒的な貸しと信用……そして相手の油断を誘い出す……」
エースはこの美貌と類まれなコミュニケーション能力を誇る。
ゆえに、店に通う内に店主も店員も常連もやがてエースの虜になること請け合いだった。
「で、徐々に侵食して最終的に全てを手に入れる。――いわゆる社会実験さ」
相手からすれば背筋がゾッとする計画をエースは涼しい顔で述べる。
「まあ、失敗することもあるかもしれないけど……俺が最終的に買いたいのは“圧倒的な経験”なんだよね。だから、失敗もそれはそれで有り!」
エースはそう言って笑顔になった。
それにアレクサンダーは呆れたようにため息をつく。
「……お相手が気の毒だよ。悪いこともしてないのに」
「俺は、別に相手に損をさせるつもりも無いよ。ケチな詐欺師とは違う!」
「あたえる心理的影響は、どっちもどっちじゃないのか?」
「もう……お小言はいいからさ、で、アレクはどうするんだ?」
そう言われ、アレクサンダーは一瞬だまった。
「さっきは、エースをああ非難したけど、時にエースのような道をたどることもあるかもしれない」
エースがそれに首を傾げる。
「それ、どういう事?」
アレクはその問いにジッとエースを見返す。
「この資金で弁護士と会計士を雇って、まずは必要な手続きをしてもらう……僕、起業するよエース」
「起業? ……は、一体どんな!?」
「魔法と、長年の使用人の経験とコネを生かした事業を起こす」
「……学校だって忙しいし、アニエスの専属従者だろう。そんな時間が果たしてあるのか? それとも人を雇ってやってもらうとか? ……それにしたって」
「いいや雇わない。休みに一人でも出来る」
「それって……」
「……裏で誰も手を付けたがらないものを、まとめて引き取る仕事だよ」
それがアレクサンダーの答えだった。
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『おまけ閑話あとがき』
この世界観のモデルである19世紀後半イギリスは、
・行政書士、司法書士の仕事→弁護士
・税理士の仕事→会計士
が担っています。なので、今回はそちらに合わせました。




