23、セオドリックと箱の中 ※6/25 あとがきにぷち閑話あり
家族と別れてアニエスは王宮へと帰る馬車にカタカタと揺られてた。
暗いし狭いからアニエスは夜の馬車があまり好きではない。でもこれ位は慣れもあり、多少不快でも黙って座っていられる。
なのにセオドリックはアニエスの弱点を知っているからか、わざとアニエスの真横へと座った。
「……殿下。向かい側がまるまる空いてございます。広々とそちらに座られてはいかがでしょう?」
セオドリックはアニエスの提案に手を横にさっとスライドさせ、拒否を示す。
「いいや、大丈夫。こちら側の方がいつでも胸を貸せるだろう?」
アニエスはセオドリックをジトリと睨んだ。
「ご安心下さい。……本日は借りなくても大丈夫そうです……」
アニエスは、はあっとため息をついて、困ったように眉を下げた。
「セオドリック様は女性に事欠かないのですから、何もこのような、よく見なければ凹凸もわからない子供に、わざわざちょっかいを掛けずともよいでしょう?」
言われたセオドリックは、スッキリと目元が美しい碧眼でアニエスをじっと見返す。
本当に黙っていれば彼ほど“王太子”が似合う人物はいない。
洗練されていて、女子の理想をまんま具現化したみたいだ。
「私だって子供は趣味じゃない」
「……じゃあ、どうして?」
「君は気付いていないかもしれない。だが、ふとした瞬間、大人みたいな表情をする時があるんだ。それを見た時ハッとする。……とても子供になんて思えない」
「ほほう……では齢三十か四十に見えますか?」
「いいや、女に見える」
ふざけて言った言葉に、思いもかけない真面目な声で返され、アニエスは次の言葉がひゅっと喉に引っ込む。
いったいこの人物は何を言い出すのだろうか。
「だから君を口説いている時は、ちゃんと大人のレディーとして口説いているよ?」
「よくも……そんなことをおっしゃいますね! その割に人の胸をからかうくせに!? そうだ、実は気になっていたのですが……昔お付き合いしていた彼女が胸を見せてくるというのは、いったいどんな状況なんですか? ……あっ、もしかして新しいドレスを見せにいらしたとか!?」
ませた女の子だと大人の真似をして十二歳でもかなり攻めたドレスを身に着ける。
なるほど、だったらそういうことも、きっとあるに違いない! とアニエスはひとり勝手に納得した。
しかしその答えは……。
「いいや、目の前で突然ストリップを始めたんだ。よく見えるように裸であらゆる角度を見せてくれたよ」
ブーーーーーッ!
アニエスは思わず噴出した。
我ながら汚いし、正直、王太子が対面でなくて逆に助かったとさえ思う。
けれど話の内容を再度、反芻することにより、そんなことさえ一瞬で霧散する。
「はああっ!? な、何なんですか、それ!?」
「気が引きたかったんじゃないかな? 他の彼女が裸で私のベッドに寝ころんでいたから」
「こ、わいっ……!! 何だかよくわからないけど修羅場であることが、鈍感な私にすら容易に想像できます!」
「その時、思ったんだよ。へえ〜……十二歳でも結構、胸があるものなんだな? と」
「まず思うところがそこですか!? 気がどうかしています! 狂っています!?」
アニエスはすかさず、ザザッとお尻を動かし、セオドリックから可能なかぎり距離を取って安全確保に努めた。
「今も元気にしているんだろうか? エスカーナ嬢」
「名前が脳にインプットされてしまった……くうぅっ、この狭い社交界で会ったらどうしよう!」
「彼女は外国人だから大丈夫だろう」
「ツッコみどころがまだ埋まっていましたか。そうですか。……私、明日から思いの外アンジェリカ様に優しくできる気がしてまいりました!」
何というか彼女の心中を察すれば、同情を禁じ得ない。
「何でそう殿下は奔放なんですか? タニア様はあんなに貞節でらっしゃいますのに」
「さあな? ――たぶん抑圧されていたものを、性で解消していたとかだろう……よくある話さ。不満はどこかにぶつけないと、必ず不具合が出るというから」
まただ。
セオドリックはまるで、自分のことなのに他人のことのように淡々と話すクセがある。
「……個人的なことを必要以上に私がお聞きすべきでありませんでしたね。出過ぎた無礼をお許しください殿下」
アニエスは出しゃばった事に対してぺこりと頭を下げた。
そうして、セオドリックの過去の恋愛話がひとまずは落ち着き、今度はセオドリックが聞き手となって会話のボールをアニエスへと放った。
「私も聞きたい。五十件以上も婚約が破談とは……。一体、君は何をしでかしたんだ?」
「ううっ……! そんな人の傷をエグりますか? モテモテで大人気な王太子殿下が……?」
「いや、純粋に疑問なんだ。君はクセはあるが、物件としては優良物件にあたる」
「そんなことは……あ、でも……やっぱり話したくありません! 何故ならこれ以上、王太子殿下に弱みを握られるは賢明じゃない気がするからです!?」
「人の話は根掘り葉掘り聞いておいて、それを今さら言うのか?」
「えっ、後半はむしろペラペラとご自分から話されていましたよね?」
だが確かに相手にばかり情報を開示させておいて、自分がだんまりを決め込むのは不公平な気がした。
アニエスは、仕方なく重い口を開く。
「まず、私は猫を被るということを当時は全く出来なくて……何となく、それは『嘘』をついていて誠実じゃないのでは? と考えておりました」
アニエスは当時を思い出し語り始める。
「でもあとで……大してよくも知らない相手に自分の中身をいきなりそのまま投げつけるのは、暴力に近いから止めなさい」
母の口調を思い出し、できるだけ正確に言葉を紡ぐ。
「初対面で“ありのまま”でいようという態度は、誉められることではなく……むしろ図々しく、おぞましく……」
……思い出しながら、アニエスの胸はすでにジクジクと痛んでいた。
「思いやりの無い、身勝手で礼儀知らずで恥知らずな行為だと……そう肝に銘じておきなさい! と、母に叱られました」
言い終えて、アニエスは改めてダメージを食らい、項垂れる。
「……えーと、そんなことを母親に言わせたのか?」
セオドリックも思わずその内容に絶句する。
それにアニエスはコクンと頷き、姿勢を正して深呼吸をする。
アニエスは一度、情報開示をすると決めた以上、逃げたくはなかった。
「他にも虫や汚い話を聞くのが嫌な人もいるし、ましてや妻になるであろう人物から、聞かされるのをことさら嫌がる人が多いから、止めなさいとも」
相手は温室育ちの男の子。
……それらを聞かされたであろうその時の様子は、想像に難くない。
「また、血とか怪我とかについて詳しく生々しく描写し、さらに嬉々として話すのはお相手に絶対に引かれるから、止めるようにとも。それから……」
アニエスは学者的な性質があり、当時は自らの人体や生態のナゾに迫って議論することに興奮するような喜びすら感じていたのだ。
だが、……だが、思い出してほしい。
何度も言うがコレはお見合いの場での話だったということを……。
「……わかった。すごく、よく分かった!」
セオドリックが、あまりの奇っ怪な情報の数々に思わず息切れを起こす。
本当に、期待を外さないというか、超えてくるというか……アニエスがどうして“こう”なのかの起因をいま覗いた気分になった。
「あーあとお見合いの席の話の内容以外では……屋敷に猟犬を放って、相手をパニックに陥らせてしまい破談になることもありましたね」
「……よし、何でそんなことをしたんだ?」
「若すぎた……ゆえに?」
いやいや……どんだけだ! 何でも若さのせいにするな!? と、セオドリックの心は先ほどからツッコみに忙しかった。
「とまあ、かい摘んで話しますとざっと、こんなところでございます」
アニエスは話の締めに入る。
「ちなみに私に魔法をニ年以上使えなくさせられて恨みに思い、私を殺そうとしているのも元婚約者候補です」
そう、セオドリックに魔脈操作の説明をした時に、例として出された彼だ。
「えっと、それについては私もいたく反省して、治したい治したいと常々思っているのです。が、何ぶん相手が行方知れずでして……なので現在進行系で、そちらは調査中になります!」
あの……なんでこう、この子は自分の人生を自分でハードモードにしちゃうのだろうか?
「……私から言わせれば、君の方がよほど狂っているぞ?」
「もう止めましょう! このような会話はお互いの名誉が傷つくだけにございます!」
話し終えたアニエスは、窓の外を見る。
外は街頭や窓の明かりが明るく、暗い馬車の中でもそれを見ているとほっとする。
そしてセオドリックはその絵になる様な端正な形の横顔を見つめた。
確かにおかしなことばかりする娘だが、婚約を破断した男共は本当に馬鹿だとセオドリックは思う。
静かに外を見つめる横顔に、目が離せなくなる。
そんなこの少女の隣を独占できる権利を、自ら放棄する愚かさに……。
「あ、殿下……王宮に到着したようです」
アニエスは静かに言った。
改めて彼女は声も良いことに気付く。
鈴の音のようかと思えば、絹のようにふわりと滑らかな……頬ずりでもしたくなるような聞き心地。
セオドリックはこのまま離れるのが惜しい気がした。
思わず腕を掴もうと手を静かに伸ばすが、あとわずかな距離に届かず。
彼女がいた空間だけを指先が掠る。
アニエスはそれにすら気付かないで、何くわぬ顔で馬車をサッと降りた。
馬車を降りて数歩、振り返りもせずにもくもくと前を行くアニエス。
そして彼女は突然くるりと振り返った。
「セオドリック様いろいろと煩く申し上げました。……ですが、セオドリック様のおかげで、数か月ぶりに家族で食事を楽しむことが叶いました。本当にありがとう存じます!」
月に照らされ、輪郭が曖昧になる彼女が穏やかに微笑む。
「……おやすみなさい!」
そう言い深いお辞儀をする。
「ああ、おやすみ」
セオドリックはアニエスのその後ろ姿を目が追うのを止められない。
まさかこれが、彼にとっての真の恋になるとは――。
この時の彼は、まだ知らずにいたのだった。
【用語集】
『エスカーナ嬢』…………当時十二歳。外国人。セオドリックに気がある”おませさん“。胸は十二歳にしては、なかなかご立派なご様子。
【ぷち閑話】婚約未成立〜恐怖のわんわんパラダイス編〜
「お誕生日おめでとうございます。アニエスお嬢様!」
それはアニエスの八歳の誕生日。
両親から贈られたプレゼントは――。
「猟犬百一匹になります!」
「わ〜い!」
(もふもふワンワンパラダイスだ〜!)
何とアニエスの狩猟用のワンコ百一匹。
しかし、まだこの時はどの子も手のひらに乗るようなサイズだった。
「かわいいね!」
「はい、これからゲームキーパーが丹精込めて鍛え上げますので、どうか楽しみにしていてください。お嬢様」
「うん! お願いしますね」
ゲームキーパーとは狩猟場の番人を務める使用人のことだ。
その仕事内容は、狩猟対象となるキジやカモやヤマウズラなどの餌付けや環境整備、繁殖のサポートをしたり……。
狩猟場の森や川などを整え、許可のない部外者を追い払ったり……。
今回のように猟犬ガン・ドッグの飼育・訓練も重要な勤めにあたる。
また、このゲームキーパーのトムは、それこそロナ家に長年仕えるベテランだった。
そうして猟犬はトムとアニエスによってそれは大切に……大切に……育てられたのである。
そして時が過ぎた――。
「殺される殺される殺される殺される……」
「アニエス……どうして猟犬を部屋に放ったんだい?」
目の前にはパニックに陥るアニエスの新たな婚約者候補。
父イライアスにそう問われたアニエスは、彼の様子にガクガクブルブルと震えていた。
「あ、も……もふもふワンワンパラダイスを……お、おすそ分け……したくて……」
百パーセント善意だった。
だが、アニエスは愛犬ゆえに分かっていないが、目の前には一年前とは違う中型犬の筋骨隆々な眼光がギンと光るハンターなワンコたち。
背後には恐怖のBGMが流れる。うん、トムはまさに良い仕事をしたと言えよう……不幸なことに!
アニエスからすればハッピーをサプライズするつもりだったものが……婚約者候補からすれば軍人並みの猛獣を差し向けた奇襲……猛獣パラダイスだった。
「ごめんなさいいぃ!!」
……こうしてアニエスは、これが原因でまたしても婚約者候補に振られたのだった……。




