2、麗しのデビュタント
(“この世はすべて舞台である”……これは誰の言葉だったかしら?)
アニエスは、社交界デビューの列の先頭を歩きながら真剣に考え、ふむ……と他には気取られないよう、ちょっぴり首を傾げる。
本日は、乙女たちが待ちに待った社交界デビューの日。
名家や大資産家の娘にとって、それは一生に一度の晴れの舞台――正式に「淑女」として認められる儀式である。
王宮の白い双塔のもと、年頃の令嬢たちは母や既婚の親族に伴われ、華やかなざわめきへ身を投じていく。
彼女たちは『国王の応接間』で『プレゼンテーション・アト・コート』――初拝謁に臨み、国王から祝福を賜る。
それは子供部屋を巣立ち、社交界という現実へ踏み出す証。
蕾は花へ。少女は淑女へ。
王宮には、高揚が満ちていた。
そう……誰もが、ずっと思い描いた夢をいま現実に見ている。
けれど、そんな空気の中たった一人。
先頭に立つ彼女――アニエスだけが、異様なほど静かだ。
スッと伸びる背筋。
一歩一歩、迷いのない足運び。
後ろ姿からすでに伝わる、言葉を超えた気品。
その清らかさは、いっそ神々しいと錯覚するほどだった。
純白のシルクのペティコート。
長いスカートを扇状に広げ、その上を極東の上布に、繊細なレースと、朝露のような天然真珠が散っている。
白い花飾りと宝石にヴェール。
高い位置でまとめた髪。
その姿はあまりに花嫁めいていて、事情を知らぬ者が見ればこう呟いたに違いない。
「これが世界一の花嫁なのか」と……。
社交シーズン最初の大舞台を記録すべく集まった記者たちは、彼女を一目見た瞬間、目が眩んだ。
「…………誰なんだ、あの子は?」
若い記者が呆然と呟く。
「ほお、君は知らないのかい?」
隣にいた年上の記者が、面白そうに答えた。
「彼女は『ロナ公爵家』の一人娘、『アニエス・ロナ・チャイルズ・アルティミスティア』だよ。しかも最近まで王宮宮廷行儀見習いの総代表を務めた傑物でもある」
「え……彼女が……!?」
それは誰もが頷かずにはいられない存在感。
だが、年上の記者は、どこか意地悪な笑みを浮かべていた。
「ハハ、もしかして、それを聞いて彼女が完璧なレディーだとでも?」
「いや……間違ってないだろう?」
年上の記者は、ほんの一瞬、周囲をキョロっと見回してからそっと囁く。
「――彼女はな……実は『魔力無し』なんだよ」
「はっ?」
空気が一瞬、凍る。
思わず若い記者が、再度彼女をマジマジと凝視した。
「貴族だというのに、呪われし『魔力無し』。しかもそれが、あの“ロナ公爵家”の娘だという攻撃力の高過ぎる演出ときてる!」
若い記者は言葉を失う。
「もしかして、神様は悪趣味なのか?」
けれど――視線は、どうしても彼女から離せない。
白金色の髪。
オパールのように七色に輝く瞳。
非の打ち所のない肢体。
欠点を知ってなお、夢に見るような美しさだ。
――そう。
人は、美しいものに弱い。
それが、“見るべきではない存在”だと知っていても。
だが……。
当の本人……アニエスは、この視線の嵐にも、噂にも、欲望にも気付かなかった。
ただ一人、まったく別のことを考えていたからだ。
(うーん……お腹がすいちゃったわ。早く無事に終わりますように!)
――運命の幕がいま上がる。
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