2、麗しのデビュタント
コングラッチュレーーション!
今日は乙女が待ちに待った社交界デビューを果たす特別な日……。
それは貴族や豪族、一流の資産家の娘として生まれた彼女たちの一番の晴れの舞台だ。
王宮の白い双塔に選りすぐられた瑞々しく、華やかな姿で集まる年頃の令嬢たちは、母親もしくは既婚の親族といった……信頼を置く成熟した『レディー』の先導者からこの宮殿で王や王族へ、本日、正式に紹介をされる。
この『国王の応接間』で「王宮での初拝謁」を行い、淑女の成人の祝いを直接、国王より賜る栄誉に授かるのだ。
格式ばった華やかな儀式を済ませた瞬間、彼女たちは成人し蕾から社交界を彩る優雅な花として、正式な上流階級の一員となる……。
屋敷二階、子供部屋という今までの狭い世界から、彼女達が生きる場となる……この溜息こぼれる煌びやかで洗練されし本物の社交界は、高貴な少女たちをこれまでも、さんざん夢中にさせてきた。
しかし、そんな誰もが高揚した空気をまとう中、先頭の少女だけが落ち着き払い、まるで静寂そのものだ。
その気高き気品漂う後ろ姿。
至極といえる清らかさは、いっそ神々しい光さえも少女に与えた。
チュールやレースの縁飾りのシルク製の『ペティコート』……つまりは、つま先を隠すほどの長いスカートを腰よりたっぷり下ろし、それを扇状に後ろへと広げている。
胴衣の胸ぐりは深く、袖は短く、ペティコートと同じ素材で、縁飾りも合わせてある。
そのペティコートをさらに大層ながくて幅広の『トレーン』という腰布がぐるんと覆い、極東の上布に蜘蛛の巣よりも繊細で緻密なレースと、その上を天然真珠が転がり日の出前の朝露のごとく散りばめられていた。
頭部はヴェールと白い花飾りと宝石で高さを出し、衣装全体と同じく真っ白で仕上げ、『デビュタント』と聞いても、はてさて皆目検討もつかぬ者に見せたらば「ああっ、なんて綺麗な花嫁さんなのだろう……!!」と思わず呟くに違いない。
実際その乙女は、世界一美しい花嫁に引けをとらぬほど、誰よりも……主役のようにこの場の視線を一身に集め支配していた。
新聞に社交シーズン一番のこの華やかな行事を写真に収めんと集まった記者たちは、彼女を一目見て、瞬間、息さえ忘れる。
「わぁ……な……なんてッ…………! 彼女は、いったい誰なんだ……!?」
ようやく呼吸を思い出した一人の若い記者が、うわ言のようにそう呟く。
「おや、あの御仁を知らないなんて君はもしかしてモグりかい?」
「え?」
「教えてあげるよ。……彼女は『ロナ』公爵家の一人娘『アニエス・ロナ・チャイルズ・アルティミスティア』。しかも我が国が誇る王宮宮廷行儀見習いの総代表にまでなった人物だ」
彼の感動に、彼の隣にたまたま居合わせた別会社の記者が丁寧に答えた。
「そ、そうなのか!? ……どうりで!」
小馬鹿にされた事にいくらか思うところはあるものの、それをスルーして彼は素直に驚嘆の声を上げる。
ここにいる記者たちは華やかな賑わいとざわめきの中、彼女たちに声が届かないことをいいことに壁に背をつけ、堂々と噂話という名の情報交換に興じた。
彼女にすっかり魅せられた先ほどの若い記者が、うっとりと目を細めると、質問に応えたもう一方の記者が、玩具を見つけた子供のように目尻を下げ、意地悪な薄ら笑いを口元に浮かべる。
「ははっ、もしかして彼女が完璧なレディーだとでも思っている?」
「ああ、そりゃあ信じ難いほどの美人で誰もがひれ伏す名家の出自。国を代表する優雅さと献身を備えた才色兼備!! ……王太子の花嫁候補にいつ名前が挙がってきてもおかしくない人物に、ふつう欠点だなんて……え、まさか相当、性格や過去の言動に問題があるとでも……?」
単純なこの青年記者は、すでに彼女の大ファンになりつつあり、それゆえに心外だとばかりに眉根を寄せる。
けれどその話の続きが純粋に気にもなった。
もう一人の記者の方は、彼が興味を示したことに愉快そうに口の端を高く上げ、その表情は実に嫌らしく苛立たしい。
意地悪な記者は勿体ぶったようにいよいよ口を開いた。
「彼女は呪われし『魔力無し』だぞ?」
「え…………ッ!?」
聞いた瞬間。さきほどまで手放しに彼女を絶賛していた記者が絶句する。
その反応が想定内だったことが、意地悪な彼に大きな満足感を与えた。
「でも彼女はあの『ロナ』家の娘なんだろう!?」
「ああ、そうだよ? あの『ロナ』公爵家の、まごうことなき血を受け継いだご令嬢で間違いない」
「それは、また……」
明るかった彼の表情がみるみると暗く沈み、憐れむように口をつぐむ。
「……神様も……なんとも悪趣味だ」
そして、亡くなった子供を前にしたように、彼はボソリと言った。
「まあ、それでもどエライ美人に変わりない! ……一面にあの姿を飾れたなら、それこそ我が社の新聞の売り上げが倍増するに違いないのになあ。……あーあ、もったいない!! ……ロナ公爵家は新聞社の今回のパトロンにはなってはいないから、広告費を出してきたデビューするご令嬢方のご実家の手前…………写真をいくら撮っても、たった一枚すら使えやしない!」
「……ああ。彼女と写真が並べるだなんてそれこそ公開処刑も同然。トップモデルだって彼女と写真を並べたら、裸足で逃げ出すよ!」
「はは、違いないやっ!!」
二人の記者はニヤリと顔を合わせる。
「いっそ一般人だったら、うちの新聞の看板モデルにスカウトするんだけどなあ……」
「いや、その時は我が社が貰うぞ!?」
「彼女をこけ降ろす情報を開示しておいて、よくも言えたものだな。この野郎!!」
「白金色の髪に、七色に輝くオパールの瞳……九あるいは十頭身の砂時計型のしなやかなスタイル……んん! うちのモデルなら仕事と称して、すぐにでも食事に誘うよ! え、身の程知らず? ……知るかんなこと!? 全給料はたいてホテルの超一流の店で周りに堂々と見せびらかしつつ、彼女とテーブルに着く……まさにそれぞ、至高だろう!?」
意地悪な記者がしみじみとした様子で語った。
「……悔しいが、完全同意!」
完全に彼女に心奪われている記者も、鼻息荒く怒ったような悔しそうな笑顔で首を縦に振る。
そう……いつの世も男というものは美人に弱いもの。
それも格別の美人となれば、尚のことだ!
例え彼女がその身に大きな欠点があることを理解してようと、本能が夢みることは止められない……。
だが、彼女。
……アニエスはこの日こんなに誰よりも注目を集めながら、そんなこととは露知らず、一人上の空で別のことを考えていたのである……。
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