198、王子の華の成人と血の晩餐舞踏会 (人んちのペットは襲ってはなりません。あと、トイレ大事)
「ふあああああああ……! ふぁあ……お前たち、何だその手に持つものは……!?」
タニアとノートンが捕れた金魚を金魚鉢に入れ、竜の亜空間からそれぞれ持ち帰った。
どう考えても手荷物になり、二人は最初、捕まえた金魚を池に返す気でいた。
けど……何故か、金魚鉢に入れた瞬間、絶対に持って帰るべきだと本能が訴えてくる。
二人は考えに考えた末に……とくに気に入った一匹ずつを一度持ち帰り、作り主のネコさんの意見を聞いてどうするかを決めることにした。
で、現在に至る。
「スンスン、スンスン、スンスン、スンスン……」
興奮ぎみに目を見開き、すっかり瞳孔が開いた青と黄のビビッドカラーのマヌルネコ……竜のネコさんが、執拗に金魚鉢の周りをぐるぐるとしている……。
それをアニエスがガシリと止めた。
「……こら、ネコさん! 人様のペットを獲物に見立てて興奮しないの!!」
しかし、止められてもなお、ネコさんはジタバタとアニエスの腕の中で暴れて藻掻いている。
「ち、違う……観察、これは観察なのだ〜!」
「ウソばっかり! …………それにしても、竜の亜空間は真っ白で何もない空間と伺っておりましたが……?」
アニエスがネコさんをしゃがんで押さえながらタニアとノートンを見上げると、タニアは首を振った。
「全然そんなことは無かったわ。開けていて、池が無数に点在していたの。そこには色んな種類の金魚がゆらゆらと泳いでいたわ。……捕るための道具まで準備されていて、看板には『フリー』とあったのよ?」
それにネコさんが耳をビクンと立てる。
「ナっ!? そ、それはオイラが密かにワクワクと計画を立てていた夢の国……ネバーランドッ!! まさか勝手に成長していたとは……」
「ん? ……どういうことですか?」
「竜の亜空間ではたまにあるんだ……計画だけして放置したものが、自ら意思を持って成長して進めることがナ」
「へ……? 『意思を持って成長』!?」
「……言っておくが、こんな風になるのはオイラたち至高の竜の作る亜空間くらいだゾ。それもかなり稀なケースだ!」
「相変わらず、なんという非常識な存在!?」
「何でだろう……サイコパスあほ娘にだけは言われたくないぞ……?」
ネコさんはアニエスを見て眉間にシワを寄せ目を細めた。
「そういえば……アレクサンダーとロゼッタ様は何処へ?」
タニア様がいない二人を探すようにキョロキョロと見渡した。こんなに見晴らしがいいのに姿が見えない。
「ああ……ロゼッタ様がお花が摘みたくなってしまって、スキルでその設備を整えるために、アレクサンダーには付いていってもらいました」
「え、スキルで……お化粧室まで作れるのですか!?」
すると、ネコさんがウザいくらいのドヤ顔をする。
「ふふーん、……竜は並外れた綺麗好きだからな。衛生施設はどんなものだって作れるぞ!」
「アレクサンダーも綺麗好きだし……ネコさんとは本当に相性ぴったりですね?」
アニエスが敢えてドヤ顔にはツッコまず、ネコさんの頭をなでた。
「……ところでネコさん様。お伺いしても宜しいですか?」
ノートンは万物の覇者――ネコさんに畏怖と敬意をもって『様』を付けて、おずおずと声をかける。
「何だ……いつも妙に爽やかなニイちゃん?」
因みに、そんなノートンをネコさんは割りと好もしく見ているようである。
「つい、この金魚を連れてきてしまいましたが、これは、お返ししますか? 移動には手荷物になりますし……」
だが、ネコさんはそれにダメダメと首を振った。
「いいや……せっかく捕れたんだから、持っていった方が良いと思うぞ? そいつは千匹いたら宝くじ一等が当たる縁起ものでもある」
一般的な宝くじ一等の当選確率は二千万分の一。
ということはだ。この金魚一匹で二万分の一を当てるということになる!
「な、超ラッキー・アニマルではありませんか。ネコさん!?」
アニエスが思わず叫んだ。
「ん〜〜……厳密にはアニマルともちょ〜っと違うんだが……まあ、詳しくは後々な?」
そこまで聞き、タニアは手を頬に当て思わずため息をもらす。
「本当……何もかもが規格外の桁外れすぎて、普通に現実に戻れるのかが、心配になるレベルだわ……」
そう言ってタニアはノートンの方をつい見ると、タニアを見つめていたらしいノートンと目が合い、そのまま二人はパッと気まずそうに互いに視線を外した。
「…………?」
その違和感にアニエスだけが気付き首を傾げた。
◇◇
(――サロンみたいに、とても良い香りがしますわ……)
そう言い、ロゼッタが目をつむる。
(鳥のさえずりに、心地よい音楽の調べ……)
傷やシミ一つない大理石の床。
清楚なグレージュの壁紙、天井のシャンデリア、背後には金の額縁の絵画が美しく飾られていた。
全体的に明るく広さも十分。
荷物を置く棚や荷物掛けもある。
(本当に、入った時はさすがの私も、心臓が飛び出しましたわ……)
ロゼッタが個室に入った瞬間。
まるで招くように一人でにふたが開き、恐る恐る背中を向ければ、予想外の出来事にロゼッタは思わず声を上げた。
「きゃあああああっ!?」
ドレスのスカートやペチコートやスカートの補強などを勝手にたくし上げられ、下着がするんと落ちる。
まさに世にも恐ろしき体験だが、ロゼッタは抵抗もできずに、吸い込まれるように座面に座らされた。
恐怖に喉がヒクつき、もはや用を足すどころでは無い。
なのに、何をしても立つことが出来ない……あと、なんだか便座がポカポカと温かい……。
ロゼッタは苦渋の選択の結果、仕方なく済ませることを済ませることにする。
だが、その後には――。
「きゃああんっ、な、何!? 水、お湯、風ーっ!?」
こんなところで臀部にお湯をかけられるとは、夢にも思わないロゼッタは、パニックで泣き出しそうになる。
何もかもが恐ろしすぎる!
「あ、あら……? でも……これはもしかして……単に綺麗に洗われている……だけ?」
さらに乾燥まで丁寧なお仕事。
そこから、不意に横より変な気配を感じてバッと振り向くと……なぜか、光の矢印がホルダーに収まった巻き紙をピピッピピッという具合に指している。
「……『良ければお使い下さい』とでも言っているのかしら……?」
すると、矢印の先が頷く様に上下にコクコク動く。
ロゼッタは恐恐と紙の端を指でそって摘んだ。
(!! ……まるでシルクの薄物のような触り心地だわ……!)
それはしっとりと肌に馴染むように柔らかく、軽やかで、しかも三枚重ねだった!
(本当に……ここはいったい……)
もう、何だか深く考えるのが馬鹿らしくなってきた。
郷に行っては郷に従え。
成さねばならぬ何事も――。
ロゼッタは今、何故かお化粧室で無我の境地に立っている。
で、それでもって、無理やりの余裕が出てきた。
(それにしても――お花を摘みたいと、アニエス様にこっそりと申し上げましたのに……さっそくアレクサンダー様に言うんですもの……!)
ロゼッタはぷくーっと頬を膨らませる。
性に奔放で有名な歌姫ロゼッタも……違う下ネタには乙女並みの羞恥を覚えた。
(まあ、ここまで見て……アニエス様の意図は理解できましたわ。でも、それでもあの方は、少々、合理的が過ぎましてよ?)
ロゼッタには珍しく赤くなって非常にプンプンとしている。
そして、彼女はそこでピタリと止まった。
(やはり……これは恋。なの?)
ロゼッタは瞬きをして一点を見つめる。
だが恋愛についてロゼッタが深く思考しようとした瞬間、邪悪な記憶も同時に呼び起こしそうになり、頭を振った。
(取りあえず、お外に出ましょう)
ロゼッタが立ち上がるとスカートや下着はもとの位置に整い、シワすらない。
便座のふたは閉まり水が勝手に流れた。
ロゼッタは驚くのを諦め、軽く口の片端を上げる。
個室を出ると洗面台。それから――。
(……!! これは私が普段使っているお化粧品や道具だわ)
洗面所は何故か無駄にハネた水滴が消え、手を出すだけでゴシゴシと泡が洗って、水に流され、風が四方からあふれ手を乾かす。
それも十分驚きに値するが、それより何より驚いたのが……洗面所脇の立派な鏡台に、自分愛用の最高級ブランドの新品の化粧品がズラリと並び、コットンやブラシやスポンジは勿論。
髪を巻くコテなど道具も一揃い揃っている。
(……でも、正直、私だけでは使えないわ)
ロゼッタは何しろ生粋の王族なのだ。
普段なら座っているだけで皆まわりがやってくれるのだから。
それでも頬紅なら自分でも何とかなるだろうと、ロゼッタは鏡台の椅子に試しに座ってみた。
そして鏡をぱっと見ると一瞬で化粧と髪がつるんとオフされ……次の瞬間には完璧なフルメイクとヘアメイクが完成しているではないか!!
(――――!?)
おまけに爪までネイルを施されていた。
……唖然。
そうして固まっていると、さっきの個室の光の矢印みたいなものが鏡の左右に出ている……。
ロゼッタは「今度は何だ」と首を傾げ、真正面に顔を戻すと、何と全然違う化粧と髪型に変わり、爪すら違うネイルになった。
「………………………………」
ロゼッタはちょっと試しに、さっきとは反対側に首を傾げ、顔を正面に戻す。
すると、メイクや髪が先ほどのものへと戻っているではないか。
こ、これは――!?
「………………」
ロゼッタは無言でクイクイと首を傾け、いくつか別スタイルを試し…………。やがて一番自分好みのスタイルになった時に立ち上がる。
そうすると首を傾げても化粧は変わらなくなった。
「……慣れると、ちょっとクセになりますわね」
ロゼッタは、ちょっと楽しくなってきている。
化粧を終えて、出入り口に向かうと、ユラユラと水の揺らめきのようなものが壁になって塞いでいた。
けれどロゼッタは気にせずにそれに堂々と突っ込む。
くぐり抜けると、肌や衣服や靴がまっさらの下ろしたてみたいになった。
まるで、晩餐舞踏会の準備を終えた直後のよう。
「……だと思いましたわよ♪」
ロゼッタは外に出ると、少し離れて背を向けて待つアレクサンダーに声を掛けた。
「お待たせ致しましたわ〜。アレクサンダー様!」
「え――もう!?」
アレクサンダーが驚きながら振り返り、ロゼッタの姿にさらに驚愕する。
「うふふ……変身してまいりました」
アレクサンダーの驚き様にロゼッタは瞬時に推理する。
(なるほど……アレクサンダー様も中についてはお詳しくないのね。――しかも時間も、中と外で歪んでいるのかしら?)
ロゼッタは美しさに磨きの掛かった姿で、艶然と微笑んだ。
「流石はアレクサンダー様の魔法――いいえ、至高の“竜”のお力ですわね?」
ロゼッタはアレクサンダーが自分のこの言葉に、ひどく動揺すると予想する。
「――やっぱり」
(……あら?)
けれど、アレクサンダーの反応はロゼッタの予想を超えた。
「ロゼッタ様。僕と個人的に取り引きをしませんか?」
アレクサンドライトの様な彼の瞳が静かに光って、何もかも見抜く様にロゼッタの瞳を射貫くのだった。




