199、王子の華の成人と血の晩餐舞踏会 (取り引きと噛み付いた番犬)
アレクサンダーはロゼッタに取り引きを持ちかけた。それに対する、ロゼッタのその答えは――。
「交渉……分かりましたわ。ベッドにゴーという事ですわね!」
「はい!? 何でそうなるんですか!!」
ロゼッタの前のめりが過ぎる解釈に、思わずアレクサンダーがツッコんだ。
「ん? だって、アレクサンダー様が私に『この雄の身体で……どうでも良くなるくらいトロットロに溶かしてあげるから、ロゼッタ、分かるよね?』『いや〜ん!』……というお話なのでは?!」
「〜〜飛躍し過ぎにも程がありますよね!? それに僕は――」
そこまで言ってアレクサンダーはピタッと止まると、赤くなってコホンと咳払いした。
だが勘の良いロゼッタはそれだけでピーンと来てしまう。
「まあぁ! アレクサンダー様はまさか、まさかの童貞ですの!?」
「し、淑女が恥じらいもなく『童貞』とか言わないで下さいよ!!」
だがアレクサンダーは否定しない。
ある意味、男気そのもの。
「……信じられませんわ。今の大人の姿はもちろん、十三歳の姿も周りが放っておきそうに無いのに?」
それにロゼッタは不思議そうにするものの、馬鹿にしたりはしなかった。
「あやうく危ない目には過去にあいかけましたが、自衛しておりましたから」
それは暗い過去。百人に裸を見られた幼い日。
「そう……それはきっとアレクサンダー様が、お強いからこそですわ。だって殿方や、卑怯な手を使う方も沢山いらしたのでしょう?」
アレクサンダーはその問いかけに驚愕し、目を見開いた。
「何で……それを!?」
「分かりますわ。王侯貴族の少年趣味は珍しくも無いことも、隠し事だけに余計に狡猾で執念深いことも」
「………………」
「でも、童貞と知って……ますます好きになってしまいました!!」
「……は?」
「うふ、私、清潔なものが大好きなんですのよ? ――だから、お借りしたお化粧室も、最初こそ気が動転しましたが……気に入りましたわ。……まあ、殿方の耳にはなるべく花摘みについて聞かせたくはありませんでしたから、アニエス様には少し怒ってもいたのですが……結果オーライですわね!」
まさかの罵倒でなく全肯定の反応に、アレクサンダーはポカンとするが、やがてハッとして頭を振る。
「〜〜〜そう言われても、僕は長年想うお嬢様以外とベッドを共にする気はありません!!」
「でしたら、もっと積極的にならなくてはなりませんわね? ……キスであんなにまごついているようでは、ベッドを棺桶に持ち込むことになりますもの〜?」
「んなっ?!」
ストレートにエグいところを突いてくるスキャンダル姫、ロゼッタ。
「骸骨同士では十分楽しむことは出来なくってよ? あと、初めて同士も気を付けないとでしょ?」
「……下世話すぎる余計な御世話です。それに僕たちはただ段階を踏んでいるだけだ!!」
「そうして悠長に準備を整えて……トンビかハイエナがご馳走を掻っ攫っていくのでは……? アニエス様を狙う方は、皇帝をはじめ数多存在いたしますもの」
「なら、その喉元を噛み付いて引き千切ってやる!」
アレクサンダーが睨みつけるように吠える。
「血の気が多く、頭が熱くなると、狡猾な方にいいようにされてしまいますわよ。お気をつけあそばせ?」
ロゼッタはそう言い、見た目は変身して十八歳、中身は十三歳の少年アレクサンダーに弟に向けるような、温かい眼差しを思わず向けてしまう。
(ん〜、私、もともと弟萌え属性はありませんでしたのに……?)
しかし、目の前のウブな少年を見ていると可愛くて、からかいたくって、色々と教えこんでしまいたくなる。
「何でしたら、アレクサンダー様の“恋の手解きの指南役”を喜んで引き受けましてよ?」
「なんで……ロゼッタさんはそんなに奔放なんですか? 前々皇帝の姫君なんて……それこそ貞淑の極みでしょう!?」
それにロゼッタの目が一瞬スッと暗くなった。
「それこそ……前々皇帝に、私が伺いたいくらいです」
「……え?」
「まあ、何れにせよ、私はアレクサンダー様が気に入ってしまっているのです。今回の“真の姿”を目の当たりにて、ますます余計に!」
「……怖くは無いんですか? ドラゴニストの姿を僕は嫌いじゃないですが……女性受けするタイプには思えません」
「私、昔から爬虫類は得意ですのよ? それにそれを抜きにしても美しかったですもの。――価値観が変わるくらい」
ロゼッタはピンクトパーズの髪をかきあげ、この美しき顔でにこっとする。
……大抵の男性はこれで何もかも無かったことにしたくなるに違いない。
あまりにドキドキするほど愛らし過ぎる。
だがアレクサンダーはそれに靡くことなく続けた。
「あと、ロゼッタさんにかけた魔法は、ノートン先輩の『コンプリート』がかかった時点で解けていましたよね?」
「まあ……大正解だわ!」
そこでロゼッタは首を傾げる。
「でも、分かっていたのなら、なぜ眠らせる魔法をかけ直しませんでしたの?」
「『コンプリート』の魔法は強力で、かけて数時間は状態異常を無効化します。……それにその時点で一度僕の正体を見たのなら、もう根本の記憶を消すしかない」
「……なるほど確かに!」
「竜の力を使えば“記憶阻害”や“記憶消去”は容易です。だけどドラゴニストから人間に戻った今、正直、僕は竜の力を使いこなすには未熟だ」
「まあ……そうなんですの?」
「ドラゴニストの時は“ネコさん”の力を最大限引き出し、普段ならまだ使えないスキルや魔法もばんばんと使えますから……あれは言ってみれば無敵状態で、僕の本当の実力と程遠いんです!」
あの蚤戦の“竜のスキル放題”はどうやらドラゴニストだからこそ可能だったらしい。
「うふふ、ご謙遜を……夏のカサンドラの軍事教練は目を瞠りましたわよ?」
「でも『ドラゴニスト』時のような、何でもかんでも有りではなかったでしょう?」
「うーん言われてみれば、そうかも知れませんわね? 神様みたいでしたもの……とても美しかった」
「……本当に気に入っているんですね。ドラゴニストの姿が」
「もちろん!」
ロゼッタは力強く頷く。
「一応、“記憶消去”は僕個人も出来ます。でも大切な思い出も消し飛んでしまうし、記憶障害の危険があって……」
「まあ……それこそ素敵!?」
「は? ……ロゼッタさんには大切な思い出は無いんですか?!」
「沢山ございますわ。だから、消してしまいたいのよ、……わからない!?」
「?? それは……過去を振り返るのが好きでは無いから?」
「まあ、……ポジティブに申せば?」
アレクサンダーは頭を掻いた。どうにもロゼッタと話をしていると調子が狂う。
「で、取り引きとは何を致しますの? 全てを黙っていろと?」
「……そうしたい所ですが、ぶっちゃけ僕自身のことはどうでもいいです」
「え?」
今度はロゼッタが驚く番だった。
「お嬢様がドラゴニストだと言うこと、それに優れた演算能力について……どうか誰にも言わないで頂けますか?」
「…………」
「僕は魔法が使えるし、最終的にはドラゴニストにもなれる。……けれど、お嬢様が一人になればほとんど有効な自衛手段がない! …………腕っぷしが強いとはいえ、魔法で物理攻撃を封じて集団で襲われればひとたまりもない! まして、価値のある中で一番ひ弱な相手を狙うのは世の道理でしょう?」
「……ローゼナタリア国内の混乱は構いませんの?」
「王室には友人もいて大切ですが……昔も今も未来も、僕が忠誠を誓うのはただお一人だ」
「その見返りに、貴方に私の奴隷になるよう命じるかもしれなくてよ?」
「お嬢様のそばを離れる選択はありませんが、僕に出来ることなら神のこの力も合わせて貴方の望みを一つだけ叶えましょう」
「まあ、これはまた随分とお安い取り引きね?」
「そうですか? 僕が今、あなたを灰にして亡き者にもできるのに……?」
アレクサンダーはアニエスの前で見せる顔を心の奥へと仕舞い込み、その時、冷徹な仮面を被っていた。
「……!」
「何でもありの異空間だ……。突然、貴方が姿をくらましたと言って、誰が疑うでしょうか?」
圧倒的に有利だと思っていたロゼッタのゲームが一瞬にしてひっくり返る。
それが単なる脅しでないことは彼の目を見れば一目瞭然だった。
それに大してロゼッタが返した答えは……。
「―――ッ!?」
「キャッ!」
ロゼッタは突然、アレクサンダーの唇を奪った。
けれど――。
「……うふふ、まさか私の口付けをこんなに拒む方が世の中にいるだなんて? …………唇をこんな風に噛まれるのは初めてですわ」
アレクサンダーに噛まれたロゼッタの唇の端が、血が滲んで赤く濡れている。
「汚らわしい」
その言葉が、芽生えたばかりのロゼッタの心をズタズタと突き刺し、彼女は一瞬、息が出来なかった。
ロゼッタは下を向いて暫く黙る。
そして、息を静かに吐くとスッと顔を上げた。
「取り引きに応じます。お一つだけ、私の望みを何でも叶えて下さるのですよね?」
「はい、どんな事でも。……それとネコさんの力で絶対に漏らせないよう契約で結ばせてもらいますし、長期のものは期間を設けますが、構いませんか?」
「まあ、本当に隙がありませんこと? ……ますますアレクサンダー様が気に入りましたわ」
「…………」
「でしたら、私の望みを申し上げます。それは私と貴方が文通をすること」
「……は?」
「所謂ペンパルですわ。まずはお友達になりましょう、アレクサンダー様。それと、『様』と『敬語』は絶対に禁止ね!」
それが麗しのスキャンダル姫。
ロゼッタの答えだった。
※次回更新は5/12予定です!
本日も読んで下さりありがとう存じます!




