197、王子の華の成人と血の晩餐舞踏会 (捕まえた金魚と平手打ち)
金魚すくいの文化はローゼナタリアにはもちろん無い。
けれど環境、道具が揃えば、人は「コレを使って捕まえるのかな?」と自ずと近い答えをみつける。
タニアたちも無論、初めてだったが、ほぼほぼ正解の答えにたどり着き、今、キリッとポイを構える。
「えーぃっ!!」
勢いよく水にダイブするモナ皮(※モナカの皮)!
……しかし、勢いが良過ぎてポイの柄の根元から皮はブルンと剥がれ……ぷか〜ん、ぷかぷかと流れていって、賢い金魚たちはサーッと皮へと集まってパクパクと腹ごしらえをする。
「…………っ……っ! く」
その一連の流れに、ノートンがお腹を抱え、思わず声を押し殺す。
タニアはそれに、カーッと赤くなった。
「ひ、ひどいわ、ノートン! そんなに笑うだなんて!?」
ノートンはそれに震えながら答える。
「も、申し訳ございません……! あの……その、勢いが凄すぎくて、つい」
タニアはそれにぷーっと頬を膨らませて、次のポイに手を伸ばした。
「今のはある程度のゲームの感じを掴むための予行演習です。……ここからが、本番よ!」
そうしてタニアは――。
「てい!」
「はっ!」
「やっ!」
「…………(ひたすら無言)」
「ノートン……あちら側に回りましょうか?」
王女タニアVS金魚との戦いは続いた……。
荒ぶった初期からの反省しての慎重な後半。創意工夫。
しかし、気付けば水溜まりの池まるまる一個が浮いたモナ皮の芋洗い状態になっている……。
「……殿下、あっちの池の方が、タニア殿下の好みの金魚がたくさん泳いでいそうですよ? 以前、出目金が好きと仰っていましたよね」
タニアを気遣い、そっと舞台を改める提案を述べるノートン。
さすがは出来る家臣だ。
タニアもノートンの意見に同意して手を取ってもらい立ち上がる。
その際、ジッとポイを見つめ首をひねった。
「……こんなに捕まえられないのなら、そもそもの使い方を間違えているのかしら? ノートンもあちらで試してみてくれない? というか、私ばかり夢中になっていたわ。ごめんなさい!」
それにノートンは頭を振った。
「いや、タニア様を見ているだけで十分すぎるほど楽しいです。……だって、笑顔が止まりませんから」
「……もう! ノートンたら意地悪ね!」
タニアがペンとノートンの肩を軽く叩き、それにノートンがクスクスと笑う。
「でも……検証のためにもお願い、貴方にも是非ともやってみてほしいわ」
「承知しました!」
新しい池に着く。
そこでノートンがまずしたのは小さな池の周りをぐるりと一周し俯瞰して眺め、一、二分、金魚の様子を黙って観察した。
ポイのモナカを一個手に取り、モナカの皮の端を指で掴んで物質としての強度とクセを確かめ、濡らしてその様子も観察する。
それから新しいポイを手にすると水上で二、三度軽く素振りをして、ノートンは優しく頷いた。
「では、やってみます」
「……頼みますよ。ノートン!」
にっこりと柔らかかった彼の雰囲気が一瞬鋭くなる。
その時、彼女が見たことのない真剣な眼差しに、タニアはドキリッとした。
(ノートン……?)
彼の横顔にタニアの視界が固定され、その長いまつげと瞳の動きを目が離せない――。
おかげでノートンの動きをうっかり見逃してしまった。
「タニア様。どうぞ……それとも黒の方が宜しかったでしょうか?」
「え?」
声をかけられハッとして慌てて彼の手もとを見ると、ノートンの茶碗には錦の模様の金魚と赤の出目金がゆらりと泳いでいる。
「え、な…………二匹…………ですっ……て!?」
ときめいたのも瞬時に忘れ、彼の手柄にタニアは驚愕する。
それにノートンは少し照れて答えた。
「あ……一匹捕まえたら、まだ破れていなかったのでもう一匹試しに下から攻めたら……ありがたいことに」
タニアはそれを聞いて拳を戦慄く。
「もう一度……もう一度やってみて下さい。今度は絶対に見逃さないわ!」
それに、ノートンは不思議そうにする。
「見逃すとは……何か他に気になりましたか?」
「…………今はいいから、早く見せて」
「畏まりました……」
タニアの微妙な歯切れの悪さにわずかに疑問を感じつつも、ノートンは請われて再度同じように金魚を掬う。
今度は黒い金魚がとれた。
するとタニアは、えーっ! とノートンの背中越しに感嘆の声を上げ、ぐいっと密着して覗きこんだ。
「すごい! 本当にとれたわ!? ノートンたら何て器用なの……簡単に捕まえてしまったわ!?」
「…………っ!」
自分の事じゃないのに、タニアはいたく感動した。
背中越しだと、それはより疑似体験的だからかもしれない。
自分ごとでも無いのにノートンの背中でキャッキャと飛び跳ねて喜ぶ。
「……ノートンたらどうして黙っているのです? 嬉しくはありませんか?」
「いや、嬉しい……のですが、それどころでは無いというか……」
「まあ、もしかして……お手洗いが近いとか?」
「いいえ、そうではなくて……その」
真っ赤になるノートンに、タニアはノートンに自分がうっかり胸を押し付けた形になっていることにそこでハッと気が付いた。
「ご、ごめんなさいノートン! 私ったらセクハラみたいな真似をしてしまった……!」
タニアは自分の立場を考え青くなる。
けれどノートンは赤くなったまま首を振り、真面目な顔になる。
「セクハラだなんて……そんな風には思っておりません! ……タニア様は夢中になるとこんなに真っ直ぐな方なんですね。そんな一面も魅力的だと思います」
ノートンは相手の負担にならない言葉を選ぶのが上手だ。
こんなところもセオドリックとタニアの兄妹が、彼と一緒にいて気が楽な理由かもしれない。
タニアはその言葉に救われながら、彼のためにも本題に戻ることにする。
「……ありがとう、ノートン。では改めて私に金魚を掬うコツを教えて下さいな?」
「はい、喜んで!」
タニアはノートンのアドバイスをもとに奮闘した。そして念願のその時が訪れる。
「…………!」
自らポイ側に近付いてきた金魚に向け、タニアは自然と水平に掬うように持ち上げた。すると、その金魚はしっかりとポイの中にいて、タニアは慌てて茶碗へと金魚を移す。
「―――!! 見て、ノートン! ……捕れた、金魚が……捕れたわ!?」
花咲く様に微笑みタニアはノートンに報告する。それにノートンも自分の事のように笑顔になった。
ところが――。
「あ、私の捕まえた金魚が―!?」
この金魚が思いのほか活きが良すぎて、ピョンと茶碗を飛び出し、大脱走を試みるではないか!?
タニアはそれを追うように、自分も前のめりに飛び出す。
「――タニア様!?」
そのタニアを止めるためノートンも大きく腕を伸ばし、後ろからタニアを強く抱きしめる。
おかげで危うく池にダイブし、全身水浸しになる寸前でギリギリ防ぐことができた。
「ま、間に合った……!」
ノートンは大きく浅い息を吐く。
心臓が驚きと緊張から今にも口から飛び出しそうだ。
「タニア様……どこか、ひどく打ったりはしておりませんか!!」
ノートンの腕にすっぽり収まるタニアは小さく華奢でふわふわと柔らかい。
――しかし、柔らかいのには理由があった。
「………………」
「――タニア様どうかされましたか!?」
それに赤い顔をした彼女が上目遣いで振り向く。ノートンの心臓はその瞬間に深刻なほどドキンと高鳴った。
それは、あまりに目眩を覚えるほどの可憐さ……。
「ノートン、ありがとうございます。……でも、その……腕が」
「――腕?」
ノートンはそこでようやく自分を省みて絶望した。
何故なら、何と助けるために無我夢中で抱き締めた際、タニアの胸の前に自分の腕ががっつりと回っているではないか!
「な、わ、私は……何という無礼の限りを……!?」
ノートンが真っ赤になるとともに真っ青になり顔がもはや紫に変色している。
タニアは首まで赤くして、恥じらいからそのまま俯いた。
加えて――。
「ノートン……助けてくれたのに、ごめんなさい。……けれど私は己の立場上、それから乙女として、ケジメをつけねばなりません……」
そう言ったタニアはフーっと息を一度吐ききると、覚悟を決めてキッと顔を上げる。
「きゃあーーーーーーーーーーーっっ!!」
そして、悲鳴とともに右手を大きく振りかぶり、ノートンの左頬に己の平手打ちを食らわせたのだった。




