19、緻密な模型とロナ公爵
「あれ、エースそれ新作? というか、他に誰もいないのか」
寄宿学校の寮では、監督生と呼ばれる、成績・素行・人望すべてに秀で、直接罰則を与える権限を持つ学生代表を除き、たとえ貴族子息であっても、原則として相部屋となる。
一部屋につき四〜六人。
これは集団生活を通して、協調性や忍耐、そして寛容さを学ぶための制度だ。
その例にもれず、エースとアレクサンダーもそれぞれ四人部屋と五人部屋に割り振られている。
部屋は別だが向かい同士で、二人は日常的に行き来していた。
そんな中、今エースは自分の机で船舶模型を作っている。
出来は見事なもので、「船長室の机の引き出しからノートを出し、いっそ開いて書き込めるのでは?」という……呆れるほど緻密で精巧で店の看板として十分に出せるレベル。
趣味という仮面を被った、紛れもない“本業級”である。
そんな“本業な”模型はエースのベッドに他にも所狭しと飾られていた。
なぜなら彼らにとって、ベッド周りと机周りが、数少ない自分のプライベートなスペースだからだ。
「いや、委員の仕事を最近ずっとトーマスに代わってもらってたからさ。そのお礼。……弟くんがこういうの好きらしいんだ。みんなは外でラグビーしてるけど、俺は完成までもう少しだからパスしちゃった」
そういって、エースはちゃっちゃと仕上げに入る。
「アレク、何か用事?」
「ああ。旦那様が、もうすぐ寮を訪ねるそうだ」
「養父が?」
「王都に来られるらしくて……。僕らの勉強や、学校での様子も聞きたいんだとか」
「ふうん……そっか」
そう言い、エースは明らかにソワソワしだす。アレクサンダーはその様子を見て笑っている。
「はは、……ファザコン!」
アレクサンダーがそう、一言からかった。
「……うるさい」
基本的にいつも飄々として人当たりも良く、その柔和さから隙のないエースだが、そんな彼が赤くなり拗ねたように言う。
はい、つまり図星である。
「予定では明後日の十七日の十八時になるそうだから、先に二人分の外出許可をもらっておくけど……忘れるなよ?」
「……ああ」
用事が済んだアレクサンダーがさっさと出て行く。
エースはふと手元の模型を見た。
この趣味も義父の影響で始めたものである。
公爵家に引き取られた初めの頃、エースはかなり大きくて精巧な模型を公爵に『息子になった記念』として送られ、それは子供が見てもわかる、お金だけでは融通出来ない、威厳と立派さに度肝を抜かれた。
エースは公爵家に引き取られるまで、自分より魔力が高い者も、……また器用な自分より魔法を難なく使いこなす者にも、出会ったことがなかった。
しかしロナ公爵と出会い、幼いエースは自分が井の中の蛙であったのだと、雷に打たれたような衝撃とともに思い知らされた。
この公爵は――まるで七つの大海そのもの。
あまりにも桁が違う魔法使いだった。
竜を宿し、人ならざる魔力を得た今でさえ、義父の底は見えない。
いつか追いつけるのか、それとも――今はただ、その背中を仰ぎ見るしかなかった。
しかも、あれほど凄まじい人なのに、義父は驚くほど気さくで、思いやりと慈愛にあふれている。
公爵としての責任を全うしつつ寛大で、しかも茶目っ気たっぷりでジョークの切れ味まで一流だ。
物腰は優雅、威厳は自然体。
その結果、尊敬と崇拝、そして少々行き過ぎた熱狂まで集まってしまうのだから困ったものだ。
だけど、そんな時、彼はこう言うだろう。
「完璧を目指すと疲れてしまうな。……私は“機嫌よく正確”を目指すよ?」
そんな養父は、エースにとって理想の紳士であり、紛れもないヒーローだ。
「才能を疑うな。だが慢心は常に疑え」
義父の言葉がまた浮かぶ。
正直に言えば――最近やたらと勉強も運動も頑張っているのは、あの人に褒められたい一心なのである。
「努力は人に見せるものじゃない。結果が語る」
ああ、もちろんだとも。
エースはその結果を十分に見せる気でいる!
「……王都に用事ということは、アニエスに関する用事もあるのかな?」
今はまだ春にも遠く、議会の季節には早い。
他の貴族なら避寒に南の海外に出ている者も少なくないし、わざわざ公爵が出向いてくる用はそんなにないはずだ。
「或いは西の偉大なる魔女か……」
西の偉大なる魔女……この国で現在『魔女』の称号を許されているただ一人の人物にして、ロナ公爵の実母。つまりエースの義理の祖母。
……ロナ家の影の最高権力者。
エースはほとんど会ったことはないがチラリと覗ったその姿は、お年を少し召していたが大変上品で美しく、何というか……オーラ? とでもいうのだろうか……雰囲気が桁外れの方に感じた。
アニエスが前に言っていた。
「怖い。あの人の魔脈は底なし沼みたい……」
アニエスは血の繋がった孫だが、それでもそんな偉大な祖母に会う機会はほとんどないらしい。
まあ国の最高顧問の魔術師だ。
そもそも王都にいるのだから修業や旅行以外では、ほとんど領地内で育ってきたアニエス達が、中々会えないのは、むしろ自然だろう。
「でーきた」
エースは考え事をしながら最終仕上げの防水加工を終え、改めて変なところや忘れた所が無いかを点検する。
点検が終わると、無事に模型は完成を迎えた。
「よし」
完成した模型を机に置き直し、一枚紙を取り出してフリーハンドで魔方陣をササっと書く。
それをひらりと宙に投げると何事かを短く呟いた。
すると先程仕上げた模型と全く同じものが、中の作りから膨らむように再構築され……エースが手で一から作った全く同じ工程手順を経て、猛スピードで仕上がっていく。
まるで高速のタイムラプス。
完成したそれをエースは手に乗せ、先程、自分が作ったものと仕上げに違いが無いか目視確認する。
「よしよし」
エースが今度は魔方陣無しで短く唱えた。
唱え終わると水が、下からすーっと音もなく現れ、天井を目指すように上がっていき、エースの腰の高さで止まった。
エースはその水の中をジャブジャブとかき進むと、二つの模型を水に浮かべる。
浮かべた両方の船舶模型は綺麗に水に浮いた。
「よし。上出来!」
そう言い二つの模型を掌にのせ、また短く何か唱える。
すると水位はあっという間に下がり、水が消えてなくなった。
不思議なことに先程まで確実に水に沈んでいた部屋に濡れたものはなく……いや濡れたのかもしれない。
――が、今は水がきれいに抜けて、カラリと乾いた状態になっている。
エースは自分で作ったものを箱へとしまい。
魔法で作ったものは自分のベッド脇にそっと並べた。
こんな風に精巧な模型作りをするのには、趣味以外にも理由がある。
そう、これは魔法の『修業』なのだ。
魔法は最終的なディテールに関して、術者の知識や情報。それから何より想像力がものをいう。
まあ、魔方陣を何十、何百枚も重ねればそんな物はいらないのだろうが……。
より高度に簡単に魔法を使いたければ、様々な知識と、あらゆる詳細で正確な情報を無数に脳へと蓄積し、理解し、構造を組み立てねばならない。
大領主の地位が確約されているエースは、将来、領内のあらゆるインフラを整えることになる。
……そのための脳の訓練に、模型作りはうってつけなのだ。
構造がよく理解できて……物を作るのに必要な材料とその数がわかり――さらには実際に何度も組み立てることで、頭の中で再現が容易になる。
それをよくよく分かっていて、次期公爵としてのエースのセンスに期待した義父は、エースに特別な模型を送ったのだ。
「十七日か……やっば、楽しみ!」
エースは自分の作った模型を、指で軽く撫でる。
「……ふふ!」
そうして、期待に胸を膨らませ、誰もが羨むその顔をくしゃっと崩して、笑顔になるのであった。




