15、寄宿学校の姫と男心
「初めてお会いしたあの瞬間から、あなたに心を奪われていました……。どうか、この想いを受け取っていただけませんか!?」
片膝をつく貴族子息の真剣な求愛に、アレクサンダーは一瞬、視界が揺れるのを感じた。
しかしすぐに表情を整え、静かに首を振る。
「申し訳ありません、先輩。僕はその種のご厚意に応える趣味は持ち合わせていません」
本日、五度目の辞退だった。——しかも、まだ昼の鐘は鳴っていない。
深く息を吐き教室へ戻ると、待ち構えていた視線が一斉に集まる。
好奇と羨望、隠しきれないヤジ馬根性丸出しの眼差しに、アレクサンダーは内心うんざりしながらも、その背筋はいつも通り美しい。
「一日で五人から告白なんて新記録だね!? それはもはや快挙だよ! 社交界デビューした令嬢が聞いたら、悔しさでハンカチを噛みちぎるよ?」
何がそんなに嬉しいのか、かなり親しくなった級友のブロードが笑顔でそう言う。
「ほーんと、『人気者』の肩書きは思ったより厄介だな?」
そう言うエースも、恐ろしく端正な容姿であることに疑いはないが、彼の魅力は派手さよりも深みにある。
いずれ見事な「美丈夫」へと変貌をとげる――それは、周囲も本人も当然のことと受け止めていた。
そのせいか何なのか、彼に同性が踏み込んでくることは少なく……ゆえに人ごとのようにエースは肩をすくめた。
そして求愛された当の本人。
銀の猫毛に陶器のような肌。
長い睫毛に守られし希少石――アレキサンドライトを思わせる二色に表情を変える愁いの瞳が静かに人を射抜く。
性が女であったら確実に三国を傾国へ、とぉっ! とばかりになぎ倒すであろう……そんな美の神さえ嫉妬に荒れる――それほどの風貌を讃えし美少年。アレクサンダーだけが、心底不機嫌そうに唇を尖らせた。
「これ以上、この手の恋情に当てられるのはうんざり
だ。……反吐が出る!」
それにブロードは困ったように眉を下げる。
「男女交際は別に禁止されてないけどさ。寄宿学校って、ほら、閉鎖的でしょ? 休みも課題で潰れるし……感情の向きが変な方へ行きやすいんだよ」
「で、結果が、アレクサンダーのファンクラブ結成ってわけだ?」
「……」
アレクサンダーは無言で俯き、頭を抱えた。
男性に対しては、正直言って一ミリも——むしろ嫌悪感すら抱くほど興味がない。
にもかかわらず、その容姿のせいで彼は陰で「姫」と呼ばれているのである。
確かに、昔から本人の意思などまるで考慮されない形で、時折あまりに厄介な視線を引き寄せてはきた。
それが寄宿学校に入ってからというもの、珍事というよりも、ほぼ日常になっている。
さらに悪いのは、「……この前、はっきりお断りしましたよね……?」と言いたくなる相手が、もはや一人二人では済まないことだ。
アレクサンダーは言葉を失い、ただ疲れ切って机に突っ伏した。
「実際さ、アレクサンダーほど綺麗な顔をした人は、僕も他に知らないよ。初めて会った時はあまりの衝撃に内心ひどく混乱したくらいだもん!」
彼が励ましているつもりなのは伝わる。
だがその言葉は、容赦なくアレクサンダーの心をさらに抉る。
「はあ……僕のお嬢様の方が、世の理なんて焼き尽くすほど、ずっと可愛いのに!!」
「――はいはい、承知しました。情熱はもうじゅーぶ
ん……じゅーぶんに伝わってるからねー」
おぉい、おかしいぞ!?
同じ人を想っているはずのエースの反応が、アレクサンダーの想定していたものと、まるで違うじゃないか!?
「……エース、何か反論が?」
「アニエスが可愛いのは同意する。全面的にね。……ただし一般論としては、お前の顔は“事件”扱いされる部類らしいからさ!」
エースは基本的に視野が広い。
一方アレクサンダーは、アニエスに関してだけ視野が消失しているのだ。
「お嬢様に、このことだけは絶対に言わないでくれよ!?」
それに、エースは分かってるってと口を動かす。
だがその前に思わぬ方向から、あっ。という声がもれた。
「……ブロード?」
「いや……実は、先日のお礼にアニエスさんから手紙が来てさ。『二人の文面だけでは分からない日常の様子を教えてほしい』って。それならと思って、できるだけ丁寧に……本当に、細かく書いたんだ」
……イヤな予感がする。
「もちろん悪口とか、不利になることは一切書いてないよ!? ……ただアレクサンダーが校内で注目の的で手紙が山ほど届いている、とは……」
アレクサンダーは言葉を失ったままブロードを見つめた。
「そしたら、『六月の学外招待イベントには必ず伺います』って」
すごい。
死刑宣告とは、友人の口から穏やかに発せられるものらしい。
「……!?」
「だ、大丈夫だって! きっと目当てはメインイベントのボートレースだよ! 演劇は内部向けだし、僕も書いてない! 書いてないから! ……きっと来ないはず!?」
必死に希望を積み上げる健気なブロードとは裏腹に、アレクサンダーの顔色は、悟りきった修道士のそのもの。
「……甘い。あの人は狼並みに鼻が利くし、行動力が化け物だ。一度校内に入られたら、逃げ場なんて!」
生半可な覚悟で向き合っていい相手ではない。
あのアニエスに中途半端な優しさで無事に済むはずがないのだ。
「……お止めしなくては!」
アレクサンダーが切羽詰まっているのには、極めて切実な理由があった。
寄宿学校では毎年、学年や寮を越えて演劇の主演を選ぶ伝統行事があり、なぜかヒロイン役だけは全校生徒の投票で決められる。
そして一年生の彼は、全校生徒千三百人中ほぼ九割の票を獲得の快挙。
もちろん中には面白がって票を入れた者もいるが……それでも、ほとんど全会一致だった。
つまりは異議なし、逃げ場なしでヒロイン確定だ。
これには無論、本人は猛抗議する。
けれどそれに向こう半年は当番免除、課題免除、食堂特権という甘い条件を積みに積まれ……「休みにアニエスに会えるなら……」と、うっかり首を縦に振ったのがそもそもの間違いだった。
アレクサンダーは盛大に自ら自爆したのだ。
「いやいや……正直に言えば、義姉さんは誰よりも大喜びすると思うよ?」
「だから駄目なんだ。喜ぶ未来しか見えないとか、地獄だ……!」
そもそも、彼女はこちらの気持ちなど微塵も理解していないし、意識すらしていない。
そこへ女装姿を見せた日には“男”として見られる可能性が、完全に消滅する。
アレクサンダーにとって、それは笑いごとでは済まないのだ。
「いや、どのみち来るのは止められないと思うぞ? セオドリック殿下がいる以上、王族の視察はほぼ確定だし……タニア様も来るだろう? ……で、その横に“当然のように”付いてくるんじゃないか。なにしろ、タニア様付き行儀見習いなんだからさ!」
アレクサンダーは、ゆっくりと上体を起こし、胡乱げな目でエースを見た。
「……頼む。できるだけ、お嬢様を足止めしてくれ!」
「努力はするけど……僕はボートの選手の候補だし、個人発表もある。正直、付きっきりは難しいよ」
エースがそう申し訳なさそうにする。
しかし、そこで助け船があった。
なんと、ブロードたちがアニエスを引き留める役を買って出てくれたのだ!
それには学祭を女の子と巡れるという、ほんのり不純な期待が透けて見えなくもないが……タニア様が一緒なら妙な真似はできまい。
第一、気軽に特別になれる相手なら、今ごろ誰もこんな苦労はしていない!
……ゆえに、ここは有難くお願いすることにする。
そうしてアレクサンダーは、ブロードたちと新たな計画を立て始めた。
本来なら勉学に向けるはずの神経を、別の方向に総動員しながら、「こんなはずでは……」と内心ぼやきつつも、六月へ向けて歯車は静かに回り始めたのだった。




