12、反省と王都観光 ☆ new 挿絵あり
アニエスは翌日も城のトイレ掃除を一手に行っていた……。
しかし彼女は自分の先日の行いを反省し、むしろ自らを罰したいと、本日に関しては喜んでそれを遂行している。
と同時に分かってもいた。こんなのはただ逃げているだけだということを……。
でもどうして、『アレ』を報告できるというのだろうか?
「自分のアホ、まぬけ、ろくでなし……」
自己嫌悪の沼にずぶずぶと精神が落ちていく。
「……終わっちゃった」
掃除にもだいぶ手慣れ、当初の半分の時間もかからずトイレ掃除は無事に終了した。
「こうなったら相談するしかない……よね。おそらくアレクには怒られ、エースにはものすごく呆れられるけど」
とても一人では抱えておれない。
城のページボーイに急ぎ寄宿学校に手紙を届けてもらい、アニエスはすぐに着替えた。
そのままこっそりと王宮を抜け出し、辻馬車を捕まえて、一直線にアニエスは寄宿学校へ向かった。
(三番は学校の東側……)
自分で作った学校の見取り図を見ながら、学校の東側近くに馬車を止めてもらう。
もうすぐ十六時の鐘が鳴る。
ちゃんと手紙は受け取ってくれただろうか? アニエスは塀の下で三個の小さな小石を拾い連続で同じ壁に向けて投げた。
だが、その壁を人の通る気配はない。
「手紙、届かなかったのかな?」
「……お嬢様、王宮は曜日感覚で動かないものなんですか?」
左後方から聞き馴染んだその声がして、アニエスはがばっと振り返った。
「今日は学校が休みなんだよ。こんな急ぎでいったい何かあったの? 義姉さんのその髪型初めて見る。可愛い!」
黒と銀の髪が風に揺れる。
アニエスは知らずボロボロと涙をこぼしていた。
それに二人はぎょっとして、アニエスに駆け寄る。
「わ、わたし、怒りに任せて、とんでもないことをしてしまったの……やってしまって、すごく後悔してて……ほとほと、自分の馬鹿さ加減が嫌になる!!」
エースは、アニエスの頭をなでながら優しく聞いた。
「……何をしたの?」
アニエスはそう聞かれ、昨晩の王太子の顔を思い出しつつ……黙ってエースのみぞおちを指差してからハンドサインをする。
それで察しがついたらしい二人は、思わず顔を見合わせた。
「……あれをやったの?」
「本当ですかお嬢様!?」
「はい、しました。ごめんなさい……ごめんなさい」
エースが困ったように眉間にしわを寄せた。
「でも、いったいどんなことをされて? よっぽどのことがなきゃ、そんなこと義姉さん、しないでしょう!?」
アレクサンダーも顎に手を当て考察する。
「いつも無鉄砲ですが、基本的に感情というより……合理性や好奇心、信念にのっとって貴女は行動に移されます。あまりに不自然です……お嬢様、いったい、どういうことですか?」
「頼りにしておいてこんなことを言うのは、おかしいけれど……それは、それだけは言いたくない」
二人はますます困惑して、アニエスを眺めた。
「いったい王宮でどんな目に合われているのですか? お嬢様の身の上が心配です」
「まさか、もしかして……いじめられているとか?」
アニエスは、静かに首を振った。
「本当に……そういうのではなくて、私が馬鹿だったの!」
アニエスは、俯いて押し黙る。
それに二人はまた顔を見合わせてしばらく黙った後、そっと優しい声でアニエスに声をかける。
「……甘いものを食べに行きませんか? 王都はまだ回ったことがないでしょう?」
「俺たちも特別に外出許可を取ったんだ! 義姉さんも長くは王宮を空けられないんだろう? せっかくだし、こっそり行っちゃおうよ!」
アニエスの気持ちに寄り添い、優しく見捨てず……何も聞かずに王都の観光に誘ってくれた。
「二人とも! ……うん、ならお代は私が出すから、二人とも遠慮しないでね」
すると二人はくしゃっと笑う。
「分かりかねますね。お忘れですか? 僕らは真の紳士になるためにこの学校に通っているんですよ?」
「義姉さんは、俺たちに恥をかかせたいの? こういう時は男に格好つけさせてよ!」
その二人の言葉にアニエスは、ようやくクスッと笑った。
「……そういわれたら遠慮なく贅沢するけど? 後悔することになっても知らないからね!」
……それに、二人はややあって。
「けれど、相手の懐を慮るのはレディーの仕事ですよね?」
「すーぐ、調子に乗るからな〜この人……あと気を付けないと太るよ!」
アニエスは、あははっと笑うとエースとアレクサンダーの頬にキスをした。
それに思わず二人は赤くなる。
「……二人が甘やかすから、私どんどんわがままになっちゃうなぁ。どうしよう? 折角、立派なレディになって、会った時に二人をあっと驚かせようとしてるのに!」
「……残念ですが、きっとその前に僕が貴女に会いに行ってしまいます」
「ははっ! 実は今日、城に見学に行くといって、本当はアニエスに会いに行くために特別に外出許可を取ったんだ。……そしたら丁度、手紙を運ぶ使者が来て、考えるタイミングが一緒でびっくりした!」
それを聞きアニエスも驚く。
「そうだったんだ……入れ違いにならなくて、本当によかった!」
そして、三人は初めての王都観光に繰り出した。公爵領の都も大変栄えているが、王都はまた違う趣がある。
三人で話題のカフェに入ると、それぞれ聞いたこともないメニューを頼んで食べ比べた。
それは、触感も見た目も未体験のもので楽しい。
小さな子供みたいに路地の階段でじゃんけん鬼をしたり……塀も使った高鬼をして大いにふざけた。
また舌を青や紫にする飴を舐めながら、道に出た曲芸師を覗き、出店で輪投げや射的や玉入れゲームをしたりと、無邪気にとにかく遊ぶ。
アニエスはそんな風に楽しく過ごしながらも、帰ったら真っすぐにタニアのもとへ走り、事の全てを打ち明けようと自身に誓っていた。
それは……もしかしたらタニアに軽蔑され、城でのただの一人の味方もいなくなってしまうかもしれない行為。
だがアニエスは目の前にいるこの二人が、例え世界がひっくり返っても、絶対に味方でいてくれるという確信が、今の彼女の心を強くしてくれた。
気付けば十八時を回り、それはアニエスがさすがにお城に帰らないとまずい時間になる。
「昔聞いたおとぎ話と逆ですね……」
おとぎ話は、いわゆるシンデレラのような内容の話だ。
「時間になったらお城に帰るお姫様だなんてね」
「実際は、王宮では下っ端のぺーぺー行儀見習いですけど?」
そう言って三人で笑う。
最後に互いの手をぎゅっと三人は握りあい、アニエスは辻馬車を呼び止めて乗り込んだ。
ドアを閉めて窓越しに見つめ合い、お互いに目を離さない。
やがて馬車は走り出したので、二人は見えなくなるまでひたすらに馬車へ向かって手を振る。
そして、馬車が見えなくなるとエースはポツリと呟いた。
「……とはいえ、この件に関してどう思うアレク?」
それに、アレクサンダーはアニエスが馬車で行ってしまった、静かな道を見つめながら言った。
「誰にかけたのかは分からないけれど、状況はまず『最悪』と言えるな」
エースもその意見に同意する。
「下手したら義姉さん。一生王宮に捕らわれの身になりかねないよ……」
なぜなら、彼女のしでかしたことは世間にテロ攻撃するような衝撃を与えるだろうから……。
「そんなことは絶対にさせない」
アレクサンダーのアレクサンドライトのような瞳が、いつもの青みがかったものから赤っぽく変色する。
それは恐ろしく神秘的な姿だった。
「じゃあ、……もしそうなったらどうするんだ?」
「そうだな。とりあえず……青と黄色の例のこのお方に、全力で協力してもらおうかな?」
アレクサンダーがひょいと手首をかざして見せた。
そこには、蛇でできたミサンガみたいな刺青状の痣が浮かんでいる。
痣はアレクサンダーがそう声をかけると、わずかにざわざわと動く気配があった。
一瞬の沈黙のあと。
「えーと、あの、冗談でなく……そちらのお方々の力を借りる……イコール国家に戦争を仕掛けたも同義なんですが?」
同じ痣を手首に持つエースがそう言う。
「あ、そうだ! ……いざとなったら隣国のアーチボルトに観光がてら、亡命でもしようかな?」
「……常に互いをライバル視している、わが祖国の仮想敵国なんですが?」
大抵の国がそうなように、この国も仲の悪い隣国を抱えていた。
「じゃあエースは指を咥えて見ていればいいんじゃない? 悪いけど、お嬢様と僕は二人だけで逃げるから!」
そう、まるで駆け落ちのように……。
「それだけは、何があってもさせないからな、絶対に!? はあ、もう分かった分かった! 仕方ないな……ったくもぉ!」
二人がそんな物騒な話し合いをしている最中。
アニエスは馬車内で玉入れの景品を眺めていた。
それはクマの小さな人形で、にっこりと微笑んでいる。
それを目から離して外の流れる風景を眺め、アニエスは自身に向かって深く小さく囁く。
「一生を棒に振らず、二人に余計な気を回させないためにも、目をそらさずに考えて……アニエス」
アニエスの瞳に夕闇前の鋭い光が強く突き刺さるのだった。
※アニエス十二歳普段着




