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【アニメ化】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜7章4節〜

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309 たいへんな作戦


「あ、アルノルト殿下?」


 そうかと思えば、指で(おとがい)を掬い上げられた。

 至近距離で視線が重なって息を呑む。その顔立ち、睫毛の先まで芸術品のような造りをしたアルノルトが、リーシェのことを覗き込んでくるのだ。


「ひわ……っ」


 互いの額同士が、こつんと軽く重なった。


「っ、殿下……」


 向こうの方で、またざわめきが生まれたのを感じる。リーシェが望んだ通りのはずなのだが、あまりの出来事に心臓が跳ねて、言葉すら上手く継げなくなった。


「……本当に、熱はないんだな?」


 アルノルトが目を閉じてそう呟く。こんなに顔が熱ければ、それを疑われるのは無理もないだろう。


「大丈夫、です…………っ、あ!」


 リーシェが繋いでみた方の手も、指同士が淡く絡められた。

 びっくりして身体を引こうとすると、逃がさないとでも言うかのように、ぐっとまた上を向かされる。


「あの……!」

「?」


 リーシェが動揺しているのが、アルノルトにとっては不思議らしい。少しだけ離れて、その青い瞳で見詰めてくる。


「お前のことを、『他人からも見えるように愛でろ』と言った」

「そうなのですが! ……いえ、そのようにお伝えしては、いないような……!?」


 自分の言葉にこうも自信がなくなるなんて、アルノルトと対峙している時くらいだ。

 どう動いていいか分からないリーシェを導くかのように、アルノルトがリーシェの両手を取った。


「!」


 リーシェの手で、アルノルトの頬を包むような形になる。アルノルトは、そんなリーシェの手首を持ったまま、再び額同士を重ねてきた。


(お顔が近い……! 距離だけじゃなくて、殿下のほっぺに触れている所為で、もっと近くて)


 心臓の音が、アルノルトにまで伝わっていないだろうか。他にも心配ごとがあり、リーシェは身じろいで抗議した。


「これ、駄目です、殿下」

「なんだ」


 開かれたアルノルトの青い瞳を、おずおずと見上げる。


「……角度によっては、キスをしているように見えるかも……」

「――――……」


 掠れた声で呟くと、アルノルトは上目遣いにリーシェを見て、当然のような声音でこう言うのだ。


「どうせ、婚儀で見せることになる」

「〜〜〜〜……っ!?」


 あまり意識しないようにしていることを、そんなにも容易く示さないでほしい。


「も、もう大丈夫です、アルノルト殿下……!」

「…………」

「十分に、フロレンツィア陛下への『言伝(ことづて)』になったかと! ……心臓の音が、おかしくなって、しまうので……!!」


 すると、アルノルトがふっと小さく笑う。


「…………分かった」

「ぷあ……っ」


 無意識に抑えていた息を、思いっきり吸い込んだ。

 ようやく解放してくれたアルノルトは、浅い呼吸を繰り返すリーシェを前に、揶揄うように言うのだ。


「扇子を持っているなら渡せ。煽いでやる」

「大丈夫です……! これは、暑いのではなくて……!!」


 アルノルトが持ってくれていた小さなバッグに、今日は扇子を入れていない。代わりに小箱が隠されているのだが、今はまだ取り出す気になれなかった。


(アルノルト殿下を、よからぬ思惑に利用した罰なんだわ。やっぱり、職権濫用は駄目!)


 深呼吸を繰り返して、リーシェはよろよろとアルノルトに告げる。


「ありがとうございました。もう平気ですので、戻りましょう……」

「駄目だ」

「え……」


 立ち上がろうとするリーシェの手を、アルノルトが再び握って引き寄せた。


「休めと言っただろう。――ここにいろ」

「…………っ」


 そんな風に言われれば、素直に頷いて座るしかない。

 大人しくなったリーシェを見て、アルノルトは『それでいい』と言わんばかりの表情だ。辺りは夜の薄闇に浸され始め、虫の鳴く音色が音楽と混じる。


 そこに、またひとつ鐘が響いた。


「……この、鐘の音」


 心臓の早鐘が落ち着いて来て、リーシェは主城の方を見上げた。


「私が来てから、初めて聴きました。今日は何度か、鳴っていますね」

「…………」


 アルノルトもそちらに目を遣った。そうして、こう口にする。


「――あれは、『塔』から鳴っている」

「!」


 その言葉がどの塔を意味しているのか、すぐに分かった。


「……どなたが、何故?」

「さあな。定刻に鳴る訳でも、決まった日付に鳴る訳でもないらしい」


 青の双眸が、ほんの僅かに眇められる。


「俺も、久し振りに聴いた」

「…………」


 美しく透き通った、どこか寂しい鐘の音色が、尾を引くように響き渡った。


(きっと、幼い頃に聴いたことがおありなのだわ)


 そのことがなんとなく察せられて、左胸の奥が疼いた。


(アルノルト殿下が暮らした塔には、お義父さまに差し出された妃たちが住まわれていた。アルノルト殿下の母君が、命を落としたのも、あの塔で……)


 フロレンツィアの『望んだもの』に正解すれば、リーシェはそこに招かれるらしい。

 自害しようとした母の命を、たった九歳のアルノルトが終わらせた場所に。アルノルトがそれを知れば、一体どんな風に思うだろうか。


「…………」


 静かに考えている間、アルノルトも『母』を連想したのかもしれない。


「リーシェ」


 不意に、こんな質問をされる。


「婚姻の儀に、お前の両親を参列させなくて、本当にいいのか?」

「――――……」


 驚いて、ぱちりと瞬きをしてしまった。


「――はい」


 首をことんと傾げ、アルノルトの問いに答える。


「両親としては、その形を望むかと」

「…………」


 アルノルトは、最初にこの話題が出たときのように、なんだか物言いたげな顔をする。


「ふふ」

「……なんだ」

「テオドール殿下も今日、同じお顔をなさったので」

「…………」


 リーシェが気にせず笑うのを見て、アルノルトは溜め息をついた。


「俺と弟の話ではなく、お前と両親の話をしている」

(アルノルト殿下は、私のお父さまとお母さまを、あまり招待したくなさそうなお顔をしていたけれど……)


 それなのに、リーシェの家族が参列しない判断をしたと告げたときに、眉根を寄せたのだ。


「とはいえ殿下。国を超えた婚姻において、花嫁の家族は参列しないことが習わしです」

「そんな慣例は、どうとでもなるものだ」

「そ、そうでしょうか?」


 婚礼は、クルシェード教においても重要な儀式だ。民の模範たる皇室の人間、それも次期皇帝となるアルノルトの婚儀で、そうした逸脱は好ましくないだろう。

 リーシェが内心で考えていると、アルノルトが静かに言った。


「――お前から『招かない』と言ったのであれば、こんなことを尋ねはしない。お前が今後は肉親と関わり合いになりたくなければ、如何なる接触も断絶させる」

「殿下……」

「リーシェ。忘れるな」


 アルノルトの手が、リーシェの頭を柔らかく撫でる。


「お前がもっとも尊重するべきは、お前自身の望みだ」

「!」

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