この街はキミのそれを待っているんだぜ
明日照果1号は1000部しか作れなかったが、かなり回し読みされたらしい。
今まで売れに売れた明日照果チケットが、雑居ビルの一階の喫茶店に置かれた箱に回収されていく。このフリーペーパーの裏表紙は若い子とつながりたいアンドーチェーンの広告だから、チケットの回収箱はアンドーチェーンのインフォメーションセンターにも置かれた。
「すげえな、全部戻ってくるかも。」
「戻ったチケット、また売ったら儲かるんでね?」
「お前はこの街から出てけ。」
箱は14箱。こんなに刷ったのか?数えるのをやめてからけっこう経つからビックリだ。
タナボタ祭りまで1ヶ月。番町アーケードは予告を新聞で発表し、数あるアーケードの中で1番元気だ。足並み揃えないと嫌われる平等主義な街なはずだが、別格だし多くの会社が傘下についているからか、どこか認めている。
箱は大学生がボランティアで用意して、学校で集めたものも事務所に届いた。
「ではでは、チケットも集まったことだし」
「施工工事に入るとしようか。」
専務は小泉に告げた。
「街路樹はね、アンドーチェーンは好きに使えるからな。市役所も喜んでる。」
専務はこの街に我がデパートを根ざすために、市役所に「街路樹の世話を私が負担しましょう。」と話をつけていた。何十年も前から。街路樹は景観こそ素晴らしいが、維持に予算がバカにならない。美しいお荷物なのだ。
そこでアンドーチェーンが全額負担で維持費を持つかわりに「好きに使わせてもらう」と約束させたのだ。
専務は「大きな街路樹にツリーハウスを作れ!」と言っても市役所は許さず、「歩道を挟む両端の街路樹に100人ハンモックをかけろ!」と言っても実現しない。
毎回小泉が相談に行き、叱られて帰ってくる。
「でも今回はうまくいきましたな。この街の奇跡。」
「小泉さん、支払いは明日照果の貯め込んだ売上だよ。」
専務はやはり商売人、ちゃっかりしている。
市役所が許可を出したのには、裏話がある。
雑居ビル群の再開発は市長と宝井が隠密に料亭で進めていた。最初は駐車場、機を見てオフィスビル。東京から支社を誘致して経済効果だと。
でもタナボタ祭りの会議でうっかり話しちゃったから市役所は白紙撤回。雑居ビル群の焼け落ちたアーケードの未来はアンドーチェーンが握った。
「現代のタナボタ祭りですな。」
寂れた街の一角は雑居ビル群のそこだけではない。街路樹がある多くの通りが寂れ始めていたから、その街路樹を全てクリスマスツリーにして若い子に歩いてもらい、雑居ビル群のエリアにいざなおうとなったわけだ。
この街のクリスマス。1989年は忘れられない年になった。専務によって巻き上げられた明日照果の売上が全額、クリスマスツリーとなり、大学生がマッチラベルファッションで街路樹を練り歩き、この街の話題になった。それだけではない。メジャーな新聞とテレビ局がニュースにしたのだ。その後、東京でも街路樹のイルミネーションが始まった。
次の年からは大学生が募金を募り、この街の会社も喜んで募金した。だからこの街のイルミネーションは心を暖かくしてくれる。
春になって雑居ビルの明日照果事務所。
「回収した明日照果チケット、また売る?」
「まだ言ってんの?学生も古着屋も飽きたみたいよ。」
「マッチの火だけにすぐ消える。」
印刷屋でMacに夢中な雄貴が言った。
「フリーペーパーを憧れのデザイン事務所に見せたんだけど。」
「けど何?」
「Mac使えるなら東京に出て来ないか?って。」
他の明日照果の彼らはアンドーチェーンの中に事務所を移し、広瀬をボスに広告部隊になった。本屋の松島と何もしない沼仏は専務の知恵袋だ。役に立ったかは知らない。
宝井と番町アーケードは相変わらずだ。
東京から派手なビルが毎年出来て、この街の顔を失いつつあるなか、
この街のあるべき姿をとどめる大事な役目を果たしている。




