思わくが違っても、笑顔になるならその道をゆけ
小泉は僕に「なんで参加するお店は箱を作って夢を語らないんだ?資金が集まるのに。」
と聞いたから言ってやったんだ。
「この街は奥ゆかしいんだよ。大声上げて小銭をめぐんでもらうなんて恥ずかしいだろ。たとえそれが大金だったとしても。」
小泉は東京からの転勤族だったから、この街のノリを知らないのだ。
「ごめん、悪かった。でも他の仲間が乗り気で膨らましたんだけどなあ。」と小泉は謝るから
「アイツらは隣の県から来たんだもん。分かるわけないよ。」
と教えてあげた。
8人の仲間で、この街へ試したアイデアも、フタを開けてみたら単純な結果だった。
マッチラベルの絵柄はヘンテコリンでかわいいから、名刺くらいの大きさでも1枚500円で売れる。ただそれだけだ。
地元の会社に「街に広まりつつある明日照果チケット」を1000円分の商品と交換するキャンペーンをしませんか?と言っても乗ってこない。代わりに「その昔風な絵柄で商品ラベル作ってくれない?」とか「Tシャツにプリントして売らせてくれないか?原宿のお店に卸せるかも!」と言われてしまう。
小泉はこの兆しを専務に速報で伝えた。専務は「もうじき始まるタナボタ祭りに合わせて勝負だな」と言った。
タナボタ祭りについて読者は置いてけぼりだと思うので解説しなければと思う。
最初に話したとおり、この街の奇祭、タナボタ祭りは一部の町人が私財を投じて街道を整備したら、掘り起こした土から金の鶏が1ダース出てきて、殿様の許可をもらって飼ってみたら純金の卵が毎日産まれて街の財政が助かった。その感謝を捧げるタナボタ祭り。江戸時代から一部の町人だけでヒッソリと冬に開催されている。
伝説だから真実はどうでも良いが、地元の歴史家が文献を漁ると金の卵は大判小判のことで、金の鶏がよく分からない。何となく見えてくるのは、嫌々押し付けられて街道を整備することになったら、見返りに利権を手にして万々歳、という話なのでは?とのことだった。
このタナボタ祭りを知っているのは、この街を支える一部の経済人だけである。
明治時代のレトロラベルが好評の明日照果チケットは、すでに明日照果ラベルとも呼ばれ、レトログッズで更に売れ始めた。
Tシャツ、ポストカードにしたら好評で、雑居ビル群の古着屋ではボロバッグにラベルをプリントしたものが、東京の10代向けファッション雜誌に取り上げられて、原宿でも売り始めた。
焼け落ちてアーケードではなくなった殺風景な雑居ビル群の一角は若い子で賑わい始めていた。この街では明日照果ラベルが、ここでしか売っていないからだった。
印刷屋に勤める僕は、そろそろ社長に打ち明ける時期だなと思ったから
「余り紙と余りインクで作った遊び」
がビジネスになりだした事を告げた。
社長は喜んで言った。
「今まで捨ててたモノが商売を生み出した。良いじゃないか。チラシを作る心意気と同じ。商売繁盛をこの印刷機が回すのさ。」
僕は「うちの印刷屋がタダで使われてるだけで、何の儲けにもなってない」ことが腹立たしいと思っていることを社長に話すと、社長は
「でも資金を募る箱のアイデアは、この街では上手くいかないと最初っから思ってたろ。」とたしなめる。
「そうだけど、もしかしたら上手くいくと思って。僕らは新人類だから。」
「まあな。新人類の進化も少しづつだと思うよ。」
と社長は言い、
「でもまだ、交換して資金援助のルールは生きてるんだろ。」
「小泉さんに言っとき。そのルールが生きてる限り印刷協力するって。」




