パグと決着
馬車が『城塞跡』の入り口に差し掛かった。
街道の脇に無残に朽ち果てた石壁が立ち並び、鬱蒼とした木々が馬車を飲み込もうとしている。
アーチャの無邪気な笑い声が車内に響く中、俺はパグの鼻を鋭くひくつかせた。
風が変わった。
「来たぞ」
俺が短く告げた瞬間、頭上の石壁から黒い影が躍り出た。先遣隊とは比べ物にならない、訓練された盗賊たちの殺気。
アーチャが驚きに目を見開くよりも早く、俺は彼女の腕を蹴って馬車の天井を突き破り、車外に踊り出た。
四方から降り注ぐ矢の雨。だが、俺は慌てず足元に転がっていた長めの棒を拾い上げると、凄まじい手首の回転で空中の矢を絡め取り、そのまま「刻覇流」の螺旋を乗せて射手へと突き返す。
放たれたのは矢ではなく、死の宣告。弓手たちは悲鳴を上げる間もなく地面に縫い付けられた。
そして現れた第二波。重厚な鎧を纏った男を先頭に、盗賊たちが雪崩のように押し寄せてきた。
商人は腰を抜かして、潜り込んだ馬車の下で震え上がっている。
アオイは崩れかけた石壁の上で、銀色の剣を閃かせていた。いつの間にか馬車を飛び出し、盗賊の頭と思われる男と剣を交えている。
彼女の剣は、あまりにも綺麗すぎた。
騎士としての規範、正しい間合い、隙のない構え・・・それは鍛錬の証だが、裏を返せば「定石」という名の檻に囚われている。盗賊の頭のように、背後から砂をかけたり、あるいは汚い足技を混ぜてくるような輩に対しては、その「正しさ」が裏目に出る。
「ふん、その程度か……!」
盗賊の頭が卑屈に笑い、隠し持っていた暗器を左手から放つ。
アーチャは驚き、剣を跳ね上げて防ぐが、その刹那、彼女の重心がわずかに崩れた。彼女の剣筋は、すでに読み切られている。
「チッ、世話が焼ける」
俺は地面を蹴り上げ、集団の中央へと突っ込んだ。
鎧の男が俺を大剣で薙ぎ払おうとする。その刃が俺を捉えるよりも速く、俺は槍の柄を支点に跳躍し、男の兜の上に着地した。
「邪魔だ」
俺は男の頭頂部に指先を突き立てる。
『刻覇"破砕"』。
衝撃が頭蓋を突き抜け、男は膝から崩れ落ちた。
俺は馬車の屋根から跳躍した。
小さな身体が空中で回転し、暗殺者としての「理」が加速。アーチャに迫る男の背後から一撃を加えた。
「刻覇"穿心"」
パグの小さな前足から放たれた衝撃は、男の鎧の隙間をすり抜け、背骨の要所に一点集中で突き刺さった。男は悲鳴を上げる間もなく、操り人形の糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
周囲の盗賊たちは、目の前の光景を理解できずに硬直した。
俺は地面に着地するや否や、勢いを殺さずに次の標的へと地を這うような加速を見せる。
「ご、ゴン……?」
「礼は後だ。今は死にたくなければ、騎士の矜持を捨てて獲物を仕留めろ」
俺は彼女の驚愕を無視するように、再び駆け出した。俺が動くたび、空気が裂けるような鋭い音が鳴る。
残りの盗賊たちは、首領が呆気なく倒されたのを見て、戦意を完全に喪失していた。
恐慌をきたして逃げ惑う雑兵たちを、俺は最小限の力で無力化していく。
アーチャは剣を納めると、俺の前に跪いた。
視線が俺の顔と同じ高さになる。彼女の瞳には、かつてあったような「愛玩動物を見る眼差し」はなく、未知の存在への敬畏と、制御できない好奇心が渦巻いていた。
「・・・ゴン。さっきの技、あれは魔法じゃないわよね?
あんな・・・あんな精密で無慈悲な殺し方、騎士団の教練でも見たことがないわ」
「ただの武術だ」
俺がぶっきらぼうに答えると、彼女は少しだけ表情を緩めた。だが、その目は俺の身体の細部にまで注がれている。
「武術? そんな・・・その小さな体で、あんな爆発力を生み出すなんて……」
馬車の下からようやく這い出してきた商人は、俺の姿を見て「た、助かったのか?」と聞くので頷いてやる。
アーチャは、もはや俺を抱き上げるようなことはしない。その代わりに、俺の背後に隠れるように立ち、護衛であるはずの俺を守ろうとするかのようにさえ見える。
「可愛いパグ」から「謎の武人」へ。彼女の接し方が変わり始めたことが、何よりも面倒だ。
「ゴン・・いえ、ゴン殿。あなたを今まであんな風に・・本当に失礼なことを・・」
彼女は真剣な面持ちで謝罪を口にする。俺は肩をすくめ、小さく鼻を鳴らした。
「別に構わん。撫でられるのは嫌いじゃないしな」
そう付け加えると、彼女は一瞬ポカンとしてから、顔を真っ赤にして俯いた。
「っ……! やっぱり、あなたは可愛いわ! ……でも、さっきの戦いぶり、本当にかっこよかった……」
彼女の呟きを聞き流し、俺は再び馬車へ向かう。この街への旅路は、先ほどよりも少しだけ、騒がしいものになりそうだ。




