パグと女剣士
護衛の依頼を受け、次の街へと走る馬車の中、俺は溜息をつきたかった。もちろん、パグの身体では溜息すらも「フンガッ」という鼻息に聞こえてしまうのだが。
同じく護衛に雇われた自称女騎士。彼女は俺を抱き上げ、顔を埋め、執拗にその垂れ耳や背中を撫で回していた。
女騎士の名前はアーチャ・アステリア 。
月光を思わせるような、透き通った銀色のロングヘア。
普段は丁寧に編み込まれ、戦闘時には崩れないようにしっかりと束ねられている。瞳は冷静沈着な知性を感じさせる、深い青色の瞳。
装備は王国騎士団の制服を思わせる、白銀を基調とした美しいライトアーマーと凝った作りのロングソードを腰に提げている。と普段は凛々しい騎士振りを見せるのだが・・・
「あぁ、なんて可愛いの! 本当にパグの獣人って、どうしてこんなに愛くるしいのかしら!
「・・・アーチャよ、俺は護衛だ。仕事中だぞ」
俺がそう言っても、彼女は全く聞いていない。それどころか、ますます熱烈な抱擁が加わる。
どうやら彼女は重度の「犬型獣人愛好家」らしく、俺の暗殺拳の技術など露知らず、ただのぬいぐるみのように扱っているのだ。
「あああ! この少しムチッとした感触、たまらないわ。貴方のその悲しげな眉間、そしてこの湿った鼻先。すべてが芸術的よ!」
俺は辟易しながらも、周囲の警戒を怠らない。
この馬車が通る街道には盗賊が出るという噂がある。彼女が俺に構っている隙に、俺は五感を研ぎ澄ませ、気配を読み取っていた。
前方、右手の茂みに三人。殺気はないが、獲物を狙う目つきだ。
俺はアーチャの腕から抜け出すことなく、ただ鼻を鳴らした。
「右から来るぞ。準備をしろ」
「え? なにが?」
彼女がそう言った瞬間、茂みから放たれた矢が馬車を掠める。俺は彼女の腕の中で身体を捻り、拳を風に切らせた。その空気の渦が矢を弾き飛ばす。
「まったく。護衛の邪魔をするな」
俺はため息をついた。この自称騎士様との旅は、魔獣討伐よりも精神的に骨が折れそうだ。
盗賊は矢を放った直後、即座に気配を消して逃走した。迷いのない引き際。手練れではないが、戦況を見極める胆力だけはあるらしい。俺は「判断が早い」と、微かな関心を覚えた。
旅は二日目まで何事もなく平穏に過ぎた。依頼主である商人は「このまま無事に着けそうだな」と浮かれているが、俺は地図と周囲の地形を頭の中で照らし合わせ、確信を深めていた。 この先にある『城塞跡』。あそここそが、奴らが牙を剥く場所だ。
馬車はガタゴトと音を立てて進む。相変わらず、自称騎士のアーチャは俺を離そうとしない。
「ゴンは荒々しい獣人ではありません。この繊細な毛並み、潤んだ瞳・・・あなたには王族が愛した工芸品のような、尊い美しさがあるのです!」
そう言って俺の首元に顔をすり寄せてくる彼女に対し、俺はただ無表情で鼻を鳴らすしかない。
この柔らかな腕に包まれている間も、俺の意識は常に数キロ先の『城塞跡』に向けられている。
城塞跡は街道を見下ろす高台にあり、崖に囲まれている。待ち伏せには最適だ。矢を放った奴らは、俺たちの戦力を探る先遣隊だった可能性が高い。
向こうもプロだ。馬車の速度が落ちる上り坂、視界が遮られる石壁の角で仕掛けてくるはずだ。
強者として恐れられるべきゴンが、女騎士の愛情という「強力な拘束具」に囚われてしまいました。暗殺拳伝承者の威厳はどこへやら、コミカルな護衛任務はまだまだ続きそうです。次は、盗賊との本格的な遭遇でしょうか?




