パグとギルドマスター
ギルドマスターの執務室は、重苦しい沈黙に包まれていた。俺とギルマスは、互い探り合うように睨み合う。パグの目と、老練な戦士の眼光が交差する。
数秒の沈黙の後、ギルマスはふっと口角を上げ、ニヤリと笑った。
「うちの馬鹿共が迷惑をかけたな。……だが、手加減しただろう? 奴の関節一つ外すだけで済ませたのは、相当な手練れだ」
俺は「フンッ」と鼻を鳴らす。
「ところで、パグのゴンよ。この街に何をしに来た? 冒険者らしく金か? それとも、俺の首か?」
「つまらん冗談を、金策だ。当座の糧が必要でな」
老人は髭をさすりながら考え込み、机の上に数枚の紙束を投げ出した。
俺は一瞥し、眉をひそめる。そこに書かれていたのは、狂暴な魔獣の討伐や、未踏遺跡の調査といった、明らかに高ランク冒険者向けの依頼だった。
「・・・ギルマス、これは高ランク向けの依頼じゃないのか? 新入りの俺に振るには荷が重すぎる」
「お前なら楽勝だろ。ギルドの規定が無ければ、今すぐにでも上位ランクにしてやりたいぐらいだよ」
「買いかぶりすぎだ。俺はただ、腹を空かせたパグだ」
俺は淡々と返したが、老人の目は俺の言葉を信じていない。どうやら、この世界で静かに暮らすというプランは、早くも暗雲が立ち込めてきたようだ。
マスターが提示した高難度依頼の束を前に、俺は小さな前足でそれを押し返した。
俺が選んだのは、多くの冒険者が行方不明になっているという凶悪な魔獣の討伐依頼だった。
「これを引き受けよう。『黒森の幻獣討伐』だ。・・・丁度、身体を動かしたくてな」
俺の伝承した流派は――『刻覇流』
それは、独自の呼吸法とリズムにより相手の認識をわずかにずらし、時間を止めたかのような錯覚の中で命を刈り取る暗殺拳。相手が死を悟るよりも早く、刻を止める。それが『刻覇流』の思想だ。
マスターは俺が選んだ依頼書を見て、満足げに頷いた。
「いい度胸だ。お前のような逸材が、俺の前に現れるとはな。……せいぜい、この街の連中を驚かせてやってくれ」
俺は返事もせず、ギルドの扉を開けて街へ出た。
パグの小さな身体で歩いていると、街の連中は皆、俺を「珍しいペット」か何かだと思って微笑ましい目でみる。だが、構わない。
森の中で俺を待ち受けているであろう幻獣。
そいつが俺の『刻覇流』に触れた時、どんな表情で散っていくのか。
「……さて。刻を止めてやろうか」
俺は二本足で静かに駆け出し、漆黒の森へと姿を消した。パグの姿をした死神として




