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パグと商人



 森を抜ける途中、剣を構えて震える男の姿があった。数体のゴブリンが嘲笑いながら彼を追い詰めている。

 俺はため息をつき、音もなくその懐へ入り込んだ。刻覇流(こくはりゅう)の連撃はゴブリンたちに触れる間もなく急所を穿ち、瞬く間に彼らは物言わぬ肉塊となった。


「……助かったのか?」


 生き残った男性は商人だった。命拾いをした彼は、俺の姿を見て少し不思議そうに首を傾げたものの、過剰に驚く様子はない。


「いやぁ、助かった! ありがとうよ。お前さん、パグの獣人か。この辺りじゃ珍しいが、商売で各地を回っていると、たまに見かけるからな」


 俺が二本足で立ち、人語を解する姿を見ても、彼は「珍しい獣人」の一種として受け入れた。むしろ彼が驚いたのは、俺がかつての記憶からそのまま纏っていた、この世界の文明とは異なる仕立ての衣装だった。


「助かったよ。あんたなんて名前だい?」


 俺は少し考えた。かつての名前を名乗るべきか、それともこの世界での名を持つべきか。暗殺拳の伝承者として、新たな生を歩むならば。


「……ゴン。俺の名はゴンだ」


 パグの口元で、その名は響いた。


「ゴンか! 良い名だ。俺は巡回商人のバルト。せめてもの礼に、街まで馬車に乗せて行くぜ。荷馬車に乗りな」


 こうして、俺はパグの獣人「ゴン」として、異世界での第一歩を商人の馬車から踏み出すことになった。

 商人のバルトが操る荷馬車に揺られ、俺は初めてこの世界の景色を眺めていた。中世ヨーロッパ風は景色だ。

 パグの姿という強烈なハンデを背負いながらも、俺は車上で瞑想し、気を練り続けている。


 バルトは人懐っこい男で、街までの道中、俺を退屈させないようにとこの世界の情勢を語ってくれた。どうやらこの世界には、俺のような獣人が数多く存在し、それぞれの種族特有の能力を活かして暮らしているらしい。

 俺のような、見た目は愛玩動物だが二足歩行をする獣人は「小型奇種」と呼ばれ、その珍しさからか好奇の目で見られることもあるという。


「街に着いたら、まずは冒険者ギルドに顔を出すといい。ゴンみたいな腕利きの護衛を探している商人はごまんといるからな」


 バルトがニヤリと笑う。やがて街の門が見えてきた。


 大きな石造りの門をくぐると、そこには活気あふれる異世界の光景が広がっていた。人間、獣人、そして見たこともない種族が交差する大通り。


 俺は荷馬車を降り、短く太い足を動かして、雑踏の中へ歩みを進めた。

 俺はバルトの提案どうり冒険者ギルドの扉をくぐった。

 受付で簡素な手続きを済ませ、掲示板に並ぶ依頼書に目を向けていた、その時だ。


「おいおい、なんだこの『ちび』は? 一丁前に冒険者のつもりか?」


 背後から掛けられたのは、泥酔したような酒臭い息と、吐き気を催すほどの悪意。振り返れば、大柄な人間が俺の頭を無造作に掴もうと手を伸ばしていた。

 周囲の冒険者がヒソヒソと笑う。どうやら、新入りを潰して鬱憤を晴らすのがこの連中の趣味らしい。


 俺はため息をついた。暗殺拳の伝承者に対し、正面から無防備に手を出すなど。


「……死に急ぐな」


 俺の動きは男よりも速かった。

 大男の手首の急所をパグの小さな前足で軽く「トン」と突く。それだけで大男の神経は麻痺し、そのまま肘の関節を逆方向に軽く捻り上げる。

 巨体が音を立てて床に沈む。大男は痛みで大きな悲鳴を上げバタバタ無様に暴れた。


「騒がしい奴だ」


 周囲の嘲笑は一瞬で凍りつき、ギルド内は俺を見る怯えと好奇の視線が渦巻くことになった。


 当然の結果として、ギルドマスター直々の呼び出しを食らう羽目になったわけだ。


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