パグと武器屋
ギルマスから討伐報酬の半金を受け取った俺は、まずは万全を期すために装備を整えることにした。ギルドの受付嬢に教えを請い、目当ての店へと向かう。
道具屋で必要最低限の回復ポーションを確保した後、俺は武器屋の重い扉を押し開けた。
店内に立ち並ぶ武器の輝きに、思わずテンションが上がる。
「ほう、珍しい客だなパグ《イヌ》の獣人が一人で店に来るとは」
奥から現れたのは、筋肉質で立派な髭を蓄えたドワーフの店主だった。彼は俺の姿を興味深げに見下ろすが、そこに侮蔑の色はない。職人特有の、純粋な好奇心だ。
「どんな武器防具が欲しいんだ? 」
俺は店内の品々を見渡し、刻覇流の動きを妨げない、かつ俺の指先から繰り出される「死」を助長する品を選び出した。
「投擲用のナイフを数本。それから、革製の軽量な手甲、胸当て、脛当てを頼む。動きの邪魔にならないものをな」
ドワーフの店主は俺の注文を聞き終えると、不思議そうに眉をひそめた。
「武器は投擲用ナイフだけか? 他にも短剣や、俺の打った最高級の小剣があるんだが・・・。その体格で、メインの武器を持たねえってのか?」
店主は俺の小さな身体を見てそう言う。確かに、ただの獣人ならその疑問も尤もだろう。しかし、俺にとって武器とは、あくまで補助的な道具に過ぎない。
俺は店主の目を見据え、パグの低い鼻で一つ小さく息を吐いてから、淡々と答えた。
「俺の武器は、この拳だ」
その言葉に、店主は一瞬キョトンとした後、豪快に笑い出した。
「ハッハッハ! そうかい! 気に入った!待ってな、最高の革装備を作ってやるぜ!」
パグの姿に革鎧を身につけた姿。滑稽に見えるかもしれないが、その実、暗殺者の装備としては完成の域に近い。
俺は店の鏡に映る自分の姿を見つめ、静かに呼吸を整えた。
"我が拳は無敵なり。故に砕けぬものはなし"心の中でそう呟き、俺は黒森へと続く道を歩み出した。
どんなに硬い外殻を持つ魔物だろうと、刻覇流の前ではただの脆い石塊に過ぎない。
森の入り口にある寒村に足を踏み入れたものの、村人たちは皆怯えきっており、口を閉ざした。そんな中、村はずれで泥だらけになって遊んでいた男の子が、俺の足を引っ張りる。
「おじさん、森の魔獣のこと知りたいの? 猟師のじいちゃんが、この前森でヤツ襲われたって言ってたよ!」
「ありがとう」
俺は子供の頭を軽く撫でると、猟師の家へと向かった。
村はずれの猟師の家。そこには、魔獣の恐ろしさを骨身に染みて知っている男がいた。
俺が「魔獣討伐の依頼を受けた」と告げると、猟師は信じられないものを見るような目で俺を見下ろした。
「あんた、冗談だろう? あの化け物は、俺の仲間を・・・片手で引き裂いたんだぞ。帰れ、無駄死にするだけだ!」
猟師の怒声は、純粋な恐怖と、仲間を失った悲しみから来るものだった。俺を馬鹿にしているわけではない。本気で「俺が殺される」と案じているのだ。
俺はパグの愛くるしい顔に冷徹な笑みを浮かべ、淡々と答えた。
「心配は無用だ。その魔獣、俺の拳が『砕く』までだ」
「何を言っている! あれは鋼鉄の鱗を持つ魔獣だ! 拳で砕けるわけがなかろう!」
猟師は怒りに任せて杖を振り上げたが、俺は一切動じない。『刻覇流』の呼吸法を静かに行い、体内の気を巡らせる。
「鱗が何だ。核さえ潰せば、どんな硬いモノもただの肉塊だ」
俺の言葉に宿る殺気に、猟師は言葉を失った。パグの姿からは想像もつかない、あまりに鋭い「殺し屋」の気配。男は震える手で、魔獣が潜む森の奥、薄暗い洞窟の場所を指し示した。
「・・・死にに行くようなもんだ。だが、お前さんのその目は……俺の知る人間以上に、死神のそれだ」
俺は軽く頷くと、猟師の家を後にした。
黒森の奥、魔獣が待つ死地へ。俺の拳が、その硬い鱗を穿つ時が来る。




