アーチャの報告書 1
治療院の片隅、月明かりが差し込む小さな机に向かって、アーチャは羽ペンを走らせていた。手元には、騎士団長へ提出するための「正式な」報告書がある。
しかし、その中身といえば・・・
「報告事項、その壱。ゴンの毛並みについて。今日の戦闘の最中、背中の毛がちょうどいい具合に魔獣の牙を弾き飛ばしていた件。あれは果たして毛の剛性によるものか、それとも闘気によるものか・・・要検証」
アーチャはクスクスと肩を震わせ、インクをたっぷりと吸わせたペンを再び走らせる。
「その弐。ゴンの寝相について。昨夜の野営時、焚き火のそばでいびきをかき丸まって眠る姿は、まるで子犬のようだった。あの荒々しい闘気を放つ人物と同一人物とは思えないほどの無防備さ。もし私が抱き着いたら、どれほどの反応を示すか試してみたいところだが、生命の保証がないため断念」
彼女は真剣な表情で、自分の書いた文章を読み返している。
報告書の表紙には『重要:ダンジョン探索任務報告』と、いかにも厳格そうなタイトルが躍っているが、中身はゴンの個人的な観察日記そのものだ。
アーチャは満足げに頷くと、最後に付け足した。
「その参。今後の対策。ゴンの寝顔があまりに可愛いので、隠密行動中の監視対象に『隊長の就寝時』を追加すること。以上、現場よりアーチャでした」
彼女は誰かに見せるためではなく、ただ自分の好奇心を満たすために、騎士団の公文書という名の「ゴン観察日誌」を完成させていた。
実際には、これとは別に、ゴンが必死に書き上げた、普通の報告書が、もう一通アーチャのバッグに忍ばせてある。
騎士団長も、まさか自分の部下が最強の暗殺者をぬいぐるみのように愛でているなどとは夢にも思わないだろう。
アーチャは独り言をこぼしながら、満足げにインク瓶に蓋をした。
「さて・・・次は、セドリックの包帯の下で筋肉がどうなっているのかを調査しなきゃ」
彼女の頭の中は、次なる「報告事項」のことで一杯のようだった。アオイは羽ペンを置くと、窓の外に広がる静まり返った夜の街を見下ろした。
今は束の間の休息だ。アーチャは、セドリックのベッドサイドへと静かに歩み寄り、微かな寝息を立てる彼の様子をじっと観察した。
包帯の隙間から覗く筋肉の張り具合、傷跡の回復速度、そして痛みに耐える際の眉間の皺――そのすべてが彼女にとって、何よりも詳細に記録すべき「極秘データ」だった。
「随分と頑張っちゃって。次に目覚めたら、また『エル殿が心配だ』って言うんでしょう?」
アーチャは悪戯っぽく笑いながら、寝ているセドリックの枕元を少しだけ整えてやった。
彼女がこうして、微細な変化を記録し続けるのには、単なる好奇心だけではない理由があった。
最強の暗殺者であるゴンが「人の形」を保っていられるように、傷ついたセドリックが「盾」としての誇りを失わないように。
その脆く、愛おしい彼らの日常を、自分の手元に留めておきたかったのだ。
もし、いつか彼らが戦場で帰らぬ人となったとしても、この「観察日誌」さえあれば、彼らがどれほど滑稽で、どれほど真剣に生きていたかを、自分だけは忘れずにいられる。
「さあて、準備完了。明日は朝一番で、ゴンの朝食時の咀嚼音と、セドリックの包帯の巻き替えによる筋肉の収縮率をクロスチェックしなくちゃ」
アーチャは満足げにうなずくと、明日の予定を頭の中で組み立て始めた。
彼女の報告書が騎士団長の手に渡る頃、その内容は一体どのような形で世界を驚かせることになるのか。アーチャにとって、それは明日への活力そのものだ。
アーチャの予告
次回は、ゴンが貴族に攫われる話?パグ業界が意外に狭いとか?
何の事やら・・・




