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パグとエルの相談事

 


 ゴンは治療院の冷たく硬い木製の椅子に腰を下ろしていた。

 視線の先には、激戦の傷跡を癒やすために眠るセドリックの姿がある。

 静まり返った室内で、ゴンは街で耳にした噂を反芻していた。それは、安全であるはずの「魔法学園」が未曾有の騒乱に包まれたという信じがたいものだった。


「リッチだと? エルの学校で何が起きてるんだ・・・」


 毒竜の次は、封印された死霊の王か。

 胸の奥で嫌な予感が渦巻く中、治療室の扉が静かに開いた。入ってきたのは、セドリックの見舞いに来たエルだった。彼女の姿を見つけたゴンは、驚きを隠せずに椅子から立ち上がる。


「エル。学園の騒ぎを聞いた。お前の力を使ったのだな?」


 エルは少し疲れた様子で、しかし以前とは比較にならないほど落ち着いた足取りで近づいてきた。

 彼女はセドリックの容態を確認し、小さく安堵の息を吐くと、窓の外の空を見上げた。


「ゴンさん、でも・・そのせいで・・」


 彼女は語り始めた。リッチを浄化したあの日以来、学園の空気は一変した。

 かつての冷ややかな視線は消え、手の掌を返した様に、生徒たちは彼女を恐れ、崇め、あるいは好奇の目で追い回すようになったのだ。

 さらに、その噂は瞬く間に王宮や魔導ギルドの耳にも届いた。


「王宮の使いは、学園の正門に居座っています。魔導ギルドの幹部たちは、あろうことか授業中の教室にまで押しかけてきて、私の杖の杖頭を分析させてくれと詰め寄ってきた。みんな、私を見ているようでいて、私の中に眠る『力』にのみ興味があるだけ。まるで、新しい兵器の性能を検分するみたいに」


 エルは自嘲気味に笑った。その顔には、年相応の少女が持つはずの瑞々しい輝きはなく、ただ疲れと、自分の価値が「力」だけに収束されていくことへの空虚感が浮かんでいた。


 彼女の持つ『力』に、今や多くの人間が群がっている。彼らにとってエルは、一人の生徒ではなく、国を揺るがす戦略的価値を持った「兵器」と化したのだ。

 学園の同級生たちもまた然り。かつて彼女を「落ちこぼれ」と笑った者たちは、今度は恐怖と媚びを混ぜ合わせたような歪な視線を向けてくる。


「ねえ、ゴンさん・・・私、あの日、ダンジョンで確かに感じたの。自分の中に渦巻く嵐は、誰かを倒すためじゃなくて、誰かの背中を温めるための風になれるんじゃないかって。でも、今の私の周りには、この『力』を自分達の為に使おうとする人たちしかいない・・・」


 エルの声がわずかに震える。


「怖いんです。このまま彼らの言いなりになって、戦いの中に塗りつぶされて、最後には私自身が何を感じていたのかさえ忘れてしまいそうで」


 ゴンの前で見せるその弱音は、彼女の最後の防壁だった。王宮の重圧も、ギルドの甘い誘惑も、この治療院の静かな空間の前では、途端に色あせて聞こえる。

 エルにとって、ここだけが、自分という人間を『力』以外の尺度で見てくれる唯一の場所なのだ。

 ゴンは、彼女の手にある魔導書に視線を落とした。そこには、星の紋章が刻まれている。あのダンジョンで彼らが命懸けで守り抜いた、エル自身の可能性の証だ。


「・・・兵器か」


 ゴンは低い声で繰り返すと、荒々しく鼻を鳴らした。


「気に入らないな。お前の『力』は、そんなカビの生えた玉座や金儲けの秤に乗せるような代物じゃない。エル、お前はどうしたい。このまま王宮という檻に飛び込むか? それとも、俺たちともう一度、自由と危険な冒険者に戻るか?」


 ゴンの問いかけに、エルは息を止める。

 二択ではない。王宮か、冒険者か。どちらを選んでも、待っているのは過酷な運命だ。

 しかし、ゴンはあえて彼女に「地獄への切符」を差し出した。

 それは、彼女が何者にも支配されず、自分の意思で歩むための過酷な自由への招待状だった。





アーチャの予告

次回は、この私の華麗な仕事ぶりをお見せします。お楽しみに!

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