パグとダンジョン3
深淵の奥底へ続く道は、まるで巨大な獣の食道のように、ひんやりとした湿気と澱んだ空気に満ちていた。松明の灯りさえも、この場所では不吉な色に揺らいで見える。
「・・・空気が重い。魔力そのものが、俺たちを拒絶しているようだな」
セドリックが、腰の剣の柄に手をかけたまま鋭く周囲を警戒する。彼の剣士としての直感が、このダンジョンの底に眠る「何か」が、単なる魔獣とは次元が異なることを告げていた。
アーチャはエルの肩を抱き寄せ、ゴンの背中を必死に追いかける。彼女の好奇心さえも、この圧迫感の前では影を潜め、ただゴンの背中だけが唯一の救いであるかのように見えた。
「ゴン・・あの、私、本当に大丈夫でしょうか?」
エルの声が小さく震える。その時、ゴンの足が止まった。
前方から響く重い足音。それは岩石を砕きながら進む、巨大な質量を感じさせる音だった。
影の中から現れたのは、数百年の時を経て「澱み」をその身に宿した、巨大な魔獣だった。
「あれが、忘却の岩山のイレギュラーか」
ゴンは不敵に笑うと、拳を鳴らした。
「おい、エル。準備はいいか?」
エルは深く息を吸い込み、握りしめた杖に魔力を込める。彼女の内にあった、長い間「落ちこぼれ」として閉じ込めていた小さな宝箱。その鍵を、今、この瞬間、彼女自身の意志で回した。
エルが放った黄金の奔流。それは、かつて彼女を嘲笑った者たちが知る、小さな灯火のような回復術などではなかった。
「あれは・・・ただの浄化魔法じゃない」
セドリックが息を呑んで杖の残光を見つめる。
魔法学において、浄化とは対象の 穢れや毒を中和する術に過ぎない。
しかし、いまエルが展開したのは、古の聖者たちが「神の息吹」と呼んだ、大浄化術の上級――『聖域展開・黄泉還り(サンクチュアリ・リヴァイヴ)』に類する現象だった。
「エルちゃん、凄い・・・」
アーチャが驚愕に目を見開く。エルの足元から広がった黄金の紋様が、大地に染み付いた黒い澱みを根こそぎ消し去っていたからだ。
エル自身もまた、己の杖から溢れ出した圧倒的な感覚に震えていた。これまで自分の魔力は「コップに溜まった濁り」だと思っていた。
しかし今、ゴンの導きによって蓋を開いたその力は、自分という器を介して、世界そのものを書き換えるような奔流となって溢れ出していた。
「私の魔力が・・・世界に、溶けていく・・・?」
エルの瞳に映る景色が変わる。ダンジョンの岩肌が、魔獣
が、淀んだ空気が、すべて黄金の粒子となって分解され、純粋なエネルギーへと回帰していく。
それは「癒やし」という概念を超えた、あらゆる不純物を存在の根源から消滅させる「全能の浄化」であった。
ゴンは拳を握り直し、その光の渦の中で満足げに口角を上げた。
「これが、お前の持っていた『力』の正体だ。単なるヒーラーの枠組みを超えた、因果を清算する力だな」
ゴンは歩みを進める。エルが放つ黄金の領域は、ゴンが纏う闘気と共鳴し、行く手を阻む暗闇を、文字通り「存在しなかったこと」にして消し去っていく。
「さあ、エル。行こう。この先にいる迷宮主も、お前のその嵐で綺麗に洗い流してやれ」
少女の杖が、黄金の光をより強く放つ。それは落ちこぼれの少女が、運命の濁流を浄化する覚悟を決めた瞬間だった。
エル遂に覚醒!




