表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/25

パグとダンジョン2



戦況は一刻を争っていた。

 魔獣たちはエルの綻びを突くように、次々と死角から襲いかかってくる。アオイが剣で魔獣の目を潰し、セドリックが血を流しながらも執拗な防戦を続けるが、前衛三人だけでは明らかに限界が近づいていた。


「くそっ、数が多すぎる! エル殿、とにかく何か、少しでもいい!」


 セドリックの悲鳴に近い叫びが響く。しかし、エルは杖を構えたまま凍りついていた。頭の中では「何かしなければ」という焦燥が渦巻いているのに、指先は氷のように冷たく、魔力は霧散していく。

 自分が信じられていないのではない。今の彼女は、自分の中に眠るはずの「嵐」そのものを、信じきれていないのだ。

 ゴンは、あえて強引に敵の密集地帯へ飛び込み、正面の敵を蹂躙した。わざと深手を負うような距離で戦うことで、敵のヘイトを一手に引き受ける。


「エル! お前はさっき、自分の内側に嵐があると言ったはずだ! 今は目の前の敵より内側の嵐に意識を向けろ」


 ゴンの言葉は荒々しい。しかし、その根底には、自分という強大な存在を差し置いてでもエルの覚醒を待つという、異様なまでの信頼が込められていた。

 エルは、掠れた視界の中でゴンの背中を見た。

 彼は、自分を見捨てなかった。自分の「可能性」を信じ、この最前線という地獄へ連れ出した。

 その事実が彼女の胸の奥で小さく、だが確かに鼓動を打つ。


 戦況が極限を迎える中、アーチャの動きは他の誰よりも研ぎ澄まされていた。


「エルちゃん、心配しないで・・・! 私が引き剥がす!」


 アーチャは剣を逆手に持ち替え、死角から飛び出した魔獣の懐へ滑り込む。彼女の動きは優雅で無駄がない。

 魔獣の関節という関節を正確に切り裂き、その重心を崩していく。敵が体勢を立て直す隙さえ与えず、アーチャは旋風のように舞い続けた。


「セドリック、そこは右よ! ゴンは少しだけ道を空けて!」


 アーチャの声は戦場の混乱の中でも驚くほど冷静に響き渡り、仲間たちの位置取りを最適化していく。

 ゴン達との修行を経た彼女は、直接的な破壊力こそゴンやセドリックには及ばないが、戦場の流れを支配する「調律者」の力を得た。彼女が敵の注意を削ぎ、動きを制限することで、ゴンは最大火力を叩き込むための助走を得ていた。

 しかし、魔獣の一体がアーチャの予測を超えた速度で反撃に 出る。巨体がアーチャを叩き潰そうと迫った瞬間、彼女はあえて回避せず、敵の懐深くに飛び込んだ。


「捉えたわ・・・この一瞬、この隙こそが、私の仕事よ!」


 アーチャが敵の急所を剣で抉り、その血を浴びながらも笑みを浮かべる。彼女の命を懸けた強引な制圧により、魔獣の動きが完全に止まった。


「今のよ、エルちゃん!」


 エルは目を閉じたまま、震える呼吸を繰り返していた。

(どうして・・・どうして、私なの?)

 次々と脳裏を掠めるのは、過去の記憶だ。


 魔法学園で「無能」の烙印を押され、冷たい視線を浴び続けたあの日々。どれだけ魔力を練ろうとしても、指先からこぼれ落ちていく虚しさ。

 自分には才能がないのだと、諦めることで傷つくことから逃げてきた長い時間。

 それが、このゴン達に出会った途端、すべて覆された。 

「封印された嵐」?「極限まで密度を高めた可能性」?

 そんな高尚な言葉は、今のエルには重すぎる。


(もし、私が何もできなかったら? もし、この「嵐」というのも、ただの幻想だったら・・・。そうしたら、私は今度こそ、本当に何も残らない)


 恐怖が、心臓を冷たい指先で握りしめる。

 目の前でセドリックが咆哮し、アオイの短剣が金属音を立てる。仲間の命が、自分の「覚悟」一つにかかっているという事実が、重い重圧となって肩にのしかかる。 


「逃げたい。・・・いっそ、何も知らない頃に戻りたい」


 震える手が杖の杖頭アミュレットに触れる。冷たいはずの石が、今はまるで生き物のように脈動していた。

 その脈動が、エルの鼓動とシンクロする。

(いいえ。違う)

 彼女の意識の深淵で、今まで「足枷」だと思っていた重苦しい違和感が、実は自分を守るための「鞘」であったことに気づく。抑え込んでいたのは魔獣の恐怖でも、周囲の評価でもない。

 自分自身が、この奔流に飲み込まれるのが怖くて、必死に蓋をしていたのだ。


「私は・・・怖かっただけなんだ」

 

 エルは呟いた。その瞬間、彼女の中で何かが"カチリ"と鳴った様な気がした。

 恐怖ではない。

 それは、自分の内側で暴れ狂う嵐を、自分の力として受け入れるための、儀式のような静寂だった。

 彼女の周囲に、柔らかな光の粒子が浮遊し始める。

 それはゆっくりと宙を舞う。

 エルは杖を深く握り直し、瞼を開いた。

 そこには、もう迷いも怯えもない、嵐の静寂を宿した静かな瞳があった。


「全部、受け入れる。私の嵐よ、今こそ開け」


 杖の先端から、一筋の輝きがダンジョンの闇を突き刺す。

 それは世界を塗り替える黄金の潮流の、始まりの一滴だ


「よくやった、エル!」


 ゴンが雷光のような踏み込みで加速する。

 エルはついに自分の中に渦巻く力を「解放」した。

 黄金の光がゴンの背中を掠め、魔獣を内側から崩壊させていく。背後にいるエルの気配の変化を確信し、満足げに拳を収めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ