パグとヒーラーの少女
愉快な?三人旅はどんどん進む。
そんな時、たまたま立ち寄ったギルドで新たな出会いが・・・
三人の旅は、ゴンにとって予想外に緩やかな速度で流れていた。
張り詰めた緊張感は影を潜め、一行は街道沿いの町々に立ち寄っては、冒険者ギルドで日銭を稼ぐという、どこか他人事のような日常を繰り返している。
ギルドの受付で、セドリックは相変わらず背負ったままの砕けた魔剣をカウンターにぶつけ、不器用に手続きを急かしている。
その隣で、アーチャは目を輝かせながら、先ほどの依頼でゴンが見せた一撃の威力や、筋肉の動きを熱心に書き留めていた。
ゴンはその騒がしさを、凪のような心境で眺めている。
かつて求めていた完全な「静寂」はここにはない。だが、騒乱と呼ぶにはあまりに温かく、停滞と呼ぶには二人の情熱が熱すぎる。
「師匠、次の依頼は討伐系です! 師匠の華麗な技をじっくり学ばせてもらいます!」
「ちょっとセドリック! ゴンの手首の調子を先に診なきゃいけないんだから、順番を守りなさいよ!」
言い争う二人の声が、街道の風に乗って遠ざかっていく。
ゴンは小さく息を吐き出すと、わずかに口元を緩め、彼らの背中を追いかけて歩き出した。かつての孤独な旅路よりも、この煩わしくも賑やかな歩調が、今は少しだけ心地いいように思えた。
セドリックはゴンの動きを一瞬も見逃すまいと必死に技を盗もうとし、アーチャはそんな二人の姿を幸せそうに眺めながら、道中の家事やゴンへの献身的なサポートを完璧にこなしていた。
足元の土が、二人の足捌きで砂煙を上げて舞う。
ゴンは一切の無駄を省いた動きで、セドリックの猛攻を紙一重でかわしていく。セドリックの背には、あの日以来修理を拒み続けている砕けた魔剣が揺れていた。彼は呼吸を乱しながらも、ゴンの懐へ強引に踏み込む。
「遅い」
ゴンの低い呟きと同時に、乾いた音が響く。
セドリックの剣筋を最小限の動作で弾き、空いた懐へゴンの掌が吸い込まれる。鈍い衝撃音と共に、セドリックの体に叩きつけられた。
「・・・ッ、ぐぅ・・・」
セドリックは咳き込みながらも、即座に立ち上がる。その瞳には痛みへの恐怖ではなく、今の「一撃」の感触を反芻するような異様な熱が宿っていた。
「今の・・・、今の掌底・・・。なぜ、あんな音が鳴るんだ。俺の剣が、まるで赤子のように弾かれた」
ゴンは組んだ腕を解かず、冷徹な視線をセドリックに投げた。
「お前の『力』は、己の傲慢さを乗せているだけだ。剣の重さで斬るのではなく、対象の『構造』を理解して砕く。……もう一度来い。今度は、その砕けた剣に『意志』を乗せてみろ」
夜の帳が下り、焚き火がパチパチと爆ぜる音だけが響く。ふと、セドリックが火を見つめたまま口を開いた。
「師匠。北の『忘却の岩山』にあるダンジョンをご存じですか。最近、階層の深さとは無関係に、規格外の魔獣――いわゆるイレギュラーが頻出するという噂で。手練れの冒険者たちでさえ避けている場所です」
ゴンは串に刺した肉を口から離すと、炎の向こうからセドリックを射抜くような鋭い瞳を向けた。その眼光に、火の粉が跳ねる。
「イレギュラー・・・規格外に強い、か」
ゴンの中で、長い旅路の間に凪いでいた「獣」の血が、低く唸りを上げた。
今の彼にとって、強さは単なる目的ではない。己の『刻覇流』を極限まで研ぎ澄ますための、不可欠な砥石だ。セドリックの言葉は、眠っていた闘争本能を容赦なく呼び覚ました。
「面白い」
ゴンは肉を放り出し、静かに立ち上がる。その背中から放たれる圧倒的な熱量に、空気が震えた。
翌日、三人は情報の収集のため、最寄りのギルドへと足を運んだ。
カウンターでダンジョンの詳細について交渉していた時だった。
傍らで、一人の少女が肩を落としているのが目に入った。ひどく質素な装備に身を包み、手には魔力測定のクリスタル。それが無情にもくすんだ色を呈している。
「・・・また、ダメだった」
消え入りそうな呟きを残し、少女は足早にその場を去った。 彼女が通り過ぎた後、カウンターの職員が露骨に鼻で笑う。
「ヒーラースキル持ちとはいえ、あの回復量じゃ話にならない。パーティーに入れても足手まといになるだけだ。一生、誰にも誘われることはないだろうよ」
その毒を含んだ言葉に、ゴンは背を向けた。
彼の瞳は、去りゆく少女の小さく心許ない背中を射抜いている。アーチャは眉間に深い皺を刻み、鋭い爪先で床を軽く叩いた。
「随分と安易な判断をするのね。強さやスキルの数値だけで、人間の価値を決めつけるなんて」
彼女の不快げな独り言に、ゴンは応えない。ただ、少女が消えた扉の先へと、静かに視線を固定していた。
「師匠、どうしますか?」
ゴンは無言で立ち上がり、ギルドの出口へ向かって少女のあとを追った。
彼女の持つ能力がどれほどのものか、あるいは彼女の中に何か「隠された強さ」が眠っているのか。
ゴンの勘が、その小さなヒーラーを放っておくべきではない
告げていた。
ゴンたちはギルドを出てすぐ、路地裏で肩を落として歩く少女の背中に追いついた。
「おい、待て」
セドリックの低く響く声に、少女はビクリと肩を震わせ、捨てられた子猫のように怯えきった表情で振り返った。
小柄な獣人、剣を背負った戦士の様な体格の男性、そして好奇心に満ちた女性。
この威圧感あふれる三人組に囲まれ、少女は今にも泣き出しそうな顔で身をすくめた。
「ひっ……ご、ごめんなさい! お金なんて、本当にもう何も……」
「違うわよ、怖がらないで!」
アーチャは慌てて少女との距離を詰めると、ゴンに抱きついてその柔らかな体毛に顔を埋めぐりぐり動かし始めた。
突然のことに驚き、きょとんとするゴンを尻目に、アーチャは「ね、この子とっても可愛いのよ。」と優しく声をかける。
アーチャに突然モフられ、困惑しつつもどこか穏やかな顔をしているゴンの姿に、少女の緊張は少しずつ解けていった。
三人は近くの広場のベンチに少女を誘い、腰を下ろした。
少女の見た目は、 少し癖のある、淡い銀色のショートヘア。 長すぎる前髪が少しだけ目元にかかっており、それが彼女の控えめな性格を強調している。瞳は透き通るような薄い紫色。
服装は魔法科学園の制服をベースにしているが、あちこちに補修の跡がある、また、実用性を重視してか革製のポーチをいくつも腰に巻きつけていたりと、苦労してきた彼女の境遇がうかがえる。
装備は、本人の身長と同じくらいの長さがある、不釣り合いに大きな杖を背負っている。その杖の先端には、魔力を増幅するための古い水晶が埋め込まれているが持ち主の魔力が低いためか、淡い光しか宿っていない。
「私の名前は、エル。魔法科学園の・・・落ちこぼれです」
エルと名乗った少女は、ぽつりぽつりと話し始めた。彼女は魔法の力を技術として応用する「魔法科学園」に通っていたが、生まれつき魔力が極端に少なく、周囲からはいつも嘲笑の的だったという。
「ヒーラーの魔法を唱えても、傷を癒すどころか、ただ光るだけなんです。だから、どのパーティーからも追い出されて……このままじゃ、ダンジョンに潜って実力を証明することもできません」
エルは膝の上で小さく拳を握りしめた。彼女の瞳には、落ちこぼれと呼ばれても諦めきれない、確かな「光」が灯っていた。




