パグと2人の道連れ
駐屯地での煩わしい手続きをようやく終え、ゴンは溜息を吐きながら正門を後にした。
彼の背後には、未だに駐屯地の塀からこちらを覗き込んでいる騎士たちの視線が、針のように突き刺さっている。
昨日までの態度は消え失せ、今はただ「畏怖」と「困惑」が入り混じった複雑な表情でゴンを見送る彼ら。
その視線の中には、昨日セドリックが呆気なく敗北した光景を脳裏に焼き付け、彼という存在をどう扱えばいいのか測りかねている、組織特有の迷いが渦巻いていた。
「さて、用事は済んだ」
ゴンは誰にともなく短く息を吐くと、迷いのない足取りで街道へ踏み出した。やっとこれで静かな旅に戻れる。そう安堵したのも束の間だった。
「はい! 行き先はどちらですか、師匠!」
期待に満ちた、聞き慣れた声が背後に響く。振り返れば、昨日の重傷が嘘のように、旅支度を完璧に整えたセドリックがそこにいた。
あえて修理もせず、無様に砕けたままの魔剣を背負ったその姿は、痛々しいというよりは、どこか異様な威容を放っている。
「お前、なぜここにいる」
「何を言っているんですか。弟子として、師匠の旅路を支えるのは当然でしょう?」
セドリックは、まるでそれが世界の理であるかのように当然の顔で言い切る。その満面の笑みには、昨日までの高慢さは微塵もない。ただ、ゴンの背中を盲目的に追いかける狂信的な光だけが宿っていた。
「師匠の背中は広い。その死角、この俺が命に代えても守り抜いてみせますよ!」
「私はあなたの体調管理の役目があるからね! ゴン、置いて行こうとしても無駄よ!」
いつの間に潜り込んだのか、アオイが当然のような顔でゴンの隣に並び、その腕をがっしりと組んで離さない。彼女の瞳には、ゴンをどこまでも追いかけ、観察し尽くそうとする好奇心がギラギラと燃えていた。
片や、狂信的な執着を見せる騎士。
片や、飽くなき探究心を剥き出しにする獣人愛好家。
両脇を濃すぎる個性に固められ、ゴンは天を仰いで大きく息を吐き出した。広大な空はどこまでも高く、どこまでも澄み渡っている。だが、彼が切望していた「静寂」は、今や彼の手から砂のようにこぼれ落ち、遥か彼方へと遠ざかっていた。
「やれやれ」
溜息ともつかぬ呟きは、二人の弾む足音にかき消される。ゴンは諦めたように肩を落とし、逃げ場のない街道へと一歩を踏み出した。その足取りは以前よりも確実に重く、そして騒がしい旅路の始まりを告げていた。
「体調管理、俺は獣人だぞ。そんなもの必要ない」
ゴンが呆れ混じりに言い返すと、アーチャは組んでいた腕をさらに強く引き寄せ、自信たっぷりに胸を張った。
「いいえ! ゴンだって怪我をする時はするわ。それに、栄養管理や休息のタイミングを見計らうのは旅の基本よ。・・・それに、何よりあなたの身の回りのお世話ができるなんて、最高の役目じゃない!」
アーチャの瞳がキラキラと好奇心で輝く。彼女にとって、ゴンに付き従うことは単なる同行ではなく、ゴンの生態を間近で観察し、保護・管理するという名の「極上の趣味」に他ならなかった。
さらに、その横でセドリックが「うん、うん」と力強く頷いている。
「さすがアーチャ殿、おっしゃる通りです。師匠の武術、そして体調・・その両方を支えるのが俺たちの使命。師匠、さあ、準備は万端です。行き先を仰ってください!」
砕けた魔剣を背負った元騎士と、ゴンの世話を焼きたくてたまらない獣人研究家の志願者。この凸凹な二人に挟まれ、ゴンは抗うことを諦めたように肩を落とした。
「・・・勝手にしろ」
ゴンはもう何も言わず、ただ力強く街道を歩き出した。その表情には苦渋が浮かんでいるものの、意外にも二人の足音を拒絶してはいなかった。
街道の両脇には、季節外れの野花が揺れている。
無言の師匠、熱狂的な弟子、そして献身的な世話焼き。王都の騎士たちが遠巻きに見守る中、三人の奇妙な旅路が本格的に幕を開けた。
一人で始まった旅も、いつの間にか三人に・・・
この先どうなることやら?




