パグと弟子入り志願
ゴンは錬成所から離れ、静かな庭園へと足を踏み入れた。
しかし、その安らぎは長くは続かなかった。
背後から弾丸のような勢いで駆け寄ってきた人影が、ゴンの背中にぴたりと張り付いたからだ。
「すごかった! 今の!見たよゴン! あの魔剣をあんな風に壊しちゃうなんて、信じられない!」
興奮で顔を紅潮させ、ゴンの腕に抱きついて離れないのは、先日から付きまとっているアーチャだった。
彼女の瞳は輝き、興奮のあまり言葉が滑らかに溢れ出している。
「おい、アーチャ。少し落ち着け。人目がある」
ゴンは困惑し、眉をひそめてアーチャを剥がそうとするが、彼女の力はゴンにとっても意外なほど強く、なかなか振り切れない。
周囲の騎士や召使いたちが、何事かとこちらを振り返る。
ゴンは無愛想な性格ゆえに、こうした熱烈な反応をどう扱えばいいのか全く分からず、ただ困り果てて空を仰いだ。
その時、廊下の角から重厚な足音が響き、一人の男が姿を現した。練兵場の様子を遠巻きに観察していた、王国騎士団長・ガルドスである。
彼はゴンの前に立つと、先ほどの騒ぎからは想像もつかないほど真摯な態度で、深く頭を下げた。
「ゴン殿。セドリックの暴走、そして我らが管理不足により、多大なるご迷惑をおかけしたことを詫びる」
騎士団長の謝罪に、アーチャが不服そうに「当たり前よ!」と声を上げるが、ゴンは小さくため息をついてガルドスの頭を上げるよう促した。
「セドリック個人の問題だ。俺は気にしていない」
翌朝、駐屯地の正門前で立ち尽くすゴンの姿があった。
視線の先で、全身を包帯に巻かれ、痛々しいほどにボロボロになったセドリックが膝を突いていた。
「ゴンさん……いや、師匠! どうか俺を、あなたの弟子にしてくれないか!」
セドリックの瞳からは、昨日まで宿っていた傲慢な光が完全に消え失せていた。その代わりにあったのは、純粋で、それゆえに狂気すら孕んだ「強さ」への渇望だ。
周囲の衛兵たちは、開いた口が塞がらない。昨日自分たちを徹底に叩きのめした張本人に、土下座に近い姿勢で教えを乞うている。
あまりの事態に思考が追いつかず、誰もが凍りついたように立ち尽くしていた。
「・・・は?」
誰かの口から、状況を理解しきれない困惑の吐息が漏れた。それは、その場にいた全員が抱いた共通の疑問(なんでこうなった?)という、沈黙の叫びだった。
ゴンは、昨日の死闘が夢幻であったのかと疑うような顔で、深々と溜息を吐いた。背後ではアーチャが信じられないものを見るような声を上げる。
「ちょっと、どういうこと!? 昨日あんなに完膚なきまでに叩き伏せられたのに、記憶でも混濁しちゃったの!?」
アーチャの鋭い指摘にも、セドリックは一切動じない。彼は深々と頭を下げ、地面に額を擦り付けた。
「俺は、自身が親や金に頼っただけのハリボテだったことを思い知らされた。師匠、あんたの掌底を受けた瞬間、俺の世界は一度終わった。その代わりに、何かが生まれた。あんたという男の生き様を俺はこの目に刻みたいんだ」
「お前、俺が何者なのかも知らないだろ。ただの獣人だぞ」
ゴンがそう言っても、セドリックは少しも顔を上げようとしない。
「そんなことは関係ない! あんたは昨日、俺の魔剣を砕いた! あの瞬間、俺の誇りも、慢心も、すべて砕け散ったんだ。
これからは、あんたの背中だけを追いかけて生きる。師匠、弟子入りを許してくれ!」
ゴンは頭痛を覚え、額を押さえた。
なぜか騎士を弟子として引き受けるハメになりそうな状況。
状況の理解が追いつかないゴンに対し、セドリックはさらに熱を帯びた声で「師匠!」と連呼する。
騒ぎは拡大の一途をたどり、朝の駐屯地前は異常な熱気に包まれていく。ゴンにとって、これは戦いよりも遥かに厄介な、終わりのない「日常」の幕開けだった




