パグと不良騎士
翌朝、練兵場の一角に漂うのは、清々しい朝日ではなく、鼻をつくような傲慢な貴族の香水と、若手騎士たちの品のない嘲笑だった。
「おいおい、団長も物好きだな。こんな鼻ぺちゃの雑種が『英雄』だと?」
そう言ってへらへらと笑うのは、王都でも悪名高い高位貴族のドラ息子たちで構成された一団だった。
練兵場の喧騒の中に、その異質さは際立っている。
本来ならば泥と汗にまみれ、己の技を磨く場所であるはずの練兵場に、彼らは場違いな煌めきを纏って現れた。
彼らは親の権勢を背景に、箔付けという名目で送り込まれた者たち――いわゆる騎士団の『お荷物』だ」
彼らの身に纏う武具は、実戦的な機能美とは縁遠い。
高純度の魔石をこれ見よがしに埋め込み、細工を凝らした装甲は、まるで自らの実力不足を隠蔽するための「見栄の殻」
実力を磨く努力を怠る代わりに、金で手に入れた「力」を振るうことだけが、彼らにとっての歪んだ優越感の源泉だった。
リーダー格は伯爵家の次男、セドリック。ゴンを模擬戦で完膚なきまでに叩きのめし、団長の見る目のなさを嘲笑い、自らの地位を誇示することを企んでいる。
「ハンデとして、その首輪を外してやってもいいぞ、パグ」
セドリックが模擬剣を突き出し、周囲の親衛隊たちが下卑た笑いを上げる。
そんな殺伐とした光景の裏で、アーチャは観覧席の最前列で目を輝かせていた。
「ああ・・・ゴン様の戦いぶりを、また見られるなんて! 皆さん、気をつけてね。ゴン様が本気を出したら、あなたたちの骨も残らないわよ」
ゴンは、騒ぎ立てる連中を一瞥し、軽く溜息をついた。
「模擬戦か。いいだろう。お前たちの、その『家柄』とやらが、実戦でも通用するのかどうか、俺が直々に教えてやる」
合図と同時に、セドリックの取り巻きたちが雪崩を打って襲いかかった。実戦さながらの殺気。だが、ゴンにとってそれは、緩慢な動作の連続に過ぎなかった。
パグの小さな足が砂を蹴り、残像を残して敵の懐に飛び込む。ゴンが掌底を放つたび、騎士たちは悲鳴を上げる間もなく空中に舞い、地面へと叩きつけられた。
「ああっ! 見てください! ゴン様のあのしなやかな足運び! 素晴らしいわ、あれこそが芸術!」
隣にいた同僚の肩を掴み激しく揺さぶる、アーチャの歓喜の声が練兵場に響く中、ついにセドリックが逆上して腰の『魔剣』を抜いた。紫色の魔力を帯びた刀身が、練兵場の空を焼く。
「やりすぎだ!誰か止めろ!!」
周りの声すら、もう耳に入らないようだ。
「この・・・化け物め! 貴族の威光を思い知らせてやる!」
練兵場の空気が凍りついた。
セドリックが魔剣を構え、その切っ先がゴンを捉えた瞬間だった。風が止んだ。いや、ゴンの加速が周囲の時間を置き去りにしたのだ。
ゴンが動いた。
目にも止まらぬ速さでセドリックの懐へ入り込み、魔剣の腹に『刻覇流』の拳撃を叩き込んだ。
――パリン、と。
まるで繊細なガラス細工が壊れるかのような乾いた音が、静まり返った練兵場に響き渡る。
名匠が鍛え上げたはずの魔剣が、ゴンの拳一つで無数の破片へと霧散した。
セドリックの瞳に、初めて「死」への恐怖が宿る。
しかし、ゴンに容赦という概念はなかった。
「刹那・無銘」
その言葉は、まるで葬送の旋律のように低く、冷徹に響いた。
次の瞬間、セドリックの視界が反転する。
胸板に正確に突き刺さった掌底は、煌びやかな防具を紙のように貫通し、彼を砲弾のごとく壁まで吹き飛ばした。轟音と共に石壁が砕け、舞い上がる土埃の中でセドリックはそのまま崩れ落ちた。
獣人という種族のレッテルは、今この瞬間、完全に過去のものとなった。
静寂の中で、ゴンは自らの拳を軽く握りしめる。指の間から、わずかに魔剣の破片が砂となって零れ落ちた。
「魔導工学院の玩具か・・・だが持ち主に、その『理』を解する知性がないなら、ただの鉄屑だ」
練兵場には、砕け散った魔剣の残骸と、うめき声を上げるセドリック達の姿だけが残された。
ゴンの強さは、もはや「獣人」といった枠を超え、圧倒的な武力を刻みつけた。
傲慢な騎士であるセドリックに、敗北という名の教訓を刻みつけたのです。




