表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/36

第33話 最後の帰路 - 出会い

山奥の小さな木造小屋。


家具は整然と並べられ、床には埃一つ落ちていない。


居住空間というより――


丁寧に管理された「檻」と呼ぶ方が近かった。


「ジジイ、もう一度だけ聞く」


金髪の男はベッド脇に腰掛け、露骨に苛立った声を出した。


「“裏世界の支配権”の在処を自分で話すか――」


わずかに身を乗り出し、視線を冷やす。


「それとも、俺が直接お前の記憶を読むか」


ベッドの上の老人は、異様なほど痩せ細っていた。


それでも口元には、意味深な笑みが浮かんでいる。


「その台詞……何度目だ?」


掠れた声。


だが、そこには確かな嘲りが混じっていた。


「お前にはできない」


金髪の男の目が細くなる。


「燼。俺たちが何も知らないと思うな」


「お前はもう、とっくに裏世界の管理権を失ってる」


声音がさらに冷たくなる。


「今のお前は――寿命を待つだけの老人だ」


「自由すらない。俺たちに監視されることしかできない。」


「……ふん」


老人は鼻で笑った。


次の瞬間。


彼はゆっくりと口を開く。


一つ。


二つ。


三つ――


周囲に配置された狙撃地点を、正確に言い当て始めた。


金髪の男の表情がわずかに変わる。


反応するより早く。


老人が突然、前へ倒れ込むように身を揺らした。


その瞬間、本能が理性を上回る。


男は反射的に後ろへ飛び退いた。


だが。


足元が空を切る。


椅子ごとバランスを崩し、そのまま床へ倒れ込んだ。


「はは……」


老人が低く笑う。


「その程度か」


「お前たちの“自信”というのは」


それだけ言うと、再び沈黙した。


風化した石像のように。


微動だにしない。


その姿だけが、時間から切り離されているようだった。



ジジッ――


金髪の男の通信端末が震える。


彼は眉を寄せながら通話を繋ぎ、老人の前で隠しもせず口を開いた。


「溯、そっちはどうだ」


『後でこっち来いよ。記録読解を手伝ってほしい』


向こうの声はどこか気楽だった。


「……チッ」


男は不快そうに舌打ちする。


「何回言わせる。機密通信は暗号化データで送れって」


「その悪癖、まだ直ってねぇのか」


相手は軽く笑った。


『安心しろって。こんな小国、仮に聞かれても何もできねぇよ』


『それに今回は、燼の監視自体が上層部直轄だ』


『現地政府も黙って従うしかない』


金髪の男は答えなかった。


すると相手の声色が、少しだけ愉快そうに変わる。


『ああ、そうだ』


『今回、別件の調査任務も回ってきてな』


『ターゲット、誰だと思う?』


「勿体ぶるな」


短く返す。


そして。


『――燼に育てられた孫娘だ』


空気が、一瞬止まった。


「……分かった」


金髪の男――溯の声が少し低くなる。


「後でそっち行く」


通信はそこで切れた。



溯は再びいつもの落ち着きを取り戻し、老人へ視線を向ける。


「今の、聞こえてただろ」


新しく送られてきたファイルを片手で開く。


指先で資料をめくりながらも、視線は老人の顔から離れない。


ほんの僅かな変化も見逃さないように。


老人はゆっくりと資料へ目を落とした。


そこに映っていたのは――


第七層の調査対象として登録された少女。


夏玖微。


老人はまず、わずかに目を細めた。


どこか不思議そうに。


そして次の瞬間、笑った。


「まさか……」


低く枯れた声。


「その子を使えば、私を揺さぶれるとでも思ったか?」


すべてを見透かしたような表情だった。


溯は心の中で小さく息を吐く。


――やはり、違ったか。


そもそも、最初から脅迫するつもりなどなかった。


だが相手が勝手に勘違いし、自信満々に読み違えている様子に。


溯は奇妙な違和感を覚える。


もしかすると――


それが、この老人にとって数少ない“誤算”なのかもしれない。


彼は静かに視線を外し、再び無表情へ戻った。


しかし。


気づいていなかった。


老人が写真を見た、その瞬間だけ。


あの濁り切っていた瞳が――


ほんの一瞬、鋭く澄み渡っていたことに。



さらに十五分ほど山道を走り。

二人はようやく、山奥の小さな木造小屋へ辿り着いた。


周囲は異様なほど静まり返っている。


鳥の鳴き声すら聞こえない。


陸念安は車を裏世界へ収納した。


二人は言葉を交わさないまま、脇の石階段へ向かう。


自然と足が速くなる。


やがて最後の短い坂道を登り切った。


夏玖微は時間を確認する。


相手の移動速度から逆算して――


残された時間は、あと数十分。


まだ間に合う。


彼女はポケットから鍵を取り出し、鍵穴へ差し込んだ。


二人は短く視線を交わす。


余計な言葉はない。


同時にドアノブへ手をかける。


――押し開けた。


ギィ……


乾いた軋み音が響く。


静寂が深すぎるせいで、その音は異様なほど耳についた。


二人の身体が一瞬だけ硬直する。


背筋を冷たいものが這った。


次の瞬間、ようやく我に返った。


わずかに緊張が解けた。


二人は扉を閉め直し、鍵を元通りにかける。


まるで先ほどの出来事など、最初から起きていなかったかのように。



室内の配置は、ほとんど変わっていなかった。


単調で、整然としている。


食卓。


本棚。


戸棚。


それ以外に目立つ家具はほとんどない。


壁には数枚の写真だけが飾られていた。


――夏玖微と祖父の写真。


まるで時間だけが、過去に取り残されているようだった。


廊下の奥から、淡い白い光が漏れている。


どこかの部屋から滲み出しているように。


夏玖微の足が、一瞬だけ止まる。


だが彼女は、そのまま前へ進んだ。


見慣れた扉へ手をかける。


ゆっくり押し開けた瞬間――


光が溢れ出した。


最初に目へ入ったのは、金髪の外国人男性。


長い髪を垂らし、落ち着き払った表情をしている。


その服装は明らかにこの土地のものではなかった。


胸元には、“七”の刻印が入ったペンダント。


そして。


夏玖微の視線は、ベッドへ落ちた。


その瞬間。


呼吸が止まる。


ベッドに横たわる老人は、あまりにも弱々しかった。


一年前とは、別人のようだった。


いつも背筋を伸ばし、軽やかに動いていた祖父。


その姿はもうどこにもない。


今そこにあるのは――


燃え尽きかけた枯木のような身体だけだった。


いつ消えてもおかしくないほどに。


夏玖微は何も言わない。


ゆっくり、一歩ずつ近づいていく。


瞳には隠しきれない動揺。


彼女はそっと手を伸ばし――


老人の手へ触れた。


冷たい。


脆い。


その指先が触れた瞬間――


世界が、音もなく歪んだ。


次の瞬間。


夏玖微。


陸念安。


そしてベッドの上の老人。


三人の姿が同時に消える。


一方で。


椅子に座っていた金髪の男だけは、変わらぬ姿勢のままだった。


落ち着いた表情。


何一つ気づいていない。


まるで今起きた出来事そのものが――


最初から存在しなかったかのように。

【作者からのお願い】


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


「続きが気になる!」と思ってくださったら、下にある【ブックマークに追加】と、【評価の☆☆☆☆☆】をポチッと押していただけると、執筆の大きな励みになります!


皆さんの応援が、物語を動かす力になります。よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ