第28話 大学生の冒険-裏世界探検~恋愛脳でも裏世界に突入できる(たぶん)~
「本当にここから出てきて大丈夫なの?」
陸念安は、わずかに疑念を含んだ声で言った。
「だから大丈夫だってば。」
夏玖微は気軽に返し、コートのポケットから懐中時計を取り出す。
黒い外殼は冷たい光を帯びていて、その質感は陸念安の左手の指輪とほとんど同じだった。
彼女は懐中時計の側面のボタンを押す。
カチ——
澄んだ機械音とともに、内側の針がゆっくりと動き始めた。
「裏世界の時間は、ちゃんと私が決めるの。」
彼女は少し顎を上げ、得意げな口調で言う。
「私の言う通りに動くんだから。」
そして陸念安を見る。
明らかに「褒めて」と言いたげな視線だった。
「よしよし、えらいえらい。」
陸念安は笑いながら、軽く頭を撫でる。まるで子供をあやすみたいに。
「……」
夏玖微は呆れたように目を細めた。
「もういいから、早く記者会見行きなよ。」
そう言いながら、半ば押すように陸念安をエレベーターへと押し込んだ。
◇
しばらくして、二人は記者会見会場のバックヤードに到着した。
外は人の声で溢れ、混雑している。
しかし奇妙なことに、誰も陸念安がいつそこに現れたのかに気づいていなかった。
「そろそろ上に出るんだよね?」
夏玖微の声が少しだけ低くなる。少しだけ緊張が混じっていた。
「うん。」
陸念安は頷く。
「外の雰囲気、ちょっと危ないけど……怖くないの?」
陸念安はただ静かに首を振った。
夏玖微はそれを見て、小さくため息をつく。
「まあ、そう言うと思ってた。」
彼女は陸念安の左手を握った。
「一緒に行く。」
「大丈夫。私、見えないから。」
二人は舞台へと上がる。
陸念安がステージに足を踏み入れた瞬間——
会場中の視線が一斉に彼女へ集まった。
彼女は演壇に立ち、冷静で落ち着いた表情のまま口を開く。
「本日、皆様に当日の出来事についてご説明いたします。」
はっきりとした声。
「まず第一に、私はこの婚約について事前に一切知らされていませんでした。」
「そして一人の人間として、自分の人生を選択する権利があります。婚約を拒否したことに、誤りはないと考えています。」
一瞬、間を置く。
「次に、私が投資している陸氏グループについてですが——」
「父の経営判断は、会社に明確な悪影響を及ぼしていると判断しています。」
彼女の語りは終始冷静で、論理的に見えた。
説明も、記者の質問への対応も、ほとんど隙がなかった。
こういった場面には慣れているようだった。
いつも通り、完璧にこなしていく。
それでも——
スポットライトの下で一人立つ孤独だけは、消えないままだった。
しかし今回は違った。
左手に確かに伝わる温もりがある。
彼女はほんのわずかに指を強く握り返した。
理解していた。
今回は、一人じゃない。
◇
三人の男子は、遠くの廃墟へ向かってゆっくりと歩いていた。
「なあ、なんかここってあんまり疲れない気がしない?」
そのうちの一人が、少し不思議そうに言う。
「ほんとだ。」
「俺、普段ちょっと歩いただけで腹減るのに、今は平気だな。」
彼は時間を確認した。
「……もう何時間か経ってるよな?」
少し間を置く。
「おかしくない? 時間飛んでない?」
他の二人も画面をちらっと見る。
「スマホの不具合じゃね?」
「ここ電波も変だし。」
三人は深く気にしなかった。
しばらくして。
「なあ……月月たち、待たせすぎじゃない?」
二人は顔を見合わせ、呆れたような表情をした。
「まず、ちょっと恋愛脳すぎない?」
一人が思わず突っ込む。
「今どこにいるかも分かんねえのに、彼女の心配してる場合か?」
「まず自分たちのこと考えろよ。」
もう一人も続ける。
「帰り方すら分かんないのに、助けに行くとか無理だろ。」
言われた男は少し気まずそうに黙り込んだ。
三人はしばらく沈黙したまま歩き続けた。
どれくらい歩いただろうか。
「……結構歩いてない?」
誰かが足を止める。
「そうかもな。」
彼らは遠くの廃墟を見上げた。
距離はほとんど変わっていないように見える。
「方向間違えた?」
「いや、道は一本だろ。」
「じゃあ、この世界が広いだけか?」
軽く話し合ったが、結論は出なかった。
再び歩き始める。
さらにしばらくして。
空気が少しずつ霞み始めた。
最初は気のせいかと思うほどだったが、徐々に視界がぼやけていく。
「……霧?」
「さっきあったか?」
「知らん。天気変わっただけじゃね?」
三人は歩く速度を少し落とした。
次の瞬間。
霧というより、距離感そのものが曖昧になっていく。
「おい、お前らいる?」
「いるって。」
「横にいるよ。」
声がどこか遠い。
空気の層を一枚挟んだようだった。
彼らは少しずつ近づこうとしたが、異常には気づかない。
さらに時間が経つ。
急に周囲が静かになる。
「……お前らいる?」
返事はない。
いわゆる“恋愛脳”の男が手を伸ばす。
何も触れない。
「……え?」
霧がさらに濃くなる。
視界はほぼ消えかけていた。
彼はその場に立ち止まったまま動かない。
霧はどんどん厚くなる。
声は遠ざかっていく。
まるで引き離されるように。
呼びかけても、返事は弱くなるだけだった。
やがて完全な静寂。
三人はとりあえずその場で止まることにした。
◇
どれくらい経ったのか分からない。
彼は感覚だけで座り込んでいた。
時間の感覚が曖昧になる。
「……ちょっと長くないか?」
しかし答えはない。
ただ霧が晴れるのを待つしかなかった。
ぼんやりとした視界の中、前方に二つの人影が現れる。
白髪の少女と、黒髪の少女。
どこか見覚えがあるような気もした。
「……誰だ?」
白髪の少女は彼を一瞥する。
「私?少女J。」
「帰りたい?」
「今なら送ってあげる。」
男は一瞬固まり、すぐに焦ったように言った。
「じゃあ……友達は?」
「他の二人の男?」
少女は淡々と答える。
「もう戻してあるよ。」
彼はほっと息をついたが、すぐに続ける。
「じゃあ……残りの三人の女の子は?」
「まだ送ってない。」
男は一瞬言葉を失う。
それでも勇気を振り絞るように言った。
「じゃあ……一緒に戻って探せない?」
その瞬間、隣の黒髪の少女が眉をひそめる。
「指示する立場?」
男は慌てて手を振った。
「ち、違う!そういう意味じゃなくて……!」
言葉がまとまらない。
白髪の少女は彼を見たまま、少しだけ興味を持ったように言った。
「別にいいよ。」
「先に戻って。」
「あとで、私が行く。」
その言い方はあまりにも軽かった。
まるで大したことでもないように。
――そして彼女は、ほんの少しだけ興味を抱いていた。
この男が望んでいる“結果”が、本当にあるのか、確かめてみたかった。
白髪の少女は軽く手を振る。
残っていた黒い霧が完全に消えた。
「帰っていいよ。」
その言葉と同時に——
二人の姿は消えた。
男はその場に立ち尽くす。
数秒後、ようやく現実に戻る。
周囲を見渡す。
そこは、さっきまで歩いていた廃墟だった。
彼は振り返る。
遠くに見える建物。
胸の奥に強い衝動が生まれる。
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