第19話 君のために存在する-結婚
山田の話を聞き終えた後、夏玖微は落ち着いた口調で言った。
「あなたの願いを一つ、叶えてあげる。」
「でも……」思いがけず恩恵を得た山田は、かえって不安そうな表情を浮かべる。
「でもじゃないって。チャンスなんだから、ちゃんと掴みなよ。」
陸念安は彼のやや怯えた様子を見て、淡々と言った。
「じゃあ……お金が欲しいです。」
「お金ね。それは彼女に聞いて。」
夏玖微は首を傾げ、ぽいっと彼女に振る。
「二千万円あげる。」
陸念安はまるで些細なことのように、平然と口にした。
「それはちょっと……多すぎるのでは……」
「少なかった?」
彼女はわずかに眉を上げる。
「じゃあ三千万円でどう?さすがにこれ以上は言わないよね?」
山田は完全に固まり、思考が一瞬止まったようだった。
「い、いえ!三千万円は本当に多すぎます……!」
「三千万円って言ったら三千万円よ。連絡先を残して。後は助手が処理するから。」
夏玖微は少し面倒そうに手を振る。
山田は半ば呆然としたまま情報を伝え、やがて現実へと送り返された。
◇
東京のとある部屋。
白石小透はその場に立ち尽くし、ほとんど変化のない室内を見つめていた。
胸の奥で、不安がじわじわと広がっていく。
時間は、山田が普段買い出しに出る時間の三倍をすでに過ぎていた。
あの、存在感が薄く、今にも消えてしまいそうな人――
いざいなくなると、逆に強く意識される。
それが、彼がいる日々がどれほど安定していたかを、よりはっきりと実感させた。
壁の時計が、コチコチと音を刻む。
配信の時間が近づき、彼女は感情を押し殺して、無理やり配信を開始した。
「こんばんは、透羽です。」
「それじゃあ……今日の配信、始めます。」
こんなにも辛い配信は初めてだった
ずっと一人でいるよりも、
一度手に入れてから失う方が、はるかに耐えがたい。
時間が引き伸ばされたように感じられ、
一秒一秒が重くのしかかる。
この半年、確かに少しずつ良くなっていたはずなのに――
この瞬間、すべてが空っぽになったようだった。
(きっと何かあっただけ。すぐ戻ってくる。)
(もしかしたら……サプライズの準備かも。)
そう自分に言い聞かせる。
だが、抑え込むほどに思考は乱れていく。
数時間後、配信を終えても――
部屋には、誰もいなかった。
「……そこにいるの?」
震えるような小さな声。
「……戻ってくるよね?」
ついに声が崩れ、彼女は小さく泣き出した。
この半年、確かに今までにない安心を感じていた。
それでも同時に、ずっと不安もあった。
彼の存在は、あまりにも不確かだった。
もしかすると――山田は、自分の幻想だったのではないか。
もし彼が消えたら、それはつまり――
最初から、誰にも必要とされていなかったということなのではないか。
そして今、その最も恐れていた可能性が、現実になりかけていた。
◇
一方その頃。
山田は裏世界に戻ると、すぐに資産の受け取り手続きを済ませた。
その後、指輪と、大きな赤いバラの花束を買った。
抑えきれない高揚を胸に、彼は現実へ戻る。
今度こそ、もう無視されることはない。
――彼女に、ちゃんとプロポーズするんだ。
扉を開ける。
部屋は暗く、かすかな泣き声だけが響いていた。
「……どうした?」
声を頼りに進む。
そこにいたのは、涙でぐしゃぐしゃになった白石小透だった。
「小透……どうしたんだ?」
彼女は彼を見る。
バラの花束を。
そして――確かにそこにいる、彼の姿を。
一瞬で感情が溢れ出す。
泣くべきか、笑うべきか――もう分からない。
「あ……」
思考を放棄したように、彼女はそのまま彼に飛びついた。
「どれだけ待ったと思ってるの……!」
「……本当に、急にいなくなるんじゃないかって、怖かった……!」
泣きながら、何度も拳で彼を叩く。
山田は苦笑しながら、それを受け止めるしかなかった。
長い時間のあと、ようやく彼女は落ち着く。
山田は深く息を吸い、片膝をついた。
指輪を取り出す。
「小透。俺と結婚してくれないか?」
その夜。
東京の役所の前に――
また一組、新しい夫婦が誕生した。
◇
窓の外では雪が舞っている。
小さな洋館の中で、陸念安は収録したばかりの物語を、静かに窓辺の本棚へと収めた。
「相変わらず、物語を集めるのが好きだね。」
夏玖微は彼女を見ながら、思わずため息をつく。
「今回の話も、なかなか面白いと思わない?」
彼女は本棚を整えながら、軽く答えた。
「……確かに。」
夏玖微は一瞬ぼんやりとし、少ししてから意識を戻す。
「ねえ、安ちゃん。人が一生で目指すものって、何だと思う?」
その声には、珍しくわずかな物寂しさが混じっていた。
陸念安は首を傾げて彼女を見て、気楽な口調で言う。
「どうしたの、その顔。人生なんてまだ長いんだから、いずれ見つかるでしょ。」
「じゃあ、あなたは?」
夏玖微はじっと見つめる。
「自分の意味、見つけたの?」
陸念安は小さく頷いた。
「うん、見つけたよ。」
「じゃあ教えて。」
「だめ。秘密。」
彼女は少しからかうように笑う。
「……じゃあ、そのうち絶対教えてね。」
二人はしばらく見つめ合う。
短い沈黙のあと——
夏玖微の気配が、ふっと抜けたように弱まった。
「お腹空いた?帰ってご飯作ってあげる。」
彼女は視線を逸らしながら言う。
「いいね。」
陸念安は自然に応じた。
二人は顔を見合わせて笑う。
その笑みは淡く、静かで——それ以上、言葉は続かなかった。
やがて二人は、現実世界の小さなアパートへと戻った。
◇
食卓には出来たての料理と飲み物が並び、まだ湯気がほのかに立ち上っている。
陸念安と夏玖微は並んで座り、窓の外の夜景を眺めていた。
街の灯りは静かに流れ、まるで遠くの止まらない星の川のよう。
その中で、彼女たちは珍しく足を止めている。
この静けさの中では、時間さえ柔らかく感じられた。
「実はね、人生の目標って、そんなに大げさじゃなくてもいいと思う。」
陸念安は隣の彼女に視線を向け、静かに言う。
「こういう時間が……それだけで十分かもしれない。」
夏玖微はすぐには答えなかった。
窓の外を見つめるその視線は、ガラスに映る二人の重なった姿を捉えていた。
「……そうだね。」
彼女は小さく応じる。その声は珍しく柔らかい。
「ずっと、こんなふうにいられたらいいのに。」
その言葉は軽く発せられたが、決して軽い意味ではなかった。
夕食を終えると、夜はさらに深まった。
部屋の中は静まり返り、かすかな呼吸音だけが残る。
夏玖微はベッドに横になっても、なかなか眠れなかった。
頭の中で、さっきの陸念安の言葉が何度も繰り返される。
——「これで十分かもしれない」というあの言い方が、妙に引っかかっていた。
彼女は寝返りを打つ。
隣では陸念安がすでに目を閉じ、穏やかな呼吸をしている。
無防備なその姿。
窓から差し込む月明かりが、彼女の横顔を静かに照らし、柔らかく浮かび上がらせていた。
夏玖微はその姿を見つめる。
すると、さっきまでのまとまらない思考が、ふっと薄れていく。
悩みなんて、たいしたことじゃないように思えてきた。
彼女は静かに息を吐き、視線を逸らす——
それでも、もう一度だけ、見てしまう。
そして最後には、取るに足らない思考をすべて手放した。
残ったのは、この瞬間の安らぎと——
隣にいる、この人だけ。
やがて彼女は、ゆっくりと目を閉じた。
【作者より、大切なお願い】
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
勝手なお願いかもしれませんが、作者から小さなお願いがあります。もしこの作品を少しでも「面白い」と思ってくださったら、ブックマーク登録と評価(☆☆☆☆☆)をお願いできませんか?
実は私は学生で、この物語を書くことは一つの大きな「夢」の実現でもあります。忙しい学業の合間に毎日更新を続けるのは、時に大きな根気が必要ですが、皆様の応援が私の背中を押してくれる最大の力になります。どうか、執筆を続ける勇気を分けてください。
物語のボリュームについてはご安心ください!今後の展開はすべて設定済みです。地球編だけでも三巻分、その先には異世界編も待っています。
夏玖微たちの物語を最後まで描き切れるよう、温かい応援をよろしくお願いします!




