第20話 探検~少女Jはいつから都市伝説になったのか?~
朝の陽ざしがカーテンの隙間から差し込み、ベッドの上の二人を照らしていた。
夏玖微はスマホをちらりと確認する。画面には七時と表示されている。
軽く伸びをして、寝返りを打ち、そのまま起きて学校へ行こうとした。
そのとき、背後から腕が伸びてきて、彼女を抱き寄せる。
「もうちょっと寝ようよ……」
半分眠ったような声が、耳元で囁いた。
……まあいいか、あと十分だけ。
再び目を覚ました夏玖微は、反射的に時間を確認する。
——もうすぐ八時。
彼女は勢いよくベッドの上で起き上がり、口を少し開けたまま固まった。
そしてゆっくりと首を回し、隣にいる“遅刻の元凶”——陸念安を見る。
当の本人は、すやすやと気持ちよさそうに眠っている。
見れば見るほど、腹が立つ。
次の瞬間、夏玖微は両手で彼女の肩をつかみ、前後に激しく揺さぶった。
「陸念安!自分が何したかわかってる!?」
「ん……?」
揺さぶられて目を覚ました陸念安は、眠たげな目でぼんやりと首を傾げる。
「ほら見て!もう八時!これ全部あんたのせいだからね!」
「私、何かした?」彼女はさらに困惑する。
「勝手に腕回してきて、“もうちょっと寝よう”とか言ったでしょ!」
陸念安は一瞬きょとんとしてから、朝のことを思い出し、少し気まずそうに頭をかいた。
「あー……ごめんごめん」
「はあ?通学時間ぜんぶあんたと寝てたんだけど、どうしてくれるの?」
「裏世界で瞬間移動すればいいじゃん。学校にアンカー置いてるでしょ?」
「何言ってるの!?慣れてる場所で瞬間移動したら、違和感でバレるかもしれないでしょ……」
「でも昨日、新しい能力手に入れたばっかじゃん。それ、三千万円も払って手に入れたんだよ?ちゃんと使わないと。」
「その三千万だって、あなたが勝手に払ったんでしょ……もういい。」
夏玖微はため息をついてから、ふっと笑い、白い歯を見せた。
「ありがと。」
彼女はベッドから飛び起き、そのまま更衣室へと駆け込む。
パジャマを素早く脱ぎ替えながら——
「安安、先に行くね!」
ドアの隙間から顔をのぞかせ、すっかり目の覚めた陸念安を見る。
「今日は朝ごはん作らないから、自分で裏世界から取ってね。洋館にまだ食べ物あったはず。」
「じゃあね!」
返事をする間もなく、その小さな顔はすぐに引っ込んでしまった。
「ほんと、そういうの好きだよね」
陸念安は小さくため息をついた。
◇
次の瞬間、夏玖微はすでに人で賑わう廊下に立っていた。
周囲の大学生たちは相変わらずそれぞれ忙しそうにしており、まるで彼女の存在に気づいていない。
この効果には、彼女もかなり満足していた。
微積分の教室へ足早に向かいながら、少しずつ自分の「存在感」を上げていく。
心理学部に入ってから、この学科って「人類分析学」にでも名前変えたほうがいいんじゃないかって思うようになった。
授業のほとんどは統計ばっかりで、「人の心が読める」とか「相手の予測をさらに予測する」とか、そういうのとはほぼ関係ない。
とはいえ、せっかく入ったのだから、いい成績を取って学位くらいは手に入れるつもりだ。
こうして彼女は、毎日きちんと出席はするが、ほとんど授業を聞かないという生活を送るようになった。
頭の中にはもう二十個分くらいの学位の知識が入ってるし、試験など楽勝だからだ。
その一方で、現実の生活もちゃんと体験しておきたいとも思っていた。
でないと、裏世界にばかりいて、現実と乖離してしまいそうだった。
彼女は、積の微分法則を説明している教授の方を見る。
その瞬間、わずかに目を見開いた。
瞳が紫に変わって以来、彼女には人にまとわりつく「怨気」が見えるようになっていた。
そして今回、教授の背後には、また一本太い黒い線が増えていた。
周囲を見渡すと、多くの人には細い灰色の線がついているだけ——
日常のちょっとした摩擦で、すぐ消える程度のものだろう。
彼女は自分の方にも視線を落とす。
……善いことをしても、灰白色の怨念がつくのか。
だがそれらの多くは、加害者側の理不尽な怒りであり、やはりすぐ消えるものだった。
しばらくすると、退屈になり、ポケットからスマホを取り出す。
玖ちゃん:今何してる?(好奇心.jpg)
安ちゃん:ん?また授業聞いてないの?
玖ちゃん:言ったでしょ、大学は勉強じゃなくて生活体験のため~
安ちゃん:はいはい、生活体験と友達作りね。で、友達できた?
玖ちゃん:できてない(ため息.jpg)
安ちゃん:……
玖ちゃん:ちょっと!バカにしてるでしょ!!!
安ちゃん:してないって。私だって君以外友達いないし、同じようなもんでしょ。
玖ちゃん:へへ。
……
安ちゃん:そうだ、今日は早く帰ってきて。父さんの誕生日会に付き合って。
玖ちゃん:了解。
「夏玖微、今日の夜、探検行かない?」
チャットを終えて次の授業へ向かおうとしたとき、同じクラスの女子二人が声をかけてきた。
「ん?」
「いろんな都市伝説を検証する予定なの!しかも他学部のイケメンも来るんだよ!これ絶対チャンスだって!一緒にどう?」
夏玖微は少し首をかしげる。
「本当に都市伝説だったら、怖くないの?」
「そういう危険でドキドキする感じがいいの!イケメンに寄りかかれるチャンスじゃん!」
「それに、そんな低確率でも本当になるなら、最近話題の『少女J』だって絶対本物だよ!」
「……少女J?」
彼女は一瞬固まる。
まさかこの半年で、そこまで有名になっているとは。
「知らないの?白髪の少女で、人助けして悪を懲らしめるの!もし本当に危なくなったら、きっと助けに来てくれるよ!」
女子たちは自信満々に語る。
だが、夏玖微の眉はゆっくりと寄っていった。
「それに、あなたの髪も——」
言いかけて、相手はふと止まる。
……今、何を言おうとしていたんだっけ?
目の前の夏玖微は、特に変わったところはないように見える。
「ごめん、今日は予定があるから無理。」
彼女は丁寧に断り、そのまま立ち去った。
◇
その後の授業中も、どこか集中できなかった。
言葉にできない感情が、胸の奥で揺れている。
彼女は多くの人を助けてきた。
でも——なぜ助けるのか?
最初は、裏世界に飲み込まれないためだった。
怨念は精神を蝕む。
だが今の彼女は、それを受け止められるほど強い。
それでも続ける理由は……?
◇
午後。
大学のH棟から出てきた夏玖微の前に、黒い車が停まっていた。
陸念安の車だ。
「早く乗って。今日はドレス選びもあるんだから。」
夏玖微は慣れた様子で助手席のドアを開け、軽やかに乗り込む。
「え、ドレス着るの?やだな~、ああいう動きづらい服、一番嫌いなんだけど。」
「もう仕立ててあるよ。動きやすいけど、ちゃんと上品なデザイン。好きなの選べばいい。」
「え、そんなに!?」
「うん。」
「ていうかさ、親との関係あんまり良くないんじゃなかったの?なんで誕生日会なんて行くの?」
「仕方ないでしょ。」
彼女は淡々と答える。
「私みたいな立場の人間は、体面も大事なの。やるべきことはちゃんとやらないと。」
「大丈夫だって、パーティーでは私が守ってあげるよ、へへ!」
隣で得意げに笑う夏玖微。
そのちょっと抜けたような笑い方を見ていると、胸の中の重さも、いつの間にか少し軽くなっていた。
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