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第16話 秋葉原デート-耳かき店~ほんのひとときの休息なのに、目を覚ましたくなくなるほどのぬくもり~

午前の充実した時間とは対照的に、秋葉原のアニメ街は比較的ゆったりとした空気が流れていた。


人の流れはあるが、どこか急ぎ足の気配はない。


「ねえ、お互いに相手に合いそうなアニメキャラを選んで、それを買ってプレゼントし合わない?」


夏玖微は歩きながら、何気なく提案した。


「そして、どっちがより正確か勝負。」


“正確”が何を意味するのかは言わなかったが、その声には自信があった。


「いいよ。」


陸念安は頷き、目元に淡い笑みを浮かべる。


「でも選んでる間は、覗いちゃダメ。」


「もちろん。」


それから二人は自然に別れた。


しかし完全には離れず、同じ通路を何度も行き来する。


それぞれ行動しているようで、実際は互いの周りを回っているようだった。



「何見てるの?」


陸念安が後ろから近づく。


夏玖微は本棚の前で漫画を読んでいた。


「な、何でもない。」


振り向いた瞬間、慌てて本を閉じて棚に戻す。


動作が少し不自然に速い。


ついでに軽く相手を押し出した。


「見ちゃダメ!」


陸念安は押し出されても追及しない。


ただ一度だけ振り返る。


表紙には、二人の女の子が近く寄り添っている絵。


一瞬だけ視線を止める。


そして何事もなかったように離れた。



「OK——ついにプレゼント交換の時間だ!」


夕方、二人は再び合流した。


夏玖微は袋を抱え、朝からの疲れを感じさせないほど元気だった。


「はいはい、私から!」


陸念安が差し出したのは、小さな短髪少女のQ版キーホルダーだった。


パッケージにはキャラ名——「八百歳比名子」。


「その名前、変すぎない?」


夏玖微は笑ったが、自然にそれをジャケットのファスナーに付けた。


「まあいいや。八百歳くらいは余裕で生きるし。」


キーホルダーを揺らす。


「ちょうどいい。」


「……うん。」


陸念安はそこを見つめ、ほんの少しだけ頷いた。


視線が一瞬だけ長く留まる。



「じゃあ次は私ね。」


夏玖微が袋を差し出す。


「これ、黒髪ロングでしょ。絶対あなたっぽい。」


取り出したのはQ版のキーホルダーだった。


「名前も普通、近江汐莉。」


少し得意げな声。


陸念安は受け取り、すぐには言葉を出さなかった。


ただ一度見てから、自然にバッグへ付ける。


まるで最初からそこにあるべきだったかのように。



「じゃあ勝負はどっちの勝ち?」


「簡単でしょ。」


夏玖微は意地悪そうに笑う。


「作品の有名度で決めよう。」


「……それ基準おかしくない?」


そう言いながらも陸念安はスマホを取り出して検索する。


そして、動きが止まった。


表情が少しだけ変わる。


「どうしたの?」


「……同じ作品。」


「え?」


夏玖微は一瞬固まり、すぐ笑った。


「じゃあ引き分けね。」


手を軽く振る。


「平手。」


「うん。」


陸念安は頷く。


声は静かだった。


「……でも、悪くない。」


その言葉は、キャラのことだけを指しているようで、そうでもなかった。



「今日の夜、あなたの料理食べたい。」


陸念安がふと口にする。


声が少しだけ低くなる。


「え、私の方が美味しいってこと?」


「比較じゃない。」


彼女は夏玖微を見る。


「すごく美味しい。」


夏玖微は一瞬だけ固まり、そして笑った。


「じゃあ帰ろうか。」


そのまま手を伸ばす。



「ちょっと待って。」


陸念安がその手を掴んだ。


力は強くないが、確かだった。


「もう一つ行きたい場所がある。」


「どこ?」


「行けば分かる。」



それ以上は聞かず、ただ手を引かれるまま歩く。


人通りは減り、街は徐々に静かになっていく。


やがて、小さな店の前で足が止まった。


控えめな外観、暖かい光。外の世界とは少し違う空気。


「……耳かき店?」


夏玖微が瞬きをする。


「うん。」


陸念安は頷いた。


「最後の場所。」


まるでこの一日が、最初からそこに辿り着くように決まっていたかのように。



二人は店の中へ入った。店内はとても静かだった。


外の秋葉原とはまるで別世界で、切り取られたような空間だった。


照明は暖かく、肌に触れる光がどこか柔らかい。


夏玖微は席に座ったとき、まだこの静けさに少し慣れていなかった。


「陸念安は?」


店員に案内されて個室に入ったあと、彼女は振り返った。


ドアが再び開く。


入ってきたのは店員ではなく、陸念安だった。


彼女はすでにシンプルな浴衣に着替えており、その動作はまるで最初から決まっていたかのように自然だった。


「いい、私がやる。」と彼女は言った。


強い口調ではないが、拒否を許さない響きがあった。


「……まさか朝早乙女に話してたのってこれ?」と夏玖微は少し驚いて言った。


陸念安はただ微笑むだけで、何も答えなかった。



彼女が座ると、夏玖微は自然にその上に横になった。


いつも通り、何も考えずに。


頭が膝に乗った瞬間、その慣れ親しんだ安心感が、周囲の環境よりも早く彼女を包み込んだ。


耳元で小さな音がする。道具はとても軽い。


触れているというより、空気がかすめているようだった。


最初、夏玖微は少し緊張していた。


しかし、すぐに呼吸がゆっくりと落ち着いていく。


「……こういう感じなんだ。」と彼女は小さく言った。


「うん。」陸念安はそう答え、手の動きを止めない。


それは技術を見せているというより、世話をしているようだった。


「痛くない?」


「うん……」彼女は少し動いて、また力を抜いた。


その感覚は奇妙だった。


刺激ではない。


むしろ——何も考えたくなくなるような感覚だった。


陸念安の指が時々、彼女の首筋に触れる。


ただそこに置かれているだけ。


余計な動きはないのに、心は自然と静まっていく。


時間はゆっくりと流れていった。



「……いつからやってたの?」と夏玖微は目を閉じたまま尋ねた。


「ずっと前から。」


「どのくらい前?」


「あなたが思ってるより前。」


それ以上は聞かなかった。

ただ小さく「うん」とだけ答えた。



しばらくして、夏玖微の声はさらに小さくなった。


「安ちゃん……」


「うん。」


「最近……ちょっと変なんだ。」彼女は言葉を探すように間を置いた。


「裏世界に長くいるせいで、何が現実か分からなくなってきてる気がする。」


「感情とか、記憶とか、痛みとか……全部が本物すぎて。」


「時々思うんだ——」


彼女は小さく笑ったが、とても淡かった。


「このまま、どこかで壊れてしまうんじゃないかって。」


部屋は静かだった。


小さな音だけが響いている。


陸念安は話を遮らない。


ただ同じ動作を続ける。


安定して、規則的に。


ここが現実だと伝えるように。



「でも、戻ってくると。」と夏玖微は続けた。


「あなたがいる。」声はとても小さい。


ほとんど消えそうなほどに。


「それだけで……よかったって思える。」


「ちゃんと、ここは正しい場所なんだって。」


動きが一瞬止まる。


そしてまた続く。


今度はさらに優しく。


「あなたがいてくれて……よかった。」


そう言うと、彼女はもう話さなかった。


呼吸がゆっくりと安定していく。


本当に安心したように。



陸念安は彼女を見下ろしていた。


静かな目で、何も言わない。


彼女の髪のそばに手を置き、そこにいることを確かめるように、そっと触れた。


その時間は短いのに、異様に長く感じられた。



二人は夜色に染まった街を歩いていた。


人通りは減り、灯りは柔らかくなっている。


並んで歩き、肩が軽く触れ合う距離。


その距離はもう緊張を生まなかった。


代わりに、静かな安心と依存のような感覚があった。


【結合度:81 / 59%】


その数値は本の中で静かに揺れ、すぐに消えた



やがて人の少ない区画へ出る。


周囲はさらに静かだった。


転移を行おうとした瞬間——陸念安が足を止めた。


振り返る。もう一度見る。


「どうしたの?」と夏玖微は少し眠そうに尋ねた。


「誰かいる。」と陸念安は低く言った。


「……私たちを見てる。」


それは推測ではなく、共有された感覚による確信だった。


曖昧だが、確かに存在する気配。



「面白いね。」と夏玖微は小さく笑った。


彼女の感覚がゆっくりと広がる。


不要な視線を一つずつ排除していく。



そして「それ」を見つけた。


それは目ではなかった。


もっと直接的なもの。


意識が軽く触れられたような感覚だった。



背後に「何か」がいる。


だが振り返ると、そこには何もない。


影すら存在しない。



その違和感だけが残る。


触れているのに証明できない存在。


自分だけがそれを認識している。


夏玖微の笑みが少し薄れる。



「あなたは誰?」


視線ではなく、直接引き寄せるように手を伸ばした。


次の瞬間、空間が裂ける。


三つの存在は同時に、裏世界の小さな洋館へと引きずり込まれた。

【作者からのお願い】


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!現在、毎日2回(07:00 / 18:00)爆速更新中です!


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