第14話 秋葉原デート-ゲームセンター~彼女が隣にぴったり寄ってきて、操作までおかしくなってしまう~
電子遊戯エリアを歩くと、周囲の筐体音が絶え間なく響いていた。
点滅するライトが列ごとに点いたり消えたりし、音楽と電子音が交錯して、騒がしさの中で方向感覚さえ曖昧になる。
しかし夏玖微は、それにまったく影響を受けていなかった。
彼女はきょろきょろと辺りを見回し、落ち着きなく動き回っている。
「これ、何するの?」
振り返ってそう尋ねる声には、どこか真剣さが混じっていた。
返事を待つこともなく、すぐに自分で近づいて覗き込む。
まるで子どものようだった。
陸念安はその横に立っていた。
何も言わないまま、ただ静かに彼女を見ている。
光の間を行き来しながら走る姿。
新しいものを見つけるたびに足を止める、その反応。
その集中は、単なる「遊び」ではなかった。
むしろ、何かを確かめているような——そんな感覚に近い。
彼女の視線がわずかに柔らぐ。
邪魔はしない。急かしもしない。
ただ後ろをついていく。
まるで、すぐに消えてしまいそうな何かを見守るように。
——この世界に、ちゃんと存在している彼女を。
夏玖微は少し見回しただけで、すぐに目当てを見つけた。
目を輝かせ、陸念安の手首をつかみ、そのまま半ば引っ張るように筐体の前へ向かう。
「これ、めっちゃ面白そう!」
目の前の機械を指さし、興奮した声を上げる。
「音楽も聴けるしリズムゲームだし、それに見て——丸いの!かわいくない?」
画面は鮮やかに光り、円形の筐体は確かに目を引いた。
陸念安はそれを一度見て、小さく頷く。
「これは《maimai》だね。記録用のカードも作れるよ。」
自然な口調で説明しながら続ける。
「一緒に作る?」
「いいよ!」
◇
簡単な操作のあと、二人はカードを作り、筐体に差し込んだ。
「じゃあ私が曲選ぶ!」
夏玖微は意気込んで画面を操作する。
すぐに一曲を選んだが、難易度選択画面で止まった。
「Expert……Master……どっち?」
眉をひそめて少し迷う。
「まずはExpertでいいと思う。」
陸念安は横から見ながら落ち着いた声で言う。
「一曲三回できるから、ゆっくり試せばいい。」
「なるほど。」
音楽が始まった。
リズムが落ちる瞬間、夏玖微の動きは思った以上に滑らかだった。
タップ、スライド、コンボの繋ぎも途切れない。
一曲終了。
――Full Combo。
「え、意外と簡単じゃん。」
少し得意げに笑う。
「次は私。」
陸念安が淡々と一言言い、画面に触れる。
そのままMasterを選択した。
難易度は明らかに上がる。
リズムは速く、判定も密になる。
それでも彼女の動きは崩れない。
むしろ、静かに整っていると言った方が近かった。
最後の音が鳴り終わる。
画面に結果が表示される。
――All Perfect。
「……」
夏玖微は二秒ほど固まり、すぐに頬を膨らませた。
「ちょっと、不公平!」
不満そうに言いながらも、口元は笑っている。
「もう一回。」
即座にそう付け加えた。
三回目は二人並んでプレイする。
同じ曲、同じMaster。
音楽が再び流れ出す。
「そっち一拍遅れてる。」
陸念安は淡々と指摘する。
「ちゃんとやってるし!」
夏玖微は即座に言い返す。
リズムはどんどん速くなり、動きが少し乱れ始める。
「あー、また切れた!もうAll Perfect無理じゃん!」
思わず声が漏れる。
そのとき陸念安の目がわずかに細くなる。
静かに、しかし確かに火がついたような視線だった。
「……手伝う。」
「え?」
反応する前に、彼女はすでに背後へ回っていた。
距離が一気に縮まる。
陸念安は夏玖微の手首をそっと取り、その動きを導くように重ねる。
「ここ、リズムに合わせて。」
耳元に落ちるような低い声。
夏玖微は一瞬固まった。
背中に伝わる体温、呼吸の気配、そして手のコントロール。
集中すべきリズムが、少しずつ曖昧になっていく。
代わりに、心臓の音がはっきりと浮かび上がる。
一拍ごとに、強く。
陸念安もすぐに気づいた。
耳の先まで赤く染まっていくのが見える。
そして同時に、自分の鼓動もまた、乱れていることに気づいた。
一曲が終わった。
画面に結果が表示される。
しかし二人とも、すぐには離れなかった。
その姿勢のまま、忘れたかのように。
あるいは——動きたくなかったのかもしれない。
短い沈黙のあと。
「……もう一曲?」夏玖微が小さく言った。
「……うん。」
陸念安は短く答えた。
そしてもう一枚、百円玉を投入する。
一曲、二曲、三曲。
時間は引き延ばされていく。
それでも二人の距離は、最後まで離れなかった。
やがて周囲が少しずつ気づき始める。
「……あれ、めっちゃ甘くない?」
遠くから、声を抑えた囁きが聞こえた。
「百合じゃん……」女の子の小さな悲鳴のような声。
「抱きついたままやってる……」
噂が少しずつ広がっていく。
細かな波のように、静かに押し寄せてくる。
二人はそこでようやく、はっと我に返った。
同時に手を離し、同時に、同じように一歩後ろへ下がる。
視線が一瞬だけ交わり、すぐに逸れる。
空気にはまだ、消えきらない温度が残っていた。
「……つ、次行こっか。」夏玖微が先に口を開く。
少し調子が乱れている。
「うん。」
陸念安は頷いた。声はいつも通り静かだった。
ただ背を向けた瞬間、指先がわずかに強く握られる。
それは——越えてはいけなかった境界を、かろうじて何かを押さえ込むような仕草だった。
◇
その後の時間は、どこか曖昧になった。
光は変わらず点滅し、音は変わらず騒がしい。
彼女たちは別の筐体へ移った。
格闘ゲーム、シューティング、レース、そして戦闘機シミュレーター。
笑い声もあった。
軽い冗談もあった。
表面上は、いつもと同じだった。
でも、何かが違っていた。
夏玖微はハンドルを操作しながら、何度も無意識に横を見た。
陸念安は変わらず集中している。
手元は正確で、迷いがない。
まるで先ほどのことなど、何も起きていなかったかのように。
「……」
夏玖微は唇を噛み、視線を戻した。
胸の奥に、小さな違和感が残る。
――なんで、私だけ気にしてるの……?
一方で。
陸念安はトリガーを引き、画面の敵機を撃ち落とす。
表情は変わらない。
しかしリズムは、わずかに乱れていた。
彼女は理解している。
さっき何をしていたのか。
その距離が、何を意味していたのかも。
やってはいけないことだった。
……それでも、後悔はなかった。
「さっきの、また遅れてたよ。」彼女はいつも通り言う。
「遅れてないし!」夏玖微は即座に返すが、視線は合わせない。
「機械のせいだから。」
少しだけ強い口調だった。
一瞬、沈黙。
そして次の瞬間、二人は同時に笑った。
そのわずかな違和感は、すぐにかき消される。
時間はあっという間に過ぎていく。
少し不自然なくらいに。
気づけば、手元の百円玉はほとんど残っていなかった。
ゲームも一つずつ終わっていく。
人の流れは変わらない。
音も変わらない。
それでも、あの「近さ」だけは、もう戻らなかった。
もしできるなら。
夏玖微は視線を落としながら、最後の百円玉を入れた。
口には出さない。
けれど、はっきり分かっていた。
――もしできるなら、あの時間がもう少し続けばよかった。
たった一曲でもいいから。
一方で。
陸念安は画面を見つめたまま、スタートボタンに指を置いたまま動かない。
指先がわずかに強くなる。
頭に浮かんでいるのはゲームではない。
――さっきの距離。
――熱を帯びた耳。
――崩れたリズムと心拍。
彼女は目を伏せる。
それを押し殺すように。
そして、静かに言った。
「……行こう。ご飯食べに。」
【作者からのお願い】
二人の関係が少しずつ動き出しました……!
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