第13話 秋葉原デート~夜になって初めて知る秘密~
家に戻ってきた。
シャワーを浴びた後、夏玖微はキッチンで料理を始めた。
鍋から立ち上る湯気が、ほんのりとした香りをまとい、ゆっくりと部屋の中に広がっていく。
外は次第に暗くなり、夕日が沈んだ後、街の輪郭はやわらかな紫がかった青に染まっていた。
カチャ——
「ただいま」
ドアが開き、陸念安が玄関に立っていた。
体に合った仕立てのスーツをまだ着たままで、その表情は相変わらず冷ややかだ。
だが、その視線がキッチンにいる夏玖微へ向けられた瞬間、その鋭さは静かにほどけ、瞳の奥に、ほんのわずかな——けれど確かな笑みが浮かんだ
「取締役会、やっと終わったんだね?」
夏玖微は振り返り、軽やかな口調で声をかける。
「先にお風呂入ってきて。もうすぐご飯だから」
「うん」
陸念安は短く答え、上着を脱いで丁寧に掛けると、そのまま浴室へ向かった。
水の音が止む頃には、キッチンの明かりがついていた。
浴室から出てきた陸念安は、綿のルームウェアに着替え、うさぎのスリッパを履き、頭のてっぺんにはぴょこんと跳ねたアホ毛が立っている。
彼女はテーブルのそばへ来ると、ごく自然に料理を一皿ずつ運び始めた。
その手つきは慣れていて、まるでこういう日常が当たり前のようだった。
二人は向かい合って座る。
陸念安は一口分の料理を箸でつまんだが、すぐには食べず、目を細めて向かいの彼女をじっと見つめた。
「……?」
夏玖微は箸を止める。
「どうしたの?」
「目」
陸念安は少し近づいて、どこか興味深そうに言う。
「すごく綺麗。紫色になってる」
「え?」
彼女は一瞬きょとんとし、反射的に横の鏡へ視線を向けた。
「……ほんとだ」
「たぶん、S級の『領域』を融合した影響だと思う」
彼女は何気なく説明する。
「ふふ、私ってどんどん可愛くなってない?」
夏玖微は少し意地悪そうに笑う。
「追いかけるなら、今のうちだよ?」
冗談めいた口調だったが、その語尾はわずかに柔らかく、どこか含みを帯びていた。
陸念安の動きが一瞬止まる。
「……ちゃんと追うよ。」
彼女は小さな声で答えた。
その声は、食器の触れ合う音にかき消されるほどにかすかだった。
夏玖微は聞き取れず、深く追及することもなかった。
◇
「そういえば、明日秋葉原に行かない?」
食事の途中で、夏玖微がふいに口を開いた。目がぱっと輝く。
「いいよ。」陸念安はほとんど迷わず答えた。
「あとで一緒にルート調べよう。」
二人はリビングに移動し、肩を寄せ合いながら地図や店を調べ始めた。
ゲームセンター、アニメショップ、メイドカフェまで、一つひとつ印をつけていく。
話しているうちに、肩が時々触れ合うが、どちらもわざわざ距離を取ろうとはしなかった。
時間は気づかないうちに伸びていき、やがて深夜になった。
こんな夜が、もう半年も続いている。
夜も更けると、二人は多くを語らず、明かりを消し、当たり前のように同じベッドに横になった。
夏玖微は体を横にして、そのまま陸念安の胸元へと潜り込む。
その場所は、まるで最初から彼女のために用意されていたかのようだった。
彼女は小さく息を吸う。相手のほのかな香りが、過剰なほど安心感を与える。
陸念安の手は一瞬、彼女の背中の上で止まったが、やがてそっと下ろされ、そのまま抱き寄せた。
二人とも何も言わない。
それでも分かっている――この関係は、もう「友達」を超えている。
けれど、誰も口にしない限り、
その禁じられた感情には触れずに済むような気がしていた。
◇
翌朝、二人は珍しく早起きした。
「起きて起きて!」夏玖微はやけに元気で、まだ少し眠そうな陸念安をそのまま更衣室へ押し込む。
「今日は絶対、もう少しカジュアルな服に着替えさせるから!」
「……私、普段そんなにおかしい?」
「フォーマルすぎるの!」
彼女は笑いながら、自分の服を次々と取り出していく。
「この上着にワイドパンツ――いや、こっちもいいかも……」
横に立ちながら真剣に見比べ、視線はほとんど陸念安から離れない。
最後に、陸念安は自分で一着を選んだ。
白いコットンのトップスに、黒のプリーツロングスカート。
その服は、もともと夏玖微のために買ったものだった。
ただ彼女が「おとなしい」と言って、何度か着ただけでしまっていた。
「これでいい。」陸念安は淡々と言う。
夏玖微は少しだけ呆然とした。
なぜか、胸の奥に小さな満足感が広がる。
支度を終え、二人は玄関に立つ。
夏玖微は手を伸ばし、自然な動きで陸念安の手を握った。
あまりにも当たり前のように。
陸念安は一瞬だけ驚いたが、手を引き離すことはなかった。
次の瞬間、空間が歪む。
二人は裏世界へと入り、そのまま一瞬で日本へ転移した。
◇
早乙女の家。
「きゃっ!」ドアを開けた早乙女は驚いて声を上げた。
「へへ、ごめんごめん。」
「ちょっと待って、今お金持ってくるね。」早乙女は小さくため息をつき、部屋へ戻っていく。
「ちょっと話がある。」陸念安は夏玖微と目を合わせ、そのまま中へ入っていった。
ドアが閉まる。
時間はそれほど長くないはずなのに、外で待つ夏玖微には妙に長く感じられた。
やがてドアが開く。
二人は並んで出てきた。
早乙女が顔を上げると、夏玖微のどこか圧を帯びた視線とぶつかり、思わず背筋が冷えた。
「……何話してたの?」夏玖微は陸念安を見つめ、少し硬い声で尋ねる。
「秘密。」陸念安は軽く微笑んだ。
「やだ、ちゃんと教えて。」彼女は頬を膨らませ、不満げに言う。
陸念安は手を伸ばし、そっと彼女の頭を撫でた。
「夜に教える。いい?」
その声はやわらかく、どこかあやすようだった。
夏玖微は一瞬固まり、張っていた感情が自然と緩んでいく。
「……わかった。」
早乙女の家を出た後、二人はそのまま秋葉原へ向かった。
最初の目的地は、ゲームセンター――GiGO秋葉原。
陸念安は両替機の前で立ち止まり、一万円分の百円硬貨を両替する。
硬貨が落ちる音が、軽やかに連なった。
「行こう。」
彼女は自然に夏玖微の手を取り、そのままゲームエリアへと歩き出した。
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