第8章:女騎士の傷ついた誇り
【ローズ視点】
廊下を歩く。あてもなく。考え事に沈みながら。 同じような服を着た者たちが、列のように並んでいる。
ざわざわ……。
……気にしない。その時――足が止まる。
古びた扉。金属の。少し荒れている。……隠れるには良さそうだ。 眠れる場所。そう思って、手を伸ばした――。
ガチャ。
内側から開いた。少女が出てくる。息を切らし、胸に本を抱えている。
「おや……」
ゆっくりとした声。
「ごきげんよう」
「ほ……ら」
驚いて、返す。
「ふふふ……」
静かな笑い。
「古書……今はもう、読む人が少ないの」
囁くように。目の下に影。髪は乱れている。
「ノゾミよ。読書部の部長……まあ、部員は私一人だけど」
「ローズ……よろし……く」
「素敵な名前ね」
ニコ。そして――。
「あなた……この世界の住人じゃないでしょう?」
――凍る。
「……え?」
扉が開かれる。中が見える。机。椅子。積まれた古書。
「何か探しているのかしら?」
……奇妙な女。だが。教室には戻りたくない。ヨシダも、あの者たちも。……見たくない。 それに――本。惹かれる。この世界を知る必要がある。魔王を探すためにも。
座る。ノゾミが、飲み物を置く。
「コーヒーよ」
向かいに座る。笑みが、広い。……話せない。どう始める?
「どんな本が好き?」
いくつか見せられる。騎士。王国。戦い。……近い。 読む。……読めない。遅い。理解できない。すると。ノゾミが説明する。
「これはね――この世界の昔のお話。ずっと、昔の」
……。 頭が白くなる。
(未来……? ここは――未来なのか?)
胸が締まる。
「悪者……いる?」
聞く。当然だ。
「悪者?」
くすくす……。考えるふり。
「そうね……」
笑う。横に。
「人間こそが、悪かもしれないわね」
……? 意味が分からない。……やはり。変だ。
「これ……持っていく?」
話を変える。立つ。ノゾミの顔が、少しだけ曇る。
「ええ、もちろん。でも……」
小さな声。
「今はもう、読む人がいないの。来てくれて、嬉しかったわ。ローズさん」
……。
「また……来る」
自然に出た言葉。
「本当?」
目が光る。手を掴われる。ぶんぶん。
「待っているわ」
……うつる。その感情。
「また会えるわ」
少しの沈黙。
「忘れないでね」
……ただの言葉。なのに。何か違う。別れる。
図書室を出る。歩く。窓の外を見る。オレンジ色。夕焼け。……時間。過ぎすぎた。
「くそ……」
走る。廊下は、ほとんど空。
「お、おい……ローズ……」
あの男。……無視。進む。教室へ。扉を開ける。
ガラッ。
……静か。シーン……。 机は整然。椅子も揃う。さっきのざわめきは、消えている。一人だけ。ヨシダ。
背筋を伸ばし、座っている。動かない。影が伸びる。床に。長く。……取り残されたように。
胸が、締まる。
「ヨシダ……」
反応はない。近づく。そして――見る。 唇に、小さな傷。乾いた血が、汗のように流れている。
(……くそ)
歯を食いしばる。……分かる。何があったか。戦場で何度も見た。……だが。ここは、戦場じゃない。
前にしゃがむ。
「……ごめん」
小さく。
「行くべきじゃなかった」
目が上がる。怒りはない。責めもない。ただ。あの笑顔。疲れていて、優しい。……それが。一番、痛い。
(不覚……)
後ろへ回る。椅子を整える。
「行く……帰る時間」
床に散らばる紙。拾い集める。丁寧に。折れた紙。破れた端。にじんだインク。 手が震える。恐れじゃない。怒り。……失敗した。リュウジン先生に。そして――彼にも。全部。私のせい。
何も言わず、押す。出口へ。扉を開ける――そこに。
いた。ノゾミ。扉の枠に寄りかかり、本を抱えている。まるで――最初からいたように。
「遅かったわね」
微笑む。ぼんやりと。
「静かな場所ほど、残酷な物語が隠れているものよ」
……答えない。
「気にしなくていいわ。傷のほうが、勝利より多くを教えてくれるもの」
視線が――ヨシダへ。観察するように。……ぞくり。背筋に寒いものが走った。
「また会いましょう、ローズ」
……なぜか。うなずく。理解していないのに。
外へ出る。夕焼けが、世界を染める。 ヨシダの椅子を押す。影が伸びる。並んで。……言葉はない。だが。一人じゃない。初めて。この世界で。
前方。誰か。寄りかかっている。鉄の塊に。余裕の姿。
……リュウジン先生。
胸が重くなる。恥。ヨシダも。同じ顔。
「……そうか」
一言。何もない顔。怒りもない。視線も鋭くない。
「な、あの……」
言おうとする。
「ローズ」
遮られる。
「気に病むな。言っただろう。あいつは頑固だ」
……え? 終わり? ……怒らない? ……なぜ。
結局――乗る。鉄の塊に。帰る。家へ。……私の、仮の砦。
「……へんな日……」
小さく、呟いた。
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学業が忙しく、限られた時間の中で執筆しているため、至らない点やミスが出てしまうことがありますが、少しずつ作品の質を改善できるよう努めてまいります。
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