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『二つの世界、一人の魔王』~東京2080からエヴァの大地へ~  作者: 黒猫
第七章:ライオンハートの戦い、巨頭の決闘
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第88話:軍神

ケンは荒い息を吐いていた。


苛烈な死闘の反動で、全身が激痛に悲鳴を上げている。鎧は粉々に砕け散り、顔は痛々しく腫れ上がり、拳には乾いた血がこびりついていた。それでも彼は黄金の槍を支えにして、泥に塗れながらも立ち上がった。


「くそっ……」


小さな吐息が漏れる。


その時、温かな光が彼の身体を優しく包み込んだ。


視線を向けると、そこには数分前に街角で出会った、身なりをやつした片目の少年が佇んでいた。


少年は片手を差し出し、その周囲を小さな魔法陣がゆるやかに旋回している。


「大したことはできないけど……痛みを和らげるくらいなら」


心地よい感覚がケンの全身を駆け巡る。激痛が引き波のように去っていき、打撲の痛みも嘘のように和らいでいく。


ケンは驚愕に目を見開いた。


「治癒魔法……?」


少年はただ、静かに微笑んだ。


「これで、まだ戦えるでしょ」


ケンは何も問わず、力強く頷いた。


「……礼を言う」


立ち上がると、彼は一瞬の躊躇もなく足を踏み出した。


槍の柄を硬く握り締め、彼は全力で駆け出した。


――タッ! タッ! タッ!


崩壊した路地を駆け抜け、建物の瓦礫を跳び越え、連鎖する爆音を頼りに中央広場へと引き返していく。


そして戦場に辿り着いた瞬間――ケンは息を飲んだ。


数百の騎士たちが、その場を隙間なく取り囲んでいたのだ。


掲げられた大盾、引き抜かれた白刃、そして狙いを定める無数の弓矢。


その包囲網の中央で追い詰められていたのは、全身傷だらけの吉田やローズ、エレノア、シェイリー、そしてデルガド王子だった。


彼らと対峙するように立ちはだかる五人の魔導王。そしてその数歩後方には、ジェイソン・ベイカーの姿があった。


誰も言葉を発しない。動こうともしない。広場を支配するのは、肌を刺すような息苦しい緊張感だった。


レヴ・ヴァレリウスが一歩前へ踏み出し、重々しい声を響かせる。


「包囲は完了した。もはや貴様らに逃げ場はない」


ローズは無言で漆黒の大剣を掲げ、その尖端をまっすぐに彼の顔面へと突きつけた。


レヴは数秒間彼女を見つめ、静かに深く息を吐き出した。


「魔王を討つべく遣わされたというのに……」


その表情を険しく歪ませる。


「見損なったぞ」


広場全体に、数十の刃が鞘を払う金属音が重なって響いた。


――ジャキッ!


――ガキンッ!


警備隊の隊長が一歩前へ進み出た。


「魔導王様! 中央区画の避難は完了いたしました!」


別の将校も腕を突き上げる。


「周辺に一般市民の姿はありません!」


レヴの瞳に静かな殺意が宿った。


「ならば……終わらせよう」


彼は静かに愛剣を引き抜いた。


――チャキン……


直後。


常軌を逸した圧力が広場全体へとなだれ込んだ。大気が激しく震え、足元の石畳が圧力に耐えかねて砕け散る。魔導王の膨大な魔力が、周囲の全てを潰しにかかる。


――ドォォォォンッ!!


あまりの圧迫感に、多くの騎士たちが恐怖で膝をついた。兵士たちは呼吸を奪われ、誰もが全身から冷や汗を吹き出していた。精鋭たる代表騎士たちでさえ、思わず足を引いた。


それはもはや人間の領域ではなく、天災の如き威圧だった。


シェイリーは歯を食いしばり、エレノアは膝の震えを抑え込めず、デルガドは倒れるのを防ぐために大鎌を深く石畳に突き立てた。


吉田に至っては、かろうじて意識を保っているのがやっとの状態だった。


その時――石畳を突く重厚な音が響いた。


――コツン。


突き立てられた黄金の槍。


ローズが驚愕して隣を仰ぎ見ると、そこにはケン・アラタカが並び立っていた。


ボロボロの鎧を纏い、息を切らしながらも、その手は固く槍を握りしめている。


「……ケン、あなた何を……?」


ローズの問いかけに答える間もなく、兵士たちの間に動揺が波紋のように広がる。


「おい、あれは……ケン代表騎士じゃないか!?」


「なぜ奴が敵側に立っているんだ!?」


「バカな……『破壊の聖者』様が我々を裏切ったというのか!?」


誰もが自分の目を疑った。ケンはウォーウィック王国が誇る最高峰の騎士の一人。その彼が魔王の陣営に立ち、武器を構えているなど狂気の沙汰だった。


レヴ・ヴァレリウスは失望に目を閉じ、静かに首を振った。


「……興が削がれたな」


瞼を開いたその瞳には、怒りよりも深い悲哀が満ちていた。


「ウォーウィックも自らの誇りをドブに捨てたか。誉れ高き二人の代表騎士が、揃って叛逆者に成り下がるとは」


重苦しい静寂が再び広場を覆う。誰もが最終決戦の火蓋が切られる瞬間を確信した。


――その時、酷く穏やかな声が静寂を破った。


「やあやあ……これはまた、実に興味深い状況ですね」


全員が同時に振り返った。


一人の男が、壊滅した街並みから緩やかな足取りで歩み寄ってくる。


上質な絹で仕立てられた衣服に、顔全体を覆う奇妙な仮面。


鎧も着けず、刀剣の類も身につけていない。戦場の渦中であることなど気にも留めない様子で、散歩でもするかのように優雅に歩いていた。


軽やかな足音が響く。


――コツ……コツ……コツ……


ローズは警戒に眉をひそめ、吉田はゆっくりと顔を持ち上げ、息を呑んだ。


仮面の男は首を少し傾けた。


「おや……これは予期せぬ事態だ」


ローズが目線だけで吉田を伺う。


「吉田……あの男を知っているの?」


吉田は喉を鳴らし、掠れた声を出した。


「……いや」


「彼は……『軍神』だ」


虚無の世界で魔王から告げられた言葉が脳裏をよぎり、吉田の血が凍りつく。


ローズは意味が分からず、困惑の表情を浮かべた。


「どうしてそんなことを……?」


吉田は仮面の男から片時も目を逸らさずに言った。


「あいつは……」


「――シッ」


男は人差し指を口元に当て、静寂を促した。


ローズは男の発する異様な威圧感に気圧され、言葉を失って硬直した。


「それ以上口を開けば……」


語尾は途切れたが、言葉を最後まで口にする必要はなかった。


刹那、世界の様相が一変する。


爆発も、光の閃光もなかった。ただ、完全なる「無音」が空間を支配したのだ。


風が止んだ。上空の竜の炎、兵士たちの怒号、荒い息遣いすらもが唐突に消え去った。


大気が異常なほど重く沈殿していく。


兵士たちは息を吸おうとして呼吸ができず、まるで酸素そのものが消滅したかのように苦悶した。手足は抑えようもなく震え、正体不明の恐怖が全員の理性を侵食していく。


シェイリーは思わず一歩後退し、エレノアは背筋に激しい寒気を覚え、あのジェイソン・ベイカーすらも戦いの中で初めて表情を険しく引き締めた。


五人の魔導王たちは吉田から視線を外し、狼狽と驚愕を隠せない様子で周囲を警戒し始めた。レヴ・ヴァレリウスの額を、冷や汗が一筋滑り落ちていく。


「……これが……『マナ』だというのか……?」


かすかな呟きに、応える者は誰一人としていなかった。

ついにストックが底をつきました笑 あらまあ…ここからの毎日更新はなかなかハードな挑戦になりそうです!

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