第86話 ジェイソン・ベイカー vs ケン
最近は体調や学業が忙しく、なかなか時間が取れていません……。やりたいことはたくさんあるのに時間が足りない!と頭を抱えています笑 皆さんもそんな経験ありますか?
七人の代表騎士たちは、凄まじい速度で王都の狭い路地を駆け抜けていた。
血で染まった彼らの鎧からは、吹き出す汗が蒸気となって立ち上っている。そのうちの一人の肩に担がれたローズは、かろうじて意識を保っているのがやっとだった。
遥か遠くでは、激動する戦闘の轟音が今なお王都そのものを揺らし続けている。
「急げ!」
「追いつかせるな!」
一行が先の見えない角を強引に曲がった――その瞬間、足がピタリと止まった。
時が凍りついたかのような錯覚。
狭い石畳の路地の行き止まりに、一筋の影が微動だにせず佇んでいた。
鎧を着ているわけでもなく、兵士のようにも見えない。薄闇の中で静謐な異彩を放っている。整然と整えられた短めの白髪が、夜風に穏やかにそよぐ。そして暗がりの中、二つの赤蓮の瞳が静かに来訪者を射抜いていた。
怒りも、焦燥も漂わせていない。
ローズの胸から、絶望の混じった掠れ声が漏れ出た。
「……お父、さま……」
ジェイソン・ベイカーは動かない。
霜のように冷酷な視線が代表騎士たちを一通り見定め、やがて血に塗れた我が子へと向けられる。
「……万死に値する」
そのたった一言が、死刑宣告の重みをもって路地に響き渡った。
躊躇うことなく、七人の代表騎士たちはローズを地面へ下ろし、生存本能を剥き出しにして一斉に武器を引き抜いた。
彼らの前に立つのは、ただの人間ではない。
ジェイソン・ベイカー。
生きる伝説。
この地上を歩んだあらゆる剣士の中で、最も凶悪で恐れられた殺人鬼の一人。
「突撃ぇぇッ!」
――ドゴォォォォンッ!!
魔力の爆発に背を押され、七人の代表騎士が同時に姿を消した。
剣、槍、戦斧、そして付与された電光が、たった一人のジェイソンへ向かって神罰の如く降り注ぐ。
彫像の如く、ジェイソン・ベイカーは静かにその時を待っていた。
――ガキィィィィィィンッ!!
一閃の銀光が、空中に完璧な一筋の線を描いた。
真空の衝撃波が、路地の端から端までを一瞬で薙ぎ払う。
――ザシュゥゥゥゥゥッ!!
「ぐあぁぁッ!?」
代表騎士の二人が宙を舞い、石造りの壁面へと激しく激突した。
だが、残りの者が体制を立て直す間もなく――ジェイソンの姿は既にそこにはなかった。
――バコンッ!!
「ハがっ……!?」
鉄甲で覆われた膝蹴りが一人の腹部を粉砕し、絶命の悲鳴を奪い取る。
――メキメキッ!
「ぐはっ……!」
圧倒的な蛮力を秘めた拳が、次なる者の兜ごと頭部を叩き潰す。
恐怖に駆られた一人が、必死で詠唱を完遂させた。
「爆裂せよッ!!」
――ドガァァァァンッ!!
灼熱の炎の地獄が路地全体を包み込み、石畳をドロドロに溶かしていく。しかし、揺らめく炎の波浪が引いていくと……ジェイソンの影が何事もなかったかのように姿を現した。
掠り傷一つない。銀の甲冑には、煤の汚れ一つついていなかった。
「……その程度か」
冷ややかな声が漏れる。
彼の輪郭が、再び幽鬼のようにブレた。
――ガキィンッ!
重厚な大剣が宙を舞う。
――ズドォォンッ!
別の体が隣家を突き破り、濃密な瓦礫の煙を巻き上げた。
残された戦士たちは絶望に駆られ、挟み撃ちにしようと必死に距離を詰める。だが、ジェイソンは自らの軸を中心にして旋回した。彼の刃は死の輪舞曲となり、寸分の狂いもない銀の嵐と化す。
――ガキンッ! ガキンッ!
――ザシュッ!!
一人、また一人と、ヘッセン王国の精鋭たちが地に伏していく。
ほんの数秒のことだった……七人の代表騎士は自らの血溜まりの上で全滅した。
ローズは歯を食いしばり、激痛を飲み込んだ。
「お父様ッ!」
壁を支えにして、ふらつきながら前へ進む。惨劇を止めようと、彼の手首を掴もうと立ち塞がったが、ジェイソンは容赦のない一撃で彼女を迎え撃った。
――ボガァァンッ!
「キャッ……!?」
ローズは宙を舞い、石の地面を数メートル転がって壁に打ちつけられた。かろうじて身体を起こすと、口元から一筋の血が溢れ出る。
熱く苦い涙が目を焼きながら、彼女は顔を上げた。
「……どうして……そこまで私を拒むのですか……?」
ジェイソンは重々しく、確実な足取りで前進する。一歩一歩の足音が、死の刻限を告げる鐘のように路地に響いた。
「……」
父親の沈黙は、あらゆる肉体的な傷よりも深く胸を抉った。
絶対的な冷酷さをもって、ジェイソンは彼女の首元を掴み上げ、まるで破れ操り人形のように片手で持ち上げた。そしてもう一方の手で愛剣を高く掲げる。
ローズは目を閉じ、銀の刃に涙をこぼしながら死を受け入れた。
「……私を、そんなに憎んでいるのですか……?」
ジェイソンは無言のままだった。
閃光のごとき速さでその腕が振り下ろされ、彼女の心臓を貫こうとした――
――ドガァァァァァァンッ!!
黄金の爆風が路地を揺るがした。
衝撃によってジェイソンの剣がわずかに逸れ、余波がローズの身体を吹き飛ばす。
――ズザーッ!
煙と火花が舞い散る中から、一筋の影が立ち現れた。
眩い鋼の甲冑、そしてその両手に握られているのは、絶大な力を宿して脈動する壮麗な『黄金の槍』。
ローズは信じられない思いで、ゆっくりと目を開けた。
「……ケン……」
ケン・アラタカが、ベイカー家の当主の前に毅然として立ちはだかっていた。
ジェイソンは怒るどころか、その薄い唇を薄情な笑みに歪めた。
「貴様なら……最後にこうすると分かっていたぞ」
ケンは重い息を吐き出し、眼前に対峙する男を見据えながら槍の重心を下げた。
「そこまでだ、ベイカー卿」
ジェイソンは完全に彼の方へと向き直り、柄を握る手を締め直した。
「若造が……騎士としての誉れを汚したな」
ケンはほんの一瞬だけ目を閉じ、鉄の意志を込めて再び開いた。
「……承知の上です」
息が詰まるほどの静寂が、その場を支配した。
「貴様らはこの王国の最後の希望だった」
ジェイソンは蔑むように呟いた。
「見ろ、今の無様な姿を」
老練なる剣士は刃を滑らかに掲げ、隙のない完璧な構えを取る。無駄な動きは一つとして存在しない。
ケンも同じように身構え、拳が白くなるほど強く黄金槍を握りしめた。冷や汗が一筋、額を伝い落ちる。
目の前の男が普通の戦士などではないことを、彼は痛感していた……怪物だ。
母国を裏切り、上官の命令を破った背信の重みがケンにのしかかる。
いまや彼は、王国屈指の名門貴族の当主へ向けて武器を構えているのだ。
ジェイソンが一歩、踏み出した。
直後、空間そのものが歪んだ。
――ガキィィィィィィンッ!!
銀の剣と黄金の槍の激突が解き放った絶大な衝撃波が、路地全体を破壊し尽くす。
――ドゴォォォォォンッ!!
民家の窓ガラスが一斉に粉々に砕け散った。
膨れ上がった魔力の圧力に耐えかね、周囲の建物に深々と亀裂が入っていく。
数キロメートル離れた王都の最高塔にいた魔導王たちすらも、驚愕して首を巡らせたほどだった。
「何だ、今の衝撃は!?」
――ドスッ! ボゴォンッ!
更なる爆音(連打)が街を揺らす。そして、二度、三度と。
一方その頃、中央広場の中心部では――
吉田が石畳の上で瀕死の状態で横たわっていた。
骨の鎧を何本もの剣が貫き、その呼吸は次第に不規則になっていく。
レヴ・ヴァレリウスをはじめとする魔導王たちは、彼の命を絶ち、完全なる封印を施すべく太古の詠唱を紡ぎ始めていた。
空が引き裂かれるまでは。
――グオオオオオオオオオオオオオンッ!!
三つの頭を持つ巨竜による冥府の如き咆哮が、王都全体を激動させた。
怪物の巨大な三つの顎が、規格外の空気を同時に吸い込む。一秒ののち――
――フシューーーーーーーーーーーーッ!!
紫炎の海洋が、天界より降り注いだ。
「街を守れッ!」
五人の魔導王は封印の詠唱を中断し、一斉に手を掲げた。
空中に展開される、超巨大な同心円状の魔法陣。
――ゴーッ!!
間一髪、魔法の結界が都市全体を覆い尽くす。竜の吐息と防御魔法の衝突が王国全土を震わせ、魔導王たちはドームを維持するために全魔力を注ぎ込むことを強いられた。
戦火と煙の渦中に忘れ去られた場所で……吉田は一人、血を流し続けていた。
路地裏では、ジェイソン・ベイカーとケン・アラタカの決闘が人智を超えた領域へと達していた。
光速の突刺を繰り出す黄金槍に対し、ジェイソンの剣は寸分の狂いもない正確さで応戦し、あらゆる一撃を弾き、去なしていく。
――ガキンッ! ガキンッ!
――ガキィィンッ!
金と銀の火花散る暴風が、路地の陰影を眩しく照らし出す。
ケンは槍のリーチを生かして距離を保ち、相手を押し込もうと試みるが、ジェイソンは揺るぐことなく前進し、その構えを容易く打ち崩していく。
一刺し。二刺し。五、十――。
ケンの槍は予測不能な黄金の旋風と化した。
それにもかかわらず、ジェイソンは手首の最小限の動きだけでその全てを弾き返す。
探りを入れる隙すら与えず、ジェイソンは少年の懐へと滑り込んだ。
――ガキィンッ!
――ボゴッ!
「ぐはっ……!?」
ジェイソンの苛烈な肘打ちがケンの胸板を直撃し、胸甲を粉砕する。
ケンは後方へと吹き飛ばされたが、槍の柄尻を石畳に突き刺して制動をかけ、その勢いを利用して旋回しながら、全体重を乗せた振り下ろしを繰り出した。
――ガツゥンッ!!
ジェイソンはその一撃を頭上で受け止めた。
二人は至近距離で睨み合い、吐息を交わしながら、双方の魔力の奔流で石畳に深い亀裂を刻み込んでいく。
ケンは咆哮し、筋肉の最後の一筋まで絞り出して押し込もうとする。
ジェイソンはただ冷ややかに微笑み、刃をわずかに滑らせて槍の軌道を逸らした。
――バキッ!
その瞬間、無慈悲な肉弾戦の打撃がケンへと襲いかかった。
鉄甲の拳、肋骨を穿つ膝蹴り、振り下ろされる足払い。
――ドスッ! ボカッ!
甲冑が割れて散っていく中、若き騎士は必死に防御するのが精一杯だった。
ヒューヒューと苦しげな呼吸を漏らしながらも、その足は決して地を離れない。
退くつもりはなかった。
絶対に。
途切れかける意識を必死につなぎとめ、ケンは踵を返して残された全魔力を槍の尖端へと収束させた。黄金の槍が、暗闇の中に神聖なる光の弧を描く。
――ザシュゥゥゥゥゥッ!!
黄金の刃が大気を切り裂き、ジェイソン・ベイカーの左太腿を深く抉った。
この夜初めて……『伝説』が血を流した。
ジェイソンの目が、驚愕と抑えきれない怒りの混ざり合った色に細められる。
刹那、彼の姿が消えた。
――ドガァァァァァンッ!!
異形の一拳が、ケンの顔面をまっすぐに打ち抜いた。
「がはっ……!?」
騎士は息を詰まらせ、地面に背中から重々しく崩れ落ちた。視界を奪われながらも這い上がろうとするが、慈悲などは存在しない。
ジェイソンは処刑人の如く彼の上に跨がり、容赦なく鉄の拳を打ち下ろし始めた。
――ボガッ!
――バキッ!
――ドスッ!
一撃ごとに鈍い破壊音が響き、ケンの砕けた兜が路地の石畳へと沈み込んでいく。
甲冑は完全に粉砕された。若き騎士の顔は傷と鬱血で埋め尽くされる。
そしてついに……彼の意識は途絶えた。
ジェイソンはゆっくりと立ち上がった。
彼の勝利だった。
脚の血汚れと絹服のわずかな埃を除けば、それは完全なる勝利だった。
静かに息を整え、脈拍を落ち着かせると、彼は娘を放置していた隅の方へと首を向けた。
だが……ローズの姿はなかった。
それどころか、七人の代表騎士たちの死体までもが……その場から綺麗に消え去っていた。
長きにわたる数秒間、ジェイソンは荒廃した路地の只中で完全なる静寂を守っていた。
やがて、空を仰ぐ。
ライオンハートの王都の上空では、魔導王たちの巨大な紫の結界が、冥界の竜の解き放つ炎の渦を受けて激しく振動していた。
真の戦いは……まだ始まったばかりだった。
今月はスケジュールの都合上、毎日更新が厳しくなる日があるかもしれません。更新時間も前後する可能性がありますが、できるだけお届けできるよう尽力します!




