第83話 ローズの運命
いつかイラストや絵の練習をして、このWeb小説を自分自身でコミカライズ(漫画化)してみたいです!
【ケン・アラタカ視点】
俺は再び、主要なバルコニーの一つへと視線を上げた。
そこにジェイソン・ベイカーがいた。
彼は両手を石の手すりに置いたまま微動だにせず、処刑台を見下ろしていた。その表情はあまりに冷酷で、あそこに繋がれているのが実の娘だとは到底信じがたいほどだった。
心配の色一つない。動揺すら見せない。まるで、見知らぬ他人の裁きを眺める石像のようだった。
なぜあそこまで冷淡でいられるのか、俺には理解できなかった。
彼を見つめ続けていると、誰かが乱暴に俺の肩へぶつかってきた。
「あ、あっ……! ご、ごめんなさい、騎士様!」
視線を落とす。
乞食だった。
塵にまみれたボロ切れを身に纏い、片目を黒い眼帯で覆った、俺とさほど年の変わらない少年。
群衆を押し分けて進もうとして俺につまずいたらしく、今は恐縮しきった様子で何度も頭を下げて謝罪を繰り返していた。
「申し訳ありません……本当に……」
奇妙だったのは、明らかに男の姿をしているにもかかわらず、その声が驚くほど可憐で繊細だったことだ。
一瞬、女の声を聞いたのではないかと錯覚したほどだった。
ほんの数秒心が引っかかったが、目の前の重大な出来事にすぐ押し流され、消えてしまう程度の違和感。
「気にしないでくれ」
少年はもう一度謝ると、雑踏の向こうへと消えていった。
それ以上気に留めることもなく、俺の視線はすぐさま壇上へと戻った。
遠目からでも、兵士たちがローズを強引に木造の階段へと登らせているのが見えた。一歩進むごとに鎖がガシャガシャと重々しい音を立て、暴れることすらさせないよう、何人もの兵士が彼女を強く抑えつけている。
処刑台の中央へ辿り着いた、その時――
――ガツンッ!
看守の一人が、彼女の膝裏を激しく蹴りつけた。
ローズはその場に崩れ落ちるように膝をついた。
何の抵抗も見せなかった。
ただ、ぐったりと首を垂れたまま動かなくなった。
再びバルコニーを仰ぎ見る。
ジェイソン・ベイカーは未だそこにいた。
動かず。
一言も発せず。
(本当に……ただ見ているつもりなのか?)
(実の娘に対して、本気で何も感じないというのか?)
理解できなかった。
大貴族だからかもしれない。
いついかなる時も、感情より職務を最優先にする男だからかもしれない。
だが……
それでも、あいつの父親だろう。
ローズがゆっくりと顔を上げた時、俺の呼吸は急激に荒くなった。
初めて、彼女の表情がはっきりと見えた。
怯えていた。
戦場で死を覚悟した騎士の顔ではなかった。
何千人もの大衆の目の前で処刑されようとしている、俺たちと同世代のただの少女の顔だった。
胸に鋭い痛みが走った。
耳の奥でドクドクと鼓動がうるさく鳴り響き、心臓が跳ね上がっていた。
(なぜだ……?)
(なぜ俺は、こんな感情を抱いている……?)
抑え込もうとしても、記憶の断片が次々と溢れ出してきた。
初めての模擬戦で勝利を収め、小さく微笑んでいたローズ。
親父のあの奇妙な言語を教わりたいと、必死になって食い下がっていたローズ。
剣技を上達させる方法を、何度も何度も尋ねてきたローズ。
二人揃って代表騎士に任じられた時、照れくさそうに笑い合っていたローズ。
そして……
あの尋問の光景が蘇った。
俺の拳が、あいつの顔面を打ち抜いたあの瞬間。
奥歯を強く噛みしめた。
(なぜ俺は……あいつを殴ったりしたんだ……?)
仮に裏切り者だったとしても。
たとえ全ての罪を本当に犯していたとしても……
(……なぜ俺の手で、それを行わねばならなかったんだ?)
群衆の怒号が、再び俺を思考の渦から引き戻した。
「殺せ!」
「裏切り者め!」
「首を撥ねろ!」
叫び声は増す一方だった。
兵士たちはローズを無理やり執行台へと押しつけ、身体を前かがみにさせると、逃れられないよう鎖を固く締め上げた。
そこへ、執行人が姿を現した。
両手に巨大な儀礼用の処刑剣を携え、ゆっくりと階段を上ってくる。鋼の刃が一瞬だけ太陽の光を反射し、男はローズの後ろに控え、構えた。
ローズが静かに目を閉じるのが見えた。
一筋の涙が、彼女の頬を伝って無音でこぼれ落ちた。
俺の中で、何かがパチンと弾け飛んだ。
考えるよりも先に……
俺はゆっくりと槍の穂先を下げていた。
一歩、前へ踏み出す。
もう一歩。
さらにもう一歩。
足を進めるたび、胸を締め付ける苦しさは増すばかりだった。
(違う……)
(こんなのは……間違っている)




