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『二つの世界、一人の魔王』~東京2080からエヴァの大地へ~  作者: 黒猫
第六章:魔神帝国の攻略と聖者《セインツ》の集結
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第82話:ローズの処刑(前編)

週末に更新するのはあまり好きではないのですが、今回は特別に更新します…!

今後の話で、作品の世界観をより把握しやすくするために、マップや世界のルール(設定)を投稿する予定です。

理不尽な孫の手先生の手にすごく影響を受けています笑笑 理解していただけると嬉しいですし、どうか気長にお付き合いください…!

やっぱり重厚なローレ(伝承)や、息づかいを感じられる世界観のある物語が大好きなんです。

  【ケン・アラタカ視点】


 交替のラッパが鳴り渡る遥か前に、俺は目を開けた。


 本当に眠れたのか、それとも一晩中目を閉じたまま横になっていただけなのかは分からない。


 身体は重かったが、頭の中だけが目まぐるしく回転し続けていた。


 部屋の帳から朝の薄光が差し込み始める頃、外から最初の悲鳴や怒号が聞こえ始めた。荒々しい声、急ぎ足の足音、そして朝早くから動き出す兵士たちの、慌ただしい騒音。


 俺はベッドから起き上がり、窓辺へと近づいた。


 ライオンハート要塞の二階からは、中央広場の大部分が見渡せた。何十人もの騎士たちが、木板や縄、工具を抱えて右往左往している。広場の中央には巨大な木造の台が組み上げられ、その周りでは群衆を統制するための柵が整えられていた。


 何が起きているのか尋ねる必要すらなかった。


 今日が、その日だ。


 ゆっくりと窓から離れ、部屋の小さな洗面所に入った。石造りの水栓を開け、冷たすぎる水が両手に注がれるのを待ってから顔を洗った。その冷気が、残っていた眠気を完全に吹き飛ばしてくれた。


 顔を上げる。


 鏡の中の自分が、こちらを見返していた。


(今日が……ローズが処刑される日か……)


 唇を強く噛みしめた。


 胸に渦巻くこの感覚が悲しみなのか……それとも単なる疲労なのかすら、自分では分からなかった。


 数分後、甲冑を身に纏い終えた。金属が自分の身体に馴染む感覚は、いつもと変わらぬ、身体にしみついたものだった。肩にマントを固定し、手袋を締め、最後に昨夜から扉の脇に立てかけてあった黄金槍を手にした。


 深呼吸を一つ。


 そして部屋を出た。


 要塞の長い回廊は、既に完全に目を覚ましていた。兵士、伝令、将校たちが次々と命令を携えて忙しなく行き交っている。誰かが俺とすれ違うたび、即座に足を止めた。


「代表騎士ケン様!」


「おはようございます、殿!」


「お目にかかれて光栄です!」


 中には深く頭を下げてから、再び持ち場へ戻っていく者もいた。


 未だに違和感がある。


 こんな扱いをされることには、一生慣れそうにない。


 だが、理由は分かっていた。


 ウォーリック王国において「代表騎士」とは、単に強い騎士を指す言葉ではない。王国の軍事力を象徴する最大の存在なのだ。兵士たちは憧れ、貴族たちは誇り、平民たちは明日を生き延びる希望を俺たちに託している。


 その上……


 俺は「聖者」の一人として数えられている。


 その称号が、肩にかかる重みをさらに増させていた。


 中央階段を降りていると、聞き覚えのある声が届いた。


「相変わらず早いな」


 首を巡らせる。


 そこには、磨き抜かれた甲冑を身に纏い、背中に巨大な大剣を背負ったカールが歩いてきていた。彼も俺と同じく、この王国の代表騎士だ。


 幾多の戦場を共にしてきた仲であり、俺に気兼ねなく話しかけてくる数少ない相手だった。


「おはよう」


 カールは一瞬だけ俺の槍に視線を落とし、小さく息を吐いた。


「……処刑を見るつもりか?」


「ああ」


 返事はあまりに短く、それ以上言葉を重ねる必要すら感じさせなかった。


 カールは数秒ほど黙り込んだ後、再び口を開いた。


「無茶な真似だけはするなよ、ケン」


 眉をひそめた。


「どういう意味だ?」


 彼は回廊の窓へと視線を逸らした。


「ローズはお前の仲間だった……それに、随分と長い間お前の手元で訓練を受けていただろう」


 俺は沈黙した。


 そして、自分でも驚くほど冷淡な声で答えた。


「あいつは裏切り者だ……忘れたのか?」


 カールは何も言わない。


「親父を……身内を殺し、俺が最も愛した街を滅ぼした敵に手を貸したんだ」


 言葉が吐き出されるように口をついて出た。


 誰かを納得させるためじゃない。


 自分自身に言い聞かせるための言葉だった。


 カールは静かに頭を下げた。


 その表情に怒りはなかった。


 漂っていたのは、失望だった。


 まるで、別の答えが返ってくることを期待していたかのように。


 二人の間で、それ以上その話題が上ることはなかった。


 広場の周囲で騎士たちが持ち場に就くにつれ、時間は刻一刻と過ぎていった。防護柵が設置され、各出入口に巡回兵が配置され、万が一の介入に備えて近隣の屋根には多数の弓兵が配備された。


 巨大な木造の処刑台は、既に組み上がっていた。


 残されているのは……


 罪人だけだ。


 正午が近づくにつれ、平民たちが集まり始めた。


 最初は数十人。


 やがて数百人。


 そして正午前には、広場全体が隙間なく埋め尽くされていた。


 貴族たちの館のバルコニーもまた、すぐに埋まった。俺の立ち位置からは、何人もの公爵や伯爵、有力な商人たちが、見せ物を特等席で鑑賞しようと腰を下ろすのが見えた。


 処刑には見えなかった。


 まるで、祭りのようだった。


 ざわめきが絶え間なく大きくなっていく。


 ある者は罵声を浴びせ。


 ある者は議論を戦わせ。


 多くの者がただ固唾をのんで焦燥感を募らせていた。


 光景を見つめながら、俺の意識はその場から離れていった。


 ミルバーの事を思い出した。


 何ヶ月も積み重なった問いの答えを問い詰めるため、あいつを必死で探してあの島を駆け巡った時のことを。


 それから、記憶はさらに過去へと遡った。


 アカデミー。


 剣すらまともに握れなかった、黒髪の少女。


(違う……そうじゃない)


 何度も何度も諦めずに立ち上がり、練習を繰り返す彼女の構えを正してやる自分の姿が、今でも鮮明に見えた。


 そして、二人揃って代表騎士の称号を授かった日のことを思い出した。


 彼女は笑っていた。


 慎み深く、どこか照れくさそうだが、誇りに満ちあふれた小さな笑顔だった。


 思い返してみれば……


 俺は一度もあいつに言えなかった。


 笑った時の顔が、どれほど綺麗だったか。


 自分の理想を愚直に追い求めるその強さを、俺がどれほど憧れていたか。


 ゆっくりと視線を落とした。


(本当に……)


(……全部、こんな形で終わってしまうのか?)


 ――フォォォォン!!


 複数のラッパの音が、俺の思考を切り裂いた。


 広場全体が一瞬だけ静まり返り、次の瞬間には地鳴りのような歓声と怒号の海へと変貌した。


 要塞の巨大な門が、重々しい音を立てて開き始める。


 兵士たちの護衛に囲まれ、全身純白の服を着た一人の少女が現れた。


 その手首には、重厚な鎖がかけられている。


 ロゼット・ベイカーだ。


 群衆が彼女の姿を認識した瞬間、嵐のような罵詈雑言が降り注いだ。


「裏切り者!」


「殺人鬼!」


「バケモノ!」


 列が処刑台に向かってゆっくりと進む中、石や泥、あらゆるゴミを投げつける者たちが出始めた。


 無意識のうちに……


 俺は柄を強く握りしめていた。指の関節が白くなるほどに。


 カールが静かに一歩寄り添ってきた。


「ケン……」


 俺はゆっくりと首を横に振った。


「変な勘違いをするな」


 声は完璧なまでに落ち着いていた。


「俺だってロゼット・ベイカーを殺したいさ」


 カールは黙って俺を見つめ続けている。


「……それに、何かしたいと思ったところで無駄だ」


 広場を取り囲む建物の上層へ視線を上げた。


「五人もの魔導王の方々が揃っているんだ……あの人たちを前に何かを起こすなんて、自殺行為でしかない」

 カールも俺の視線の先を追った。


 主要なバルコニーの一つで、硬い面持ちで石の手すりに手を置いている男がいた。


 ジェイソン・ベイカー卿。


 自分の実の娘から一刻も目を逸らすことなく、広場を見下ろしていた。


 ……人生とは、なんと皮肉なものなのだろう。

【お知らせ】スペシャル回にて挿絵(イラスト)の visual 掲載が決定しました!

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