第78話:王子と魔王
ゆっくりと、吉田の身体へ意識が戻ってきた。
少年は冷たい部屋の床の上に座り込んだまま、たった今体験したすべての出来事を整理しようとしていた。
魔神王の言葉が、無視できない残響となって脳裏に響き続けている。東京での記憶、ローズ、エレノア、そしてあの虚無の世界で交わした奇妙な会話が交錯していた。
「吉田……?」
エレノアの声が、彼を思考の渦から引き戻した。
「おいおい……マジで別人みたいになっちまってるよ」
吉田は何が起きたのか分からず、片方の眉をひそめた。エレノアはそのまま彼の顔を指差す。
「髪だよ、髪」
少年は自分の髪の毛を一筋、指先でつまみ上げた。黒かったはずの髪はほぼ完全に消え失せ、広間の松明の光を受けて微かに輝く銀白色へと変わっていた。
その白銀の中に幾筋かの黒髪が交じり合って統一感を崩しており、瞳は深紅の色を宿していた。それはローズの瞳とあまりにも似通っており、気づいたエレノアすらも驚きを隠せないほどだった。
女海賊は首を少し傾げた。
「眠ってる間に、一体なにがあったんだい?」
吉田が答えようと口を開けかけたその時、重厚な声が二人の会話を遮った。
魔族の王子が一歩前に踏み出し、敬意を示すように右拳を胸に当てた。相変わらず人間に理解できるはずもない、荒々しい魔族の古代語で語り始める。
「我が王よ、名乗りをお許しください。私の名はデルガド……ですが、気安く名を呼ばれるのは好みません。『王子』とお呼びいただくのが、私にはしっくりときますな」
エレノアは即座に眉をひそめた。
一言たりとも理解できなかったからだ。
しかし、吉田は極めて冷静なままだった。自分でも驚いたことに……その言葉の意味が、まるで母国語のように自然と頭に流れ込んできたのだ。
少年は何度か瞬きをした後、半ば本能に従うように、全く同じ言語で言葉を返した。
「会えて光栄だよ、……『王子』。だけど、正直何がどうなっているのかさっぱりなんだ」
静寂が広間を支配した。魔族の将軍たちが驚愕の視線を交わし合う。当のデルガド自身すらも、いつもの冷静さを取り戻す前に一瞬だけ驚きを隠せずにいた。
「貴方様が意識を失っておられた間に、多くの出来事が起こりました」
その声は依然として揺るぎない。
「お話は単純でございます。今や貴方様は我らの王であり、ここに集いし者すべてが貴方様の配下となりました」
その言葉を聞き、吉田はゆっくりと顔を上げた。そこで初めて、自分が今どんな場所にいるのかを真に自覚したのだ。
広大な玉座の間は、隙間なく埋め尽くされていた。数十もの魔導騎士たちが頭を垂れて膝をつき、その周囲を灰色の皮膚を持つ巨大なオーガ、重厚な鎧を纏ったオーク、立派な角を持つミノタウロス、知識を湛えた魔導士、そして吉田の想像を絶する異形の存在たちが取り囲んでいた。
中には完璧な人間の姿をした男女も含まれていたが、誰一人として動かず、全員が絶対的な敬意を捧げていた。
誰も顔を上げようとはしない。
全員が、ただ一つの命令を待っていた。
吉田はゴクリと唾を飲み込んだ。
あまりにも現実離れした光景だった。
デルガドが再び口を開く。
「察するに……あの方とお話しされたのですね」
少年はすぐさま王子の方を向いた。その問いかけに、背筋を冷たいものが走り抜ける。
「どうして……?」
デルガドはすぐには答えなかった。
代わりに、あまりにも自然に言語を切り替えた。荒々しい魔族の言葉から人間の言語へと移り変わり、エレノアもまた会話を理解できるようになる。
「正直に申し上げれば、私とて何が起きているのか全てを把握しているわけではございません」
真摯な面持ちで認めた。
「ですが、貴方様が魔神王であることは確かです。どのような理由かは分かりませぬが、あの方の魂……あるいはその力が、貴方様の内に宿っている。そして私の目から見ても、その二つが混ざり合い始めております」
王子は一瞬だけ沈黙し、言葉を続けた。
「認めざるを得ませんな。陛下は昔からずっとそうでした。謎めいており、予測不能で、ご自身の決定の理由を語ろうとはなさらない」
ひれ伏す数百の魔族たちへと視線を逸らす。
「ですが今や、問題は貴方様なのです、少年よ。これより貴方様は、あの玉座に就かねばなりません。私の前で……そして彼ら全員の前で……」
再び吉田を直視した。
「貴方様こそが、魔神王なのですから」
その言葉の重みが、ずっしりと少年の肩にのしかかった。
吉田はしばしの間動かず、望んだことすらない圧倒的な責任を受け止めようと、静かに息を整えた。やがて床に手を突き、静かに立ち上がると、背筋を伸ばして広間全体を見渡した。
起きたことの半分も、まだ理解できていない。だが、一つだけ確かなことがあった。
「確かに、あんたの言う通りだ……」
その声は、いつもよりもずっと力強く響いた。
「俺自身、何が起きているのか完全には飲み込めてない……だけど、それでも俺には――」
「陛下、その前に」
デルガドがうやうやしく言葉を挟んだ。
「まず確認しておかねばならぬことがございます」
吉田は口をつぐんだ。王子はきびすを返し、漆黒の巨大な玉座の背後に伸びる通路の一つを指差した。
「お越しください。より静かにお話しできる部屋がございます」
返答を待つことなく、彼は歩き始めた。
疑問に満ちたエレノアが慌ててその後を追い、数人の魔導騎士たちが規律正しく一行の周囲を護衛するように囲んだ。そのうちの二人が意識を失ったシェイリーの身体を慎重に抱え上げ、別の四人が驚くほどの荘厳さをもって、戦死した騎士たちの遺体を運んでいた。
古びた宮殿の果てしない廊下に、足音だけが静かにこだまする。誰一人として言葉を発する者はいなかった。
全員が理解していたのだ。これから訪れる数時間が、この帝国の運命だけでなく……世界全体の運命をも決定づけることになるのだと。
今日の話は短めだけど、どうかな? 実はまだ頭の中のアイデアがちゃんと整理できてなくて……次の章はかなり気合を入れないとですね。だって、ちょっと……あ、やっぱりナイショ! wwwww




