第77話:魔神帝国の復活
毎日更新したいところですが、外国人なのでたまにミスをしてしまうこともあり、正直かなりの挑戦です……書くのは本当に大変ですが、負けずに200話到達を目指して頑張ります!wwwwww
【吉田視点】
ゆっくりと目を開けた。
最初に俺を襲ったのは、自分自身の身体の感覚だった。妙に軽かった。
何度も深く息を吸い込む。一瞬、立ち上がって何時間走っても絶対に疲れないんじゃないかという、バカげた確信が胸を掠めた。
だが、その錯覚はすぐに潰えた。
眉をひそめ、視線を上げる。周囲のすべてが無限の闇に覆われていた。
空もなく、大地もなく、音一つ存在しない。ただすべてを呑み込んでしまいそうな、広大な虚無だけが存在していた。
「え……?」
本能に従って下を見やる。俺は完全に全裸だった。
「なんなんだ、これは……?」
論理的な説明を見出そうと一歩後ろに下がったが、猛烈な寒気が背筋を駆け抜けた。
俺はこの場所を知っている。
「嘘だろ……」
その場で素早く振り返った。
同じ漆黒の闇、同じ虚無、そして完全に無力化されたような重苦しい感覚。呼吸が荒くなり始める。
その時、奴が見えた。
俺からほんの数メートルの場所に、その圧倒的な影が立っていた。
背が高かった。俺よりも遥かに高かった。
その存在感だけで周囲の空気は重く沈み込み、息が詰まりそうになる。背中まで伸びた長い白髪、そして解読不能な静寂を湛えた深紅の瞳が俺を見つめていた。
奴だ。
魔神王。
あるいは……大人になった俺自身の姿。
何一つ変わっていなかった。
数々の地獄のような戦場を生き抜いてきた戦士の、恐ろしいオーラを放ち続けている。しかし今回はどこか違っていた。奴の表情は、俺を殺そうとする者のそれには見えなかった。
薄っすらとした笑みがその顔に浮かび、珍しいコレクションでも検分するように、俺の周囲をゆっくりと円を描くように巡り始めた。
生存本能で戦うことに慣れきった俺の身体は、思考よりも早く反応した。一歩後退し、両拳を構える。
「近寄るな」
奴は鼻から小さく馬鹿にしたような笑いを漏らした。
俺の周囲を完全に一周し、正面で足を止めた。
「未だに理解できん……」
その視線が俺の顔を上から下まで巡る。
「……私になくて、お前にあるものが何なのかをな」
俺は何度も瞬きをし、完全に狼狽した。
「何の話をしてやがる……!?」
何も分からなかった。なぜそんなことを言う? どういう意味なんだ?
息を深く吸い込む。今度は怯えたり、無力な子供のように立ちすくんだりはしない。歯を食いしばり、視線を真っ向から受け止めた。
「何が望みだ、ろくでなしが」
魔神王の笑みが深まった。まるで俺からのその反応をずっと待っていたかのように、心底面白がっているようだった。
「お前と会うのはこれで二度目だな、加藤の坊主」
肩に羽織った古びた赤い外套の下に、両手を滑り込ませる。
「だが恐らく……次に会う時が最後の会合となるだろう」
胃の奥が不快にキュッと締め付けられた。頭の中に疑問が溜まりすぎていて、すべてが急速に進みすぎている。
「なんで俺はまたここにいるんだよ?」
魔神王は無限の闇へと視線を逸らした。
「ちょっとした不都合が生じてな」
より詳細な説明を待ったが、それは来なかった。代わりに、奴はあまりにもあっけらかんと答えを口にした。
「お前は死んだのだ」
言葉を処理できず、俺は完全に凍りついた。
「は……? 何を言ってやがる……!?」
奴は静かに頷いた。
「疑問だらけで混乱するのも無理はない」
再びその瞳が俺を射抜いた。そのトーンは記憶にあるよりもずっと穏やかで、傲慢さも蔑みもなく、ただ深いあきらめだけが漂っていた。
「残念ながら、一つ一つに答えてやれるほどの時間はない。去る前に、二言三言言っておきたいことがあってな」
頭の中が完全な混乱に陥る。
投げかけられる答えらしきものが、新たな疑問の山を生み出していった。だが、この世界に足を踏み入れて以来、ずっと俺を苛み続けてきた最大の謎が一つだけあった。
「なら、今すぐこれを説明しろ……!」
俺は奴を直接指差した。
「なんでこの場所の奴らは全員、俺のことを魔神王って呼ぶんだ!?」
奴の表情が完全に変わった。初めて、かすかなノスタルジーがその顔立ちを和らげる。
「それはな、吉田……」
奴は自分自身を指差した。
「……お前自身がそれを望んだからだ」
その言葉に即座に拒絶感を抱き、俺はすぐに眉をひそめた。首を振る。
「嘘だ! そんなのあり得ない! 俺がそんなバカなことを望むわけがないだろ!」
魔神王は静かに吹き出した。
「本当にそう言い切れるか?」
おかしな確信に満ちたその問いかけに、俺は一瞬だけ絶句した。すると、奴は再び口を開いた。
「あの夜を思い出せ」
ドクン……!
全身の筋肉が強張る。
「病室でのことをな」
心臓が跳ね上がった。押し込めようと必死だった光景が、痛々しいほど鮮明に次々と湧き上がってくる。
無機質な白い天井。心拍モニターの一定でモノトーンな電子音。部屋の窓を強く叩きつける雨の音。
そして……暗闇の中で完全に一人きり、身体が屈するのをじっと待っていた十七歳の俺。
記憶に押し潰されそうになる俺に、魔神王は言葉を重ねた。
「あの夜、絶望か哀愁かに沈んだお前は、耳を傾けてくれるあらゆる神に向かって願いを捧げたはずだ」
唇が震え始める。事実だった。トラウマの奥底に封印して、完全に忘れていた。最期が近いと感じた時、誰もいないあの部屋で声を張り上げて祈ったのだ。しがみつくように。障害を抱えた邪魔者ではない二度目の機会を、生き直せる人生を心から望んだ……。
何が起きようと「他のすべてはどうでもいいから」チャンスが欲しいと懇願した。
魔神王は苦い皮肉を込めて微笑んだ。
「偶然にも……お前の声を聞き届けられる位置にいた唯一の神が、この私だったというわけだ」
その言葉が胸に突き刺さる。この地獄も……この新しい世界で経験しているすべてが……全部俺自身のせいだったというのか?
罪悪感の重さに押し潰され、俺はゆっくりと頭を垂れた。何を言えばいいのか分からなかった。
奴は絶対的な静寂の中で、再び俺の周囲を歩き始めた。
「そう自分を責めるな」
その声はどこか同情的ですらあった。
「結局のところ……今の俺たちは同じ人間なのだからな」
拳を強く握り締めすぎて、爪が白く変色する。
「何一つ分からないんだよっ!」
俺自身の声が爆発し、静寂を切り裂いた。
「すべてが早すぎるんだ! 東京のベッドで死にかけていたと思ったら、次の日にはこんなふざけた世界に落ちてて! それで奴が現れたと思ったら、今度は全員が俺をクソ魔神王だと呼び始める!」
途切れ途切れの息をつきながら、悔し涙が目に溢れ出てくるのを感じる。
「そんなもん、どうやって飲み込めって言うんだよ!?」
魔神王はしばしの間、沈黙を守った。
怒る様子も攻撃的な素振りも見せず、逆に俺を蝕む深い絶望を完璧に理解しているようだった。
やがて、奴は言った。
「私には答えられない問いもある」
俺はゆっくりと顔を上げた。
「拒絶しているからではない……」
嘲笑を完全に削ぎ落とした真剣な眼差しが向けられる。
「……それを明かすのが、私の役目ではないからだ」
怒りを拭い去りながら、俺は眉をひそめた。
「じゃあ、誰なら教えてくれるんだよ!?」
微かな笑みが再びその唇に浮かんだが、今度は絶対的な自信を湛えていた。
「心当たりがある。お前を苛むあらゆる疑問に答える知識を持った者がな」
俺は一瞬たりとも目を逸らしたくはなかった。もしこの広大な世界に、俺の苦しみとエヴァへの到達の理由を説明できる者が本当に存在するなら――どんな代償を払ってでも探し出すと心に誓った。
次の質問を口にする前に、奴の鼻から一筋の血が滴り落ちるのが見えた。
ポタリ。
続いて二滴目、そして三滴目。
「え……?」
魔神王は手の甲で荒々しくそれを拭うと、当たり前のように意に介さない素振りを見せた。だが俺はすでにうろたえていた。
「おい! 一体どうなっちまったんだよ!?」
奴はゆっくりと首を振ったが、その呼吸は明らかに荒くなっていた。
「案ずるな……ただ、私の時間が尽きかけているだけだ」
悔しさから歯を食いしばる。何が起きているのかサッパリ分からない。なぜ全知全能のはずの存在が、目の前で崩壊しかけているんだ?
魔神王は深呼吸をしてから言葉を続けた。
「難破の際に出会った後、私は最後の機会を利用してロゼット・ベイカーの前に顕現した」
その名前を聞いた瞬間、胸が激しく跳ね上がった。
「な……ローズ……!?」
「お前たちが和解を果たした直後のことだ」
穏やかな声で語り続ける。
「嘘だ……!」
俺は勢いよく顔を上げ、奴に向かって一歩踏み出した。
「そんなのあり得ない! ローズはあんたと話したなんて一言も言ってなかったぞ!」
魔神王は共犯者のような密やかな笑みを漏らした。
「お前が海で私と会ったことを、あやつに話さなかったのと同じことだ」
言葉が喉に詰まった。奴の言う通りだった。俺は絶対に話さなかったし、話そうという発想すら浮かばなかった。単に自分一人でその秘密を抱え込むことを選んだのだ。
魔神王は軽く笑った。
「どうやら、大事なことを隠す下手くささはお互い様らしいな」
反論できず、俺は黙り込んだ。数秒の沈黙の後、奴の表情は極めて厳粛なものへと変わった。
「よく聞け、吉田」
俺は言葉を飲んで、静かに頷いた。
「あの女騎士を救え。ローズをな」
切ない苦悶で心臓が潰れそうになる。
「そしてその後……」
目に見えて疲弊しながら、奴は短く言葉を区切った。
「……軍神を探せ」
その称号を記憶に刻み込みながら、俺は眉をひそめた。軍神……?
「訊きたいことは奴にすべて尋ねるがいい」
その声は途切れがちになり、消えていきそうだった。
「奴ならば、私ですら明かすことを許されていない秘密を知っている」
俺は微動だにせず、奴の言葉の一文字一文字を記憶に焼き付けた。何一つ忘れるわけにはいかなかった。
魔神王は再び大きく息を吐いた。その身体が透け始め、暗闇の中で実体を失っていく。
「今回に限り……」
息も絶え絶えに紡ぐ。
「……お前に私の力のすべてを解放してやる」
サー……と冷たい寒気が背筋を駆け抜けた。
「もっとも……現在のお前の肉体で完全に制御できるかは怪しいものだがな」
挑戦的な不敵な笑みがその顔に浮かんだ。
「これから訪れる戦いは、お前がこれまで経験してきた何よりも遥かに危険なものとなるだろう」
ゴクリと唾を飲み込む。比喩などで言っているのではない、本物の警告だと分かった。
エヴァに到達してからの出来事が走馬灯のように頭を駆け巡る。血みどろの戦闘、虐殺、大切な人たちとの痛ましい別れ……それなのに奴は、それらすべてがただのクソみたいな前座に過ぎなかったと言い切っているのだ。
俯き、俺は怒りで拳を強く握り締めた。
「クソくらえだ」
魔神王は黙り込み、俺に発言の機会を与えた。俺は深く息を吸い込み、奴を直視した。
「だが俺にはあんたの力が必要だ、あんたの帝国が必要なんだ……友達を取り戻すためなら、他のことなんてどうでもいい」
魔神王は先ほどとは違う笑みを浮かべた。それは穏やかで、どこか誇らしげな笑みだった。
「まだあやつを友達と見ているのか……ハハハハ」
「その願いを果たすのは……真の吉田の役目というわけか」
瞬きをした。すると次の瞬間、奴の姿は掻き消えていた。
光の閃光も魔法の破音もなかった。ただ、そこに存在しなくなったのだ。
「待てよ!」
俺は必死に前へ一歩踏み出した。
「戻れ! まだ訊きたいことが山ほどあるんだよ!」
返ってきたのは虚しいこだまだけだった。広大な闇の空間は、再び絶対的な孤独へと沈み込んだ。
「答えろよ!!」
俺自身の声が無の広がりに消えていく。誰も答えなかった。若さと運命の重みを感じながら、完全に一人きりで、何時間とも思える時間をそこに立ち尽くした。
やがて、周囲が亀裂を起こし始めた。俺を包む空間が、まるで強化ガラスのようにひび割れていく。視界が霞み、次の瞬間――
ピキィィィン……ッ!
◆◆◆
ハッ……! と息を呑んで目が覚めた。
最初に視界に飛び込んできたのは、視界のほとんどを占める二つの巨大な丸いシルエットだった。混乱しながら二三度瞬きをする。
「え……?」
実際に何を見ているのかを理解するのに少し時間がかかった。丘でも山でもない。それは……胸元?
「って、おい……!?」
バッ! と不器用に頭を持ち上げると、自分がエレノアの膝の上にすっぽりと横たわっていることに気づいた。
女海賊は俺が意識を取り戻したのに気づき、安堵に満ちたため息を漏らした。
「なんだ、お目覚めかいバカシダ!」
「エ、エレノア!?」
彼女はあっけらかんと高らかに笑い声を上げた。
彼女のからかいを無視して、自分の置かれた状況を把握しようと必死で周囲を見回した。
その光景に血の気が引いた。数十もの魔神たちが俺たちを取り囲んでいたのだ。暗黒の鎧を纏った騎士、威風堂々としたオーク、巨大なオーガ、そしてミノタウロス。全員が適切な距離を保ち、厳粛かつ極めて複雑な表情で俺たちを見つめていた。
巨大な玉座の間は死のような沈黙に包まれており、聞こえる音といえば松明の微かな爆ぜる音だけだった。胃がひっくり返るような恐ろしい感覚に襲われる。
「一体……何があったんだ……?」
エレノアは真面目なトーンに切り替え、俺が山で意識を失ってからの出来事を詳細に語り始めた。城への到着、住人たちの反応、そして俺の状態を見て魔神たちの陣営に巻き起こった巨大な混乱について。
俺は息を殺して彼女の話に耳を傾け、事態の大きさを飲み込もうとした。
彼女が話し終えた時、俺は数秒間立ち尽くしていた。
その時、戦闘のことを思い出して胸に冷たい激痛が走った。化け物たちの群れの中から知った顔を探そうと、素早く横に視線を巡らせる。
「あの騎士たちは……?」
俺の声はかすかな囁きとなって漏れ出た。
エレノアはいつもの笑みを消し、冷たい石の床へと視線を逸らした。
言葉を交わさずとも、その沈黙だけで十分だった。俺は即座に理解した。
四人とも……戦死したのだ。
俺のせいなんじゃないか……そんな嫌な予感が胸を刺す。
胸が押し潰されそうなほど締め付けられる。
自分の爪が掌の肉に食い込むほど、俺は拳を強く握り締めた。




