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第70話:魔王騎士との戦い

 グウォォォォォオオオオオオーーッ!!


 地鳴りのような咆哮が、街全体の土台を激しく震わせた。


 足元の地面が、激しく、暴力的にのたうち回る。


 遊んでいた子供たちはピタリと動きを止め、商人たちは怯えた顔で頭上を仰ぎ見、動物たちは一斉に騒ぎ出し始めた。

 吉田とシェイリーは、即座に岩山の高みへと視線を向けた。


 巨大な翼の影が、猛スピードで空を横切っていく。続いてもう一つ。さらにもう一つ。


 数十頭もの黒いドラゴンが、怒り狂った様子で連峰を飛び出していく。

 その咆哮は大気を震わせ、巨大な翼が巻き起こす猛烈な風が、黒い塵を含んだ風となって街へと吹き下ろしてきた。


 吉田は恐怖に目を見開いた。


「一体何が起きているんだ……?」


 隣にいるシェイリーは完全に顔を蒼白にし、脳裏で、すべての点と線がつながっていくのを感じていた。


「嘘……嘘でしょ……」


 そして、彼女は全てを理解した。

 額にピキリと青筋を浮かべながら、ゆっくりと山の麓の方へと首を巡らせる。


「あのバカ海賊、エレノアァァァッ!!」


 カンッ! カンッ! カンッ!


 街の警鐘が、悲痛な音を立てて鳴り響き始めた。


 悪魔族の住人たちは一斉に作業を止めたが、吉田の驚いたことに、彼らは逃げ惑うことはしなかった。


 彼らは群れをなして、古い共同の武器庫へと走り出した。

 ある老人は錆びついた槍を手に取り、ある若者はひび割れた木製の盾を掲げ、数人の少年たちまでもが慌ただしく弓矢を分け合っている。


 吉田はその光景に、完全に当惑した。


「みんな、何をしてるんだ……?」


 シェイリーは視線を落とし、悔しそうに奥歯を噛み締めた。


「武器を集めているのよ、吉田……。気づいていないの? ここでは、彼ら自身が兵士なのよ」


 少年はその場に立ち尽くした。


 光り輝く鎧を身に纏った正規の兵士などおらず、鍛え上げられた巨大な軍団も存在しない。


 ただの農民や職人、鍛冶屋、そしてただの父親たちが、自らの家と家族を守るために、あり合わせの武器を手に取っているだけだった。


 吉田の胸の奥に、苦い塊が込み上げてくる。


 シェイリーは、エルフの弓を力強く握り締めた。


 吉田は暗黒の剣を引き抜き、戦いの身構えをする。


「こんなの、狂ってる……」


 これ以上非難の言葉を重ねる暇もなく、二人は踵を返し、山の麓へと向かって猛スピードで走り出した。


 ◇ ◇ ◇


  連峰の入り口で大混乱が沸き起こる中、黒い鱗を持つ巨大で俊敏な地竜の背にまたがった、一人の堂々たる影が現れた。


 その身には、威圧的な金属の角で装飾された、重厚で禍々しい暗黒の鎧を纏っている。背中には巨大な両手剣が鎮座していた。


 騎獣を止めることなく、その戦士は流れるような動作で巨大な剣を引き抜き、天へと掲げた。

 禍々しく輝く紫色の光が、鋼の刃全体を包み込んでいく。


 乗り手は地竜の背から力強く跳躍し、宙へと数メートルも舞い上がった。


 シュウゥゥゥッ!


 一撃のもとに放たれた強烈な袈裟斬りが、街の最初の家屋に降り立とうとしていた黒いドラゴンの首を、綺麗に両断した。


 首を断たれた巨獣は、物言わぬ肉塊となって地面に激突し、凄まじい土煙を巻き上げた。


 その光景を目撃した武装した住民たちは、歓喜に沸き立った。


「隊長だ!!」


「帝国の騎士様が来てくれたぞ!!」


 暗黒の鎧を纏った悪魔は、その称賛に答えることはなかった。

 冷徹な視線は、即座に山の登山道の先へと向けられる。


「人間か……?」


 その声は、極めて掠れており、冷ややかだった。


 一秒の猶予も無駄にすることなく、隊長は徒歩で連峰へと向かって力強い足取りで進み始めた。


 それを見ていた吉田とシェイリーは、この男がエレノアたちの方向へ向かっていることを察した。


 そのため、躊躇うことなく彼の前へと立ち塞がり、行く手を阻んだ。


 吉田は暗黒の剣を構え、身構える。


「この先へ行かせるわけにはいかない」


 悪魔の騎士は、兜のバイザーの奥から、絶対的な無関心と軽蔑を込めて彼を見つめた。


「そこをどけ、小僧」


「……どくもんか」


 シェイリーは吉田の隣に並び、極限まで引き絞った弓を、敵の胸元へと真っ直ぐに向けた。


「私たちの仲間に、手は出させない!」


 悪魔は兜の奥から、わずかに煩わしいため息を漏らした。


「ならば……貴様ら二人も同罪か。ならば、もはや語る言葉はない」


 戦いは一瞬にして始まった。

 シェイリーが最初に弦を放した。


 ヒュッ!


 矢は悪魔的な速度で空を切り裂いた。

 しかし、帝国の騎士は人間離れした反射神経で、ただ静かに頭を横へと傾けただけであった。矢は彼の兜の金属をかすめ、傷一つ付けることなく通り過ぎた。


 吉田はそのわずかな隙を見逃さず、踏み込んだ。

 全身の推進力を乗せ、暗黒の剣を凄まじい力で振り下ろす。


 ギィィィンッ!


 強大な悪魔は、片手だけでその凄まじい衝撃を巨大な剣で受け止めた。


 吉田は、両腕の骨を震わせるような怪物染みた怪力を感じ取り、その衝撃で二歩後退することを余儀なくされた。


 突如、暗黒の騎士が視界から消え失せる。


「えっ? どこへ……」


 ドカァァァンッ!


 甲冑に包まれた容赦のない拳が、吉田の腹部を正確に捉えた。


 肺から一気に空気が押し出され、吉田の顔が苦痛に歪む。


 少年は数メートルも宙を吹き飛び、岩だらけの地面を激しく転がった。


 彼が体勢を立て直すよりも、呼吸を整えるよりも早く、悪魔の重々しい影はすでに彼の目の前に立っていた。


 ベキッ!


 騎士の重い金属のブーツが、吉田の胸を地面へと容赦なく踏みつけた。

 吉田の肋骨が圧力に悲鳴を上げ、少年は口から暗い血を吐き出した。


「お前、人間ではないな?」


 シェイリーは半狂乱になりながら、三発の矢を立て続けに放った。


 ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!


 帝国の騎士は、ただ両手剣を完璧な円運動で一閃させた。


 三本の矢は空中で、綺麗に真っ二つに切り裂かれた。


 次の瞬間、悪魔は驚異的な速度でエルフの少女の目の前に現れた。


 シェイリーは辛うじて一歩後ろへ下がろうとしたが、間に合わなかった。


 ドッ!


 剣の重い柄頭による一撃が、彼女の右肩を直撃した。


 エルフの少女は近くの岩へと激しく吹き飛ばされ、数メートル先へと弓を取り落とした。

 すぐに立ち上がろうとしたものの、あまりの衝撃に左腕がほとんど動かなかった。


 彼女が傷つく姿を見て、吉田は怒りに咆哮した。


 どうにか立ち上がり、再び攻撃へと転じる。突きを放ち、返す刃で切り裂き、さらに嵐のような連続斬りを叩き込んだ。


 しかし、悪魔はその攻撃の全てを、絶望的なほどの冷静さと絶対的な優位性をもって見切っていた。

 最後に、騎士は力強く膝を突き上げた。


 ドスッ!


 膝蹴りが少年の腹部に突き刺さり、彼の身体を完全にくの字に折り曲げた。

 直後、背中への容赦のない肘打ちを受け、続けて顔面へと拳が叩き込まれた。


「無様だな……」


 吉田は地面に膝をつき、完全に打ちのめされた。


 息が詰まり、指一本動かすこともできず、あまりの激痛に思考さえ白く染まっていく。

 まさに、一方的な蹂躙だった。


 悪魔は両手剣を下げ、冷徹に彼を上から見下ろした。


「見る限り、神聖な武器のようだが……使いこなせていないな」


 騎士は地面に倒れ伏す二人の若者を見つめた。


「貴様らを殺すことに時間を費やす価値はない。我が義務は、この街に災いをもたらした、真の元凶どもを止めることだ」


 吉田は血を吐き出しながら、立ち上がろうと足掻いた。


「あんたが……魔王の、皇子……なのか……?」


 少年は千鳥足になりながら問いかけた。


「違う……」


 その答えを聞いた直後、吉田は地面へと崩れ落ち、その顔は岩肌へと叩きつけられた。


 もはや、立ち上がる力は残されていなかった。


 全くの無関心さで身を翻し、隊長は再び力強い足取りで山を登り始めた。


 ◇ ◇ ◇


 悪魔の騎士は、ただ静かに歩みを進めていた。


 それから間もなく、山道を進んだ先で彼はエレノアと騎士たちと正面から対峙した。


 第二の、そしてさらに激しい戦闘の火蓋が切って落とされた。


 エレノアは距離を取って魔法の拳銃を絶え間なく連射し、ヘッセンの四人の騎士は敵を取り囲むように、異なる角度から一斉に襲いかかった。


 ルシアン卿が強力な一撃を受け止め、片膝をつかされる。オーウェン卿は背後から素早く回り込もうとし、ハロルド卿は首元を狙って鋭い突きを放ち、ガレス卿は後方から支援魔術を展開して彼らの動きを強化した。


 精鋭兵にふさわしい、完璧な戦術的連携だった。

 それにもかかわらず……悪魔の騎士は、肉体的なあらゆる側面において彼らを凌駕していた。


 彼の巨大な剣は、空中に完璧かつ破壊的な軌跡を描いていた。

 その一撃一撃が重すぎて、受け止めるたびに全員が腕を震わせながら後退せざるを得なかった。


 ルシアン卿は肩に深い傷を負って鎧を赤く染め、オーウェン卿は息を切らして膝をつき、ハロルド卿は直撃を受けて盾の金属を粉砕された。


 エレノアは、背後にあった巨大な岩を真っ二つに叩き斬った横薙ぎの一撃を、辛うじて紙一重でかわした。


「一体、どんな化け物だよ、あんたは!!」


 女海賊は、額の汗を拭いながら叫んだ。


 悪魔の騎士は、二つの攻撃を同時に受け流しながら、極めて平然と答えた。


「私は魔神帝国の、ただの三等騎士だ」


 その言葉は、ヘッセンの一行の血を完全に凍りつかせた。

 ただの三等騎士が、四人の精鋭騎士と一人の海賊を相手に、これほど圧倒的な強さを見せつけているというのか。

 もし一般の兵士がこのレベルの力を持っているのだとしたら、帝都にいる魔王の皇子は、一体どれほど桁外れに強いというのだろうか。


 まさにその極限の緊張が走る瞬間――。


 ヒュッ!


 一筋の矢が、灰色の空を視認すら不可能なほどの速度で駆け抜けた。


 矢は、無防備になっていた悪魔の喉元の中央へと、正確かつ深く突き刺さった。


 帝国の騎士は兜の奥で目を見開いた。完全に意表を突かれていた。


 彼は首の傷口へと、ゆっくりと甲冑に包まれた手を伸ばしたが、そこからは暗い血が激しく溢れ出していた。


 彼は苦しげに首を巡らせ、下方の登山道を見つめた。


 そこには遠く、血に塗れ、鎧を損壊させながらも、痛みに耐えて辛うじて立ち上がっているシェイリーの姿があった。

 彼女は両腕を限界まで震わせながら、弓を構え続けていた。


 完璧な一撃を見事に計算し尽くしていた。


 悪魔は、弱々しくも自らの敗北を認めるような苦笑いを浮かべた。

 そして、その両膝が折れ、岩場へと重々しく崩れ落ちた。


 最後には、その身体は前方に倒れ伏し、二度と動くことはなかった。


 重苦しい、静まり返った沈黙がその場を支配した。

 後ろから足を引きずりながら登ってきた吉田は、その強大な戦士の骸から視線を外すことができなかった。

 少年の両手は、抑えようもなく激しく震えていた。


「本当に……本当に……死んだのか……」


 吉田は、掠れた声でぽつりと呟いた。


 エレノアは岩を越えてゆっくりと彼に歩み寄り、その肩を力強く掴んだ。


「何でそんなに怯えた顔をしているんだい、少年?」


 少年は依然として硬直したまま、地面を流れる血を見つめ続けていた。


「だって……こんな風に、誰かが目の前で死ぬのを見るなんて、初めてなんだ……」


 女海賊は眉をひそめ、信じられないといった様子で彼をじっと見つめた。


「本気で言っているのかい、吉田? あんたはヘッセンの内乱の時、一人で八百人以上の武装した騎士を殺したんだよ」


 吉田は悔しそうに首を横に振り、歯を食いしばった。


「違う……その時のことは……僕の記憶にはほとんど残っていないんだ」


 少年はゆっくりと視線を落とした。


「だけど、あの十二人の将たちのことは、はっきりと覚えている……」


 彼は怒りに拳を握り締めた。


「それなのに、どうして今……僕の身体は反応しなかったんだ? どうして何もできなかった? どうして一般の兵士を前にして、これほどまでに弱かったんだ?」


 エレノアは深く、重いため息をつき、その身体の力を抜いた。


「それはね、あんたがこの忌々しい大陸に来た、本当の目的を完全に忘れてしまっているからだよ、吉田」


 女海賊は腕を伸ばし、帝国の騎士の遺体を指し示した。


「あたしたちはここで、くだらない喧嘩をするために来ているわけじゃない。誰彼構わず力比べをするためでもない。目的はただ一つ。魔王の皇子を見つけ出し、手遅れになる前にローズを救い出すための同盟を結ぶことだ」


 その具体的な名前を耳にした瞬間――。

 吉田は山の中腹で、ゆっくりと目を閉じた。


 荒くなっていた呼吸は次第に落ち着きを取り戻し、手の震えも止まった。


 己の弱さに対する恐怖は、依然として胸の奥にくすぶっていた。

 しかし、彼の決意はかつてないほどに強く、再び燃え上がり始めた。


 旅の真の、そして最も重要な目的を果たすには、まだ遥かに遠い。

 もう二度と、怯むつもりはなかった。

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