第6話:運命
【ローズ視点】
鉄の塊が、静かに止まった。二人は自然に降りる。リュウジン先生が、こちらを見る。
「降りないのか?」
「え……あ、うん……」
(くそ……どうやって出る、これ)
彼が扉を開けてくれた。少し恥ずかしくなりながら、私は後を追う。
質素な家の前に立つ。キヨミさんが扉を開けた瞬間――胸に、不思議な感覚が広がった。
静けさ。庭は木々に囲まれ、空気は澄んでいる。穏やかで……静かすぎる。
二人の後について歩き、ようやくリュウジンの家の中へ入った。そして――見た。窓の前。奇妙な装置の上に座る影。
即席の玉座のようなそれに腰掛け、ゆっくりとこちらへ振り向く。
……動いていない。 腕も使っていない。 力も入れていない。
それでも――その椅子は、彼に応えていた。
「ただいま」
リュウジンが言う。青年が顔を上げた。
その瞬間――世界が、止まったように感じた。
肌は白く、夕暮れの光に透けるほど淡い。瞳は静かで、奥に何かを宿している。恐れはない。哀れみもない。ただ――不気味なほどの、静けさ。
黒い髪が額にかかり、窓からの風で揺れている。まるで――リュウジンを見ているようだった。そのままの姿。ただ――もっと若い。若すぎる。
それなのに――胸が、妙に重くなる。
(これは……違う)
惹かれたわけじゃない。同情でもない。まるで――永遠に鞘に収められた剣を見ているような感覚。それでもなお、危険だと分かる剣。
「いらっしゃい」
彼は、静かに言った。
「兄さん、リュウジン。キヨミさん」
そして――私を見る。黙って。じっと。
敵を見る目じゃない。異物を見る目でもない。……何かを、理解しようとしている目。
「彼女は……?」
「ローズだ」
リュウジンが答える。
「しばらく、ここにいる」
一歩前に出る。
「ほ……ら」
手を差し出す。王国の礼に倣って。
……反応がない。一瞬、苛立つ。無視か?
そのとき――彼が、笑った。傲慢な笑みじゃない。疲れていて、でも――真っ直ぐな笑顔。
「ごめん」
彼は言った。
「応えられないんだ」
椅子は、動かないまま。
「ヨシダです」
彼は続ける。
「それと……俺は、動かぬ体だ」
静寂が落ちた。胸の中で、何かが崩れる。同情じゃない。哀れみでもない。もっと――深い違和感。
……それでも。弱く見えない。
しばらくして、リュウジンとヨシダは会話を続ける。声は低く、穏やかで、まるで日常の一部のようだった。その間に、キヨミさんが私の手を取る。
「来て」
微笑みながら言う。
「部屋、見せるね」
うなずいて、ついていく。歩きながら――思わず振り返った。一瞬、目が合う。ヨシダの目。
そこには――かすかな光。ゆっくり消えていく炎のような。悲しみでもない。怒りでもない。ただ――静かな何か。すぐに視線を逸らした。
……なぜか分からない。けれど――お互いに、興味を持っている気がした。理由は、分からないまま。
家は小さく、質素だった。けれど――不思議な安らぎがある。どんな城や陣地とも違う。ある扉の前で、キヨミさんが止まる。
「ここよ」
扉を開ける。慎重に中へ入る。部屋は簡素で整っていて、柔らかな光に包まれていた。低い寝台。小さな机。明るい木の棚。
……きれいだ。きれいすぎる。
私の趣味じゃない。王国での遠征では、冷たい地面で眠り、外套にくるまり、火のそばで休んだ。ここは――本当に休むための場所だ。
「あなたのために準備したの」
キヨミさんが言う。
「少し飾りもしたのよ」
(……ありがたい、けど……)
「ありがと」
私は声に出す。
「す……好き」
(……嘘だ。ケンが見たら、絶対に笑う)
キヨミさんは満足そうに笑う。
「じゃあ、ゆっくりしてね。リュウジンのところに戻るわ」
「ありがと、キヨミさん」
「また来るね」
彼女は付け加える。
「日本語、教えるから」
少しだけ間を置いて――。
「心配しないで」
振り向かずに言った。
「リュウジンと一緒に、あなたの家族や国の情報、探すから」
うなずくしかなかった。キヨミさんは足早に去っていく。急いでいるようだった。
……一人になる。
持ち物を整理する。鎧を丁寧に畳み、部屋の隅へ置いた。まるで――別の世界のものみたいに。
それから、あの柔らかい寝台に倒れ込む。天井を見る。拳を上げて、深く息を吐く。
「へんな……せかい……」
ここ数日の出来事が、現実に思えない。
「魔王……いる……ここ……」
小さく呟く。
「でも……こわい……ない……?」
違和感が胸に残る。
「もう……たおした……?」
まぶたが重くなる。
「みつける……しなきゃ……」
「……そ……れ……」
言い終える前に――意識が沈む。そして――この静かで異質な世界に来てから初めて、深い眠りに落ちた。
【設定補足】
ヨシダの体についてですが、彼は身体が不自由で自力では動けません。「なぜ車椅子が彼の意思で動くのか」と疑問に思われた方もいるでしょう。
本作の舞台は2080年であり、テクノロジーは現在よりも遥かに進歩しています。彼の車椅子は、脳内に埋め込まれたバイオチップと連動した電動式で、脳の電気活動を信号として読み取り、彼の命令通りに動く仕組みになっています。
驚きの技術ですよね。この設定は今後の展開で重要になってくるので、ぜひ覚えておいてください。……本編で詳しく説明すると少し複雑になりすぎてしまうため、こちらの後書きで補足させていただきました。




