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第34話:栄光の姫、カサンドラ・ゼドリエル

一行は、夕闇が迫る木々のトンネルを進んでいた。


影が濃くなるにつれ、草木の間から兵士たちが姿を現す。

彼らの鎧は傷つき、急ごしらえの修理跡が痛々しい。

それは儀礼用の軍隊ではなく、困窮の中で鍛え上げられた歴戦の徒だった。


「閣下……」


先頭の老騎士が通るたび、兵士たちは規律正しく敬礼を送る。


だが、彼らの視線はすぐに疑念へと変わった。

エレノアを警戒し、そしてローズを抱える吉田を奇異の目で見つめる。

その表情には、隠しきれない不快感が刻まれていた。


「全員が、この状況を歓迎しているわけではない」


老人が前を向いたまま、静かに告げた。

吉田の胸に身を預けたまま、ローズが目を細める。


「……それは、具体的にどういう意味かしら?」


「国を裏切り、聖なる誓いを破ったとされる騎士が、我らの大義の中に混じることだ」


老人の声に糾弾の意図はなかった。ただ、残酷な現実を突きつけただけだ。


ローズは答えず、前だけを見据えた。

空気に漂う「裏切り者」という囁きを無視する。


言葉の意味は分からずとも、吉田は彼女の体が強張るのを感じていた。

彼は、支える腕に少しだけ優しく力を込める。

彼女は拒むことなく、その静かな支えを受け入れた。



森が開け、石と闇色の木材で造られた屋敷が姿を現した。

それは壮麗な城ではなく、天然の要塞である山々に守られた秘密の拠点だ。

山脈の向こうに日が沈む中、松明の火が建物の輪郭を照らし始める。


「我らはゼドリエル王家近衛騎士団」


ローズの問いかけるような視線に、老人が応えた。


「簒奪者の汚らわしい命に従わぬことを誓い、正統なる血統を守るために剣を抜いた騎士たちだ」


「……勘違いしないで。私があなたたちに盲目的な忠誠を誓うなんて、期待しないで頂戴」


ローズはいつもの毅然とした、誇り高い口調を取り戻していた。


「あなたたちに協力するにしても、私の提示する条件をすべて呑んでもらうわよ」


「それについては、我々ではなく『彼女』と直接話し合ってもらわねばならんな」


屋敷の入り口に到達すると、数人の精鋭衛兵たちが無言で道を開けた。

中から一人の男が彼らを迎え、冷たい視線で一行を値踏みする。

その視線は、吉田が抱えるローズのところでピタリと止まった。


「魔導師を呼べ。至急だ」


男の短い合図で、薄明るい純白の法衣を纏った女たちが近づいてきた。


彼女たちの手から柔らかな光が溢れ出すのを、吉田は困惑と驚きで見守った。

魔法の熱が、ローズとシェイリーの傷を目の前で塞していく。

この世界の現現実リアリティは、元一般人の吉田にとっては、まだ熱病が見せる夢のようだった。



松明に照らされた、静粛さが漂う廊下を進む。

一行は、五人の重装騎士が守る大きな扉の前で足を止めた。

そこには、他とは違う重々しく厳粛な空気が流れている。


老騎士が静かに扉を開き、一行を中へと促した。


燭台の微かな光に照らされた部屋の中央に、その少女はいた。

栗色の髪。穏やかな顔立ち。

――空間に佇む彼女は、車椅子に静かに座っていた。


周囲の騎士たちが、一斉に深々と礼を尽くす。


「――王女殿下」


誰もが平伏する中、異界の住人である吉田だけが、状況が掴めずにその場で呆然と立ち尽くしていた。

その無作法な振る舞いに、一人の衛兵が憤慨して一歩前へ出る。


「貴様、殿下の御前であるぞ――」


「構いません」


凛とした、しかし柔らかな声がそれを制した。

車椅子の王女――カサンドラの声はどこまでも温かく、戦火の冬に吹く春風のようだった。


「その方に礼を強いる必要はありませんよ。よく無事で戻ってきてくれました」


少女は室内を見渡し、その視線を最後に真っ直ぐ吉田の顔で止めた。


二人の目が重なる。

その瞬間、吉田の中で世界の時間が止まった。

戦場の緊張も、未知への恐怖も感じない。

ただ、胸の奥底から、ひどく懐かしい何かを感じていた。


膝の上に静かに乗せられた、彼女の小さな両手。

動くことを拒まれた肉体の静寂。

指示をきかない身体を知り尽した者特有の、瞳の奥に宿る抵抗の火。


(……あぁ、俺と同じだ)


それはまるで、鏡に映った自分自身を見ているかのようだった。

吉田の胸の奥深くに、柔らかな熱が広がっていく。


英雄と裏切り者が交錯するこの奇妙な世界で、彼は出会ったのだ。

自分と同じように――常に、自分の意のままには動かぬ不自由なからだを生きる、一人の少女に。

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