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第32話:「プロポーションの戦い」の結末

【吉田視点】


橋の上は、嘘のように静まり返っていた。

耳に届くのは、下を流れる川のせせらぎと、俺たちの荒い呼吸の音だけ。すべてが、あまりにも一瞬の出来事だった。


ローズとシェイリーの二人は、埃にまみれ、あちこちをボコボコに殴り合った状態で地面にひっくり返っていた。俺は慌てて、痛々しく股間を押さえているローズの元へと駆け寄る。彼女の美しい顔には数箇所の切り傷があり、そこが早くも青く腫れ始めていた。彼女は騎士としての意地で立ち上がろうとしたが、大剣を握る指先が微かに震えている。


「大丈夫……よ。この程度の不意打ち、なんてことないわ」


ローズは、明らかに無理のある嘘をついた。声がまだ少し裏返っている。


俺は次にエレノアを見た。彼女は横向きにひっくり返り、この大惨事の中でもイラつくほどの冷静さで地面に横たわっていた。


「ああ……全身が痛いよ……。骨がバラバラになりそうだ……」


彼女は呂律の回らない声でそう不満げに呟くと、次の瞬間にはもう、大音量の高いびきをかき始めていた。


「ただ酔っ払って寝てるだけかよ……」


俺は深いため息をついた。

その時、ふと自分の体が以前よりも奇妙に軽くなっていることに気づき、目を見張った。拳をぎゅっと握りしめると、そこには確実に、今までになかった「新しい力」が宿っているような、不思議な感覚がある。俺は残った力を振り絞り、これ以上街の野次馬が集まるのを避けるために、泥酔したエレノアと満身創痍のローズを橋の端の影まで必死に引きずっていった。


その時だ。背筋が凍りつくような『気配』を、俺の肌が敏感に察知したのは。


――カツ、カツ、カツ……。


規則正しい、金属質の硬い足音。

夕日を背に、二人の影がゆっくりと橋を渡ってきた。一人は鋭い眼光の若者、もう一人は鍛え上げられた体躯の老人だ。軽装の鎧に立派なマントを羽織り、腰には見事な剣を帯びている。どう見ても本物の、手慣れた騎士だ。

俺の野生の直感が「危険だ」と激しく警鐘を鳴らし、頭で考えるよりも先に、俺はローズの漆黒の剣を両手で構えていた。

攻撃するためじゃない。それ以上近づくな、という明確な警告のつもりだった。


だが、彼らは俺たちの警戒など、最初から見ようともしなかった。まるで俺がそこに存在しない透明人間であるかのように目の前を通り過ぎ、一直線にエルフの少女――シェイリーの元へと向かったのだ。

地面に倒れたままのシェイリーが、顔を引きつらせながら疲れ切った笑みを浮かべる。


「遅かったじゃない……。待ちくたびれたわよ」


彼女は嗄れた声でそう言った。それから、顎でローズのほうを指し示す。


「あいつが例の『ロゼット・ベイカー』よ。で、そっちの床でよだれ垂らして転がってる年増のクソ女が、エレノア・アラソーン」


名前を呼ばれたエレノアが床で「ウグゥ……」と唸り声を上げたが、結局起き上がることはできなかった。緑の髪のエルフは、次に好奇心と不審に満ちた目で俺を凝視した。


「……で、その大剣を持ってるガキは誰だか知らないわ」


二人の騎士の視線が、同時に俺へと巡らされた。そして、俺の手に握られた、人間の身では扱えないはずの『漆黒の剣』を見た瞬間、彼らの形式的な無関心は完全に消え失せた。その目に見える驚愕の色が、周囲の空気をずっしりと重く沈ませていく。


「吉田……」


背後からのローズの静かな声で、俺はハッと我に返った。

彼女は痛みに耐えながら苦労して立ち上がり、俺を背後に隠すようにして前に立ちはだかった。騎士たちは彼女の負った深い傷と、それでも衰えない鋭い眼光を目の当たりにし、わずかに警戒の度合いを強めた。


「争いに来たのではない」


老人の騎士が、地響きのような重厚な声で言った。


「我々は平和的な話し合いを求めて、ここへ来たのだ」


「平和?」


ローズはその言葉を、心底不愉快そうに吐き捨てるように繰り返した。


「この耳の長いシェイリーがいきなり仕掛けてきた不意打ちは、その『平和』とやらの一環なわけ?」


「彼女の衝動的な振る舞いについては、我々から謝罪しよう」


若き騎士が、冷静に答えた。


「だが、ロゼット。君と話さなければならない重大なことがあるんだ」


「私は世界公敵の罪人よ。今さら法の番人たちが、この私に何の用があるっていうの?」


「すべてには説明が必要だ」


老騎士が、粘り強く言葉を重ねる。


「だが、ここでは少々人目が多すぎる。……ついてきなさい」


――ウプッ……オェェッ……!!


強烈な吐き気が、緊迫した沈黙を容赦なくぶち破った。エレノアが千鳥足でふらつきながら、ようやく立ち上がっていた。


「あんたたち……いい大人が群がってさ……」


海賊の女は、口元を拭いながら不敵に呻いた。


「いいじゃないか、話くらい聞いてやろうよ。でかいトラブルの匂いが、アタイの鼻にプンプン伝わってくるよ」


ローズは苛立ちに目を閉じ、最終的に諦めたように小さく頷いた。彼女は構えていた剣を下げたが、その柄を決して手放そうとはしなかった。


俺たちは、夕暮れ時の静まり返った街を後にした。

引き返す人々の好奇の視線が俺たちの背中に容赦なく突き刺さっていたが、やがて街の喧騒は遠ざかり、代わりに新鮮な夜草の香りが優しく漂ってきた。


オレンジ色から夜の藍色へと染まりゆく夕日の下、俺たちは広大な草原へと辿り着いた。若い騎士は動けないシェイリーを背負い、老人が先頭を静かに歩く。エレノアは千鳥足でぶつぶつと文句を言いながら進み、そして満身創痍のローズは、その体重のすべてを俺の肩に預けていた。


俺はいまだに、何一つとしてこの状況を理解できていなかった。

けれど、冷たい夜風に揺れる高い草の波を黙って見つめながら、俺の心は静かに悟っていた。


あの静かな山の中で、ローズと過ごした平穏な時間は――もう、本当に終わってしまったのだということを。

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