第2話:ヨシダの願い
議論は、白い制服をまとった一人の若い看護師によって遮られた。どこか儚げで、優しい目をした女性だった。
「失礼します、加藤さん。……つい、会話が聞こえてしまって」
リュウジンとヨシダは、驚いたように彼女を見た。看護師は、ふわりと微笑む。
「キヨミ……」
リュウジンが小さくつぶやく。彼女は彼に視線を向けた。
「家族の話に割り込むのは良くないのですが……加藤さん、少し厳しすぎませんか?」
次に、ベッドに横たわるヨシダへ視線を移す。
「そして、ヨシダさん。あなたもお兄さんの気持ちを、少しだけ考えてあげてもいいんじゃありませんか?」
二人は気まずそうに視線をそらした。リュウジンは深く息を吐き、顎に手を添える。
「……ヨシダ。少し考えさせてくれ。明日、落ち着いて話そう」
キヨミはそっとヨシダの髪に触れる。
「それでいいですか? ヨシダさん」
「は、はい……別に構いませんよ」
「ふふっ、顔が真っ赤ですよ」
彼女は楽しそうに笑った。リュウジンも堪えきれずに吹き出す。
「動けたら、手ぐらい払ってるよ」
ヨシダが小さく噛みつく。
「ははは、年頃だな」
「リュウジン!」
弟が抗議し、キヨミは声を上げて笑った。その笑い声が、さっきまでの重い空気を溶かしていく。そのとき、キヨミはハッとしたように顔を上げた。
「そうだ、加藤先生!」
リュウジンが目を向ける。
「大事なことを忘れていました。……急患です」
「急患?」
「はい。救急に少女が運ばれてきました。先生に診てほしいと」
キヨミは申し訳なさそうに言う。
「上司からお休みをもらっているのは分かっています。でも……今回だけは、先生じゃないと困るんです」
リュウジンはうなずき、弟を見る。
「分かった。ヨシダ、また明日ゆっくり話そう」
「行っていいよ……気にしないで」
リュウジンはキヨミへ向き直る。
「キヨミさん、弟をお願いします」
「大丈夫ですよ。任せてください」
リュウジンは足早に病室を出て行った。数秒後、キヨミがぽつりと言う。
「……行っちゃいましたね」
その後しばらく、キヨミはヨシダと談笑した。人懐っこい性格の彼女だが、不思議とヨシダは疲れを感じなかった。むしろ、その明るさが心地よかった。やがて、彼女は立ち上がる。
「さて、ヨシダさん。そろそろ行きますね」
「ありがとう、キヨミさん」
軽く微笑むヨシダ。キヨミはドアに手をかけたところで、ふと動きを止めた。
「そうだ。……高校のこと、まだ私の手が必要ですか?」
ヨシダは、彼女の澄んだ瞳を見つめ返した。そして――静かにうなずく。
「はい。キヨミさんの助けが、まだ必要です」
「今の体で……それでも行きたいんですか?」
彼女の問いに、ヨシダは黙ったまま。そして、ゆっくり語り始めた。
「……俺は、生まれつき体が動かない。ずっと兄に頼ってきた。友達もいない。何もできなかった」
キヨミは胸の前でファイルをぎゅっと握る。
「時間がないのは、自分でも分かっています。だから……せめて一度だけ、高校に行ってみたいんです。死ぬ前に、ほんの少しでいいから……世界を知りたい」
彼の静かな告白に、キヨミは唇を震わせる。
「ヨシダさん……」
「どうしても、行きたいんです」
キヨミは優しく微笑んだ。
「分かりました。……私、応援します。どんなことでも言ってくださいね」
「ありがとう、キヨミさん」
彼女は扉を開いたが、ヨシダの言葉にまた立ち止まる。
「……兄さんは、俺のために医者になったんです」
キヨミはそっと振り返る。
「俺を治したくて……ずっと夢を追ってた。でも、現実は残酷で。兄さんも、もう分かってるんです。俺が助からないって」
彼女は何も言えず、ただ聞いていた。
「本当に……いい兄なんです。だから――誰か、そばにいてあげてほしい」
その意味を悟ったのか、キヨミは真っ赤になる。
「えっ……?」
ヨシダは苦笑した。
「動けない俺は、観察だけは得意なんです。キヨミさん」
「も、もう……ヨシダさんって……!」
彼女は慌てて笑い、深く頭を下げる。
「では、戻りますね! し、失礼します!」
バタン!
ドアにぶつかりそうになりながら出ていく。
「ふふ……」
ヨシダはそっと笑い、天井を見上げた。静寂が戻る。 ――少しして、彼はつぶやいた。
「……言いすぎたかな」
天井を見つめたまま、かすかに息を吐く。
「神様……もし本当にいるなら……俺に、もう一度だけ人生をください」
瞳を閉じる。
「次は……ちゃんと生きたい。お願いだ……こんな終わり方、嫌だ」
ゆっくりと呼吸が弱まっていく。
「俺の人生……本当に、運がなかったな……」
そう呟いたあと、ヨシダは静かに眠りに落ちた。
読者の皆様、お読みいただきありがとうございます。
現在、作品の修正を少しずつ進めております。執筆についてはまだ初心者で、至らない点も多いかと思いますが、温かく見守っていただけると幸いです。
この物語は、日々の生活の中で直面する様々な出来事から少し離れ、自分なりの世界を描きたいという思いから生まれました。
普段は大学で法学を学んでいるため、学業との両立になりますが、できるだけ定期的に更新できるよう努めます。
これからもよろしくお願いします。




