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魔王に恋した若き女騎士が二つの世界の運命を変えた話 〜ロゼット・ベイカー戦記〜  作者: ケン・アラタカ
第一章:異世界から来た女騎士、2080年の東京に降臨する
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第1話:異世界の女騎士、現代日本へ

  【ローズ視点】


 体 が、重い。


 息を吸うたびに胸が軋み、まるで肺が空気を拒絶しているかのようだった。

 何があったのか思い出そうとしても、意識の底にあるのは――巨大な何かに乱暴に投げつけられたような、鈍い衝撃の記憶だけ。


 全身が痛い。


 目を開けた瞬間、暴力的なほどの白い光が視界を焼き、私は何度も瞬きを繰り返した。

 やがて、網膜が少しずつ周囲の輪郭を捉え始める。


 見知らぬ部屋だった。

 あまりに清潔で、そして静かすぎる。


 壁はどこまでも滑らかで、旗も、紋章も、神々の象徴すら見当たらない。

 こんな場所、今まで見たことも聞いたこともない。


(……私、死んだの?)


 だが、そこには伝説に聞く霧もなければ、神の声もしない。

 想像していた死後の世界とは、決定的に何かが違っていた。


 代わりに、金属と透明な素材で作られた奇妙な器械が私を囲んでいる。

 細い管が私の体に這い、どこか得体の知れない場所へと伸びていた。


 血の匂いもしない。鉄の匂いも――しない。

 その清潔すぎる無機質さが、どんな深手よりも恐ろしかった。


 部屋に響いているのは、一定の間隔で刻まれる高い音。


 ピッ……ピッ……


 その規則正しい音が、耳の奥をひどく不快に震わせる。

 音の正体を探そうと首を動かすが、体が鉛のように重く、思うように反応しない。

 力が、まったく入らないのだ。


 そのとき、ふいに意識が覚醒した。


(――私の剣は!?)


 反射的に起き上がろうとした瞬間、背中に鋭い痛みが走る。

 だが、その激痛よりも胸を支配したのは、底知れない不安だった。


 声を上げようとした。助けを求めようとした。

 ……しかし、喉は乾ききり、掠れた息が漏れるだけだ。


 理解した。私は捕らえられたのだ。

 無力で――生まれて初めて、本当の意味で「ひとり」だった。


(くそっ……!)


 沈黙を破ったのは、近づいてくる足音だった。

 重く、規則的な歩み。


 その向こうで誰かが話している。全く知らない言語。

 なのに……なぜか、遠い記憶の澱で聞いたことがあるような、奇妙な感覚に襲われる。


 足音が目前まで迫る。

 反射的に身体をこわばらせ、武器になりそうな物を探したが、指先すらまともに動かない。


(……何かの呪いか? 魔力すら封じられているというのか……?)


 扉が、開いた。


 数人の人物が入ってくる。

 白い装束に身を包んでいるが、どこにも紋章がない。

 聖職者なのか、魔術師なのか……判断がつかない。

 ただ、その表情は驚くほど冷静で、事務的だった。


 敵意は感じない。だが、安堵もできなかった。

 彼らが交わす言葉の意味は一つも解らないのに、胸のざわつきは激しくなるばかりだ。


 そのとき――一歩、前に進み出る者がいた。

 他の人間と同じ装束を纏っているはずなのに、私の直感が激しく警鐘を鳴らす。


 若い男だった。

 穏やかだが芯の強さを感じさせる面立ち。

 脅威を感じさせる風貌ではないのに、なぜか目を離せない。


 不思議な静けさをまとった男だ。

 黒い髪が額にかかり、茶色の瞳がまっすぐ私を射抜いていた。


 視線がぶつかった瞬間、肺の空気が凍りついた。


(……どうして?)


 知らないはずだ。会ったこともないはずだ。

 なのに、どうして私は彼を知っているような気がするのか。


 男が口を開いた。低く、落ち着いた響き。意味は解らない。

 それでも、その声を聞いた瞬間、私の心を締め付けていた恐怖が、ほんの少しだけ解けていくのが分かった。


「……名前、は?」


 身体が震えた。この響き……どこかで、聞いたことがある。

 失われかけた記憶の迷宮に、確かに刻まれていた響き。


「……ロー、ズ……。私の……名は、ローズ……」


 意志とは無関係に、唇が動いた。

 男は静かに、一度だけ頷く。


「こんにちは、ローズ。俺はリュウジン。……君の医者だ」


 彼は視線を透明な板のような物へ向けた。

 指が触れるたびに光の文字が浮かび、自在に動き出す。

 まるで命を吹き込まれた魔法文字のようだ。


(――おかしい)


 私は、本来なら身動きすら取れないはずだ。

 なのに――指が動く。足に感覚が戻る。

 ありえない。だが、これは好機だ。


 奴らが油断している隙に、体に付いている管を力任せに引き抜いた。

 走る激痛を殺し、ベッドから飛び起きる。逃げなければ。


 そして――私は走った。


 バタンッ!


 扉を思い切り押し開ける。

 背後で驚愕の声が上がるが、構わずに廊下を駆け抜けた。

 視界が揺れ、寒気が背中を駆け抜ける。


「ローズ!」


 背後からリュウジンの声が追いかけてくる。

 群れをなす人々の間をすり抜け、肩をぶつけ、倒れそうになりながらもひたすら出口を求めて進む。


 そのとき、青い服を着た二人の男が立ちはだかった。

 腰に奇妙な鉄の装置を下げている。


 彼らが手を伸ばした瞬間――考えるよりも先に、戦士としての本能が爆発した。


 バキィッ!


 一人の顔面に、無駄のない渾身の拳を叩き込む。

 間髪入れず、その反動で跳ね起きるように、もう一人の胸を正面から蹴り抜いた。


 ドカァッッ!!


「ぐはっ……!?」


 男は後ろの透明な壁に、鈍い音を立てて激突した。


 衝撃が足首まで響く。

 荒い息を吐きながら階段を駆け下り、ふらつく足取りで出口をこじ開けた。


 巨大な要塞のような建物を脱し、裏手の細い路地へと飛び込む。

 目に飛び込んできたのは、見たこともない極彩色の光、異様な臭い、そして地鳴りのように響く轟音。


(ここは……どこなのだ……?)


 私は、暗い路地の中で立ち尽くす。

 この未知の世界で、これからどう生きればいいのかも分からぬまま。

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― 新着の感想 ―
そういうことでしたか、現代日本に転移したんですね
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