第28話:世界で最も恐れられている女海賊
この話をもって、現在のエピソードは一区切りとなります。次回の更新からは新章に突入しますので、物語がどのように動き出すのか、ぜひ楽しみにしていてください!
【吉田視点】
危険は――
思っていたより、ずっと近くまで迫っていた。
港へ向かって、足早に進む。
一歩進むごとに、潮の匂いが濃くなる。
波が桟橋に打ちつける音。
ザァン……ザァン……
それに重なるように、船乗りたちの怒鳴り声や商人の呼び込みが飛び交っていた。
そして――また、視界に広がる。
海。
果ての見えない水面が、朝の光を反射して揺れている。
岸には無数の船が並んでいた。
巨大な商船。高くそびえるマスト。巻かれた帆。
その隣には、小さな漁船や古びたボートが肩を寄せ合うように停泊している。
隣では彼女が歩みを止めずに進んでいた。
だが、その表情が少しだけ変わる。
視線が動く。
一隻ずつ、船を見ている。
測るように。
値踏みするように。
(……まさか、盗む気か?)
聞かなかった。
でも、考えていることはなんとなく分かる。
ただ――違和感もあった。
(船って……馬みたいに簡単にいくのか?)
船員。ロープ。錨。
それに何より――
人が多すぎる。
彼女もそれに気づいたのか、わずかに眉をひそめた。
ほんの一瞬だけ。迷い。
(……あの人でも、悩むことあるんだな)
その時だった。
近くで、言い争う声が上がる。
荒い口調。意味は分からない。でも――怒っているのは分かった。
「出ていけって言っただろ!」
「はっ、腰抜けどもが!」
数人の男が、箱や網の陰から現れる。
そのうちの一人が、誰かを突き飛ばした。
ドサッ――
湿った砂の上に転がる影。
「そのクソみたいな酒も持ってけ!」
笑いながら男たちは去っていく。
残された影は、しばらく動かなかった。
やがて――ゆっくりと顔を上げる。
女だった。
長い黒髪。少し乱れている。
服装は……妙だ。
船乗りっぽいのに、どこか派手で、統一感がない。
そして目元には――
黒い薔薇のような意匠の眼帯。
ふらり、と立ち上がる。
(……酔ってる)
かなり。砂を払おうとして――失敗している。
でも本人は気にしていないらしい。
そして。
視線が合った。
彼女と。
数秒の沈滅。
女は首を傾げる。目を細める。
そして――笑った。
妙に自信満々な笑み。
「へぇ……」
楽しそうな声。
その中で、一つだけ分かった単語。
ローズ・ベイカー。
体が固まる。
(なんで名前を……?)
隣も、わずかに反応した。
女はふらつきながら近づいてくる。
「逃げてる最中って感じ?」
言葉は分からない。でも――ニュアンスは伝わる。
挑発。軽口。
「誰?」
冷たい声。
女は大げさに胸に手を当てた。
「おおっと、ひどいなぁ!」
くるりと回って、芝居がかった一礼。
「海の古い友達を忘れたの?」
「見たことない」
即答。同時に、黒い剣に手が伸びる。
「エレノア・アラソーン!」
誇らしげに名乗る。
「偉大なる海賊! 未来の伝説! そして時々プロの飲んだくれ!」
(……テンション高いな)
言葉は分からないのに、空気で伝わってくる。
そのまま、こっちを見る。目が輝く。
「で、その子は?」
ぐいっと顔を近づけてくる。悪戯っぽい笑み。
(距離、近っ……)
「なかなか可愛いじゃない」
意味は分からない。でも――分かる。これは分かる。
(今のは絶対ロクなこと言ってない)
「……えっと」
ウインク。
「やあ、イケメン」
(いや絶対言っただろ今)
隣から、ため息。明らかにイラついている。
「あなた」
両手を上げる女。
「はいはい、分かってるって」
そして声を落とす。
「今、あんたたち……全員に探されてるよ」
空気が変わる。ぴたり、と張り詰める。
「名前、海まで届いてる」
冗談みたいな口調なのに、内容は重い。
(……やっぱり)
女は伸びをする。
「いやぁ、ワクワクするねぇ!」
「……どうして?」
素直な疑問。その瞬間――笑みが広がる。
「世界一の指名手配犯を助けるなんてさ――」
腕を広げる。
「海賊として最高のネタじゃない?」
自分を指差す。
「“エレノア・アラソーン。最凶の逃亡者を逃がした女”」
ドヤ顔。
「……かっこよくない?」
(この人、楽しんでるな……)
数秒の沈黙。そして――
「船、ある?」
一言。女は指を立てた。
「もちろん!」
ちらりとこちらを見る。
(……決めたのか)
「見せて」
満面の笑み。
「ついてきて!」
少し離れた浜へ案内される。
歩き方はふらふらしてるのに、妙に速い。
そして止まる。両手を広げる。
「これだ!」
見る。沈黙。もう一度見る。
……
(……え?)
小さい。古い。塗装は剥げてる。板は歪んでる。
帆は何度も縫い直されてる。
女は胸を張る。
「我が愛船――“海の女神号”だ!」
……
……
顔を見合わせる。船を見る。また顔を見る。
「……ゴミ」
「ちょっと!?」
「行く」
くるりと背を向ける。反射的についていく。
その瞬間――
「うわああああああん!!」
砂に崩れ落ちる音。
バサッ!
女が膝から崩れる。そのまま這ってくる。
がしっ。足にしがみつく。
「お願いぃぃぃ!!」
「離して」
「やだぁぁ!!」
必死すぎる。その時。こっちを見る。目がキラキラする。
(嫌な予感)
「じゃあさ!」
跳ねるようにこっちへ。
「せめて別れのキスを――」
「は?」
その瞬間――
ゴンッ!!
鈍い音。拳が頭にめり込む。
女がひっくり返る。
ドサァ……
「……やめて」
冷たい声。
数秒後。仰向けのまま、にやりと笑う。
「ダメ元ってやつだね」
(強いなこの人……いろんな意味で)
その時。視線が変わる。街の方へ。つられて見る。
――騎士たち。
家を叩き、扉を開けさせ、人を問い詰めている。
(来た……)
即断。
「乗る」
女が跳ね起きる。
「やっぱり!?」
馬を解く。首を軽く叩く。
「ありがとな」
ヒヒン……
静かに鳴いて、去っていく。
体はまだ重い。それでも支えられながら、船へ。
ギシ……と板が軋む。
女が船を押す。
ザザッ……と砂を削りながら、水へ。
揺れる。ゆらり、と。
海が広がる。
後ろには――街。そして騎士たち。
帆が上がる。
バサッ!
「さあ――名声へ一直線だ!」
大げさな声。隣はため息。オレは――
ただ、水平線を見る。
(……本当に、戻れないんだな)
そして。
三人で――
ゆっくりと港を離れていった。
最近、大学が忙しくて時間を取られがちですが、それは大したことではありません。自分にとってこの物語を書くことは、とてもリラックスできて、ストレス解消にもなっているからです。




