第23話:ローズの願い
【吉田視点】
ローズが目を覚ましてから、一日が過ぎた。
それからというもの――彼女は、どこか変わってしまった。
あの頑固で、人懐っこくて、どこか抜けていた少女の面影は薄れ、代わりにそこにいるのは、より静かで、より鋭く、そして距離を感じさせる存在だった。
まるで胸の奥で、誰にも見えない戦いを続けているかのように。
もっとも、無理もないのかもしれない。
ここ数日で起きたことは、どれも現実とは思えないほど異常で、恐ろしくて……未だにどこかで夢なんじゃないかと疑ってしまう。
望。
あの落下。
ローズ。
そして、この世界。
それに――まだ塞がりきっていない傷のように、脳裏にこびりついて離れないもの。
兄貴――龍神の死。
あの時のことは、今でもはっきりと思い出せる。
真実を知った瞬間。どうやって死んだのか。どれほど理不尽に、呆気なく終わってしまったのか。
あの記憶は、一時期……ただただ、死にたいという気持ちを強くするだけだった。
けれど、今は違う。
(帰りたい……)
無事に、元の場所へ。
自分のためじゃない。
ローズのために。
ここがどんな場所であれ――はっきりしていることが一つだけある。
(この世界は……俺たちを歓迎していない)
彼女の言葉を思い出す。
そんなことを考えていた時だった。
「吉田。少し外へ出てくる」
不意に声をかけられ、視線を上げる。
すでに立ち上がっていた。
乱れた髪を軽く整え、岩壁に立てかけられていた黒い剣へと手を伸ばす。
その動きは、あまりにも自然で――
まるでそれが、最初から自分の一部であるかのようだった。
「少し周囲を見てくる。ここがどこなのか、確かめたい……それに、少し頭も冷やしたい」
落ち着いた声だった。
黙ってその姿を見つめる。
話し方も。立ち方も。剣の持ち方も。
どれも以前とは違う。
(……まるで、兵士みたいだな)
「一緒に行けたらよかったんだけど……まだ、ちゃんと動けない」
思わず漏れた言葉は、情けないくらい弱々しかった。
彼女は数秒ほどこちらを見つめると、顎に手を当てて少し考えるような仕草を見せる。
「焦る必要はない。自分のペースで慣れていけばいい」
そして、ほんのわずか間を置いてから――
「赤子でもできることだ。あなたにもできるはずだ」
……
(それ、今言う必要あったか?)
内心でため息をつく。
彼女はくるりと背を向け、そのまま洞窟の出口へと歩き出した。
小さな焚き火の炎が揺らめき、彼女の影を歪ませながら岩壁に映し出す。
その影は、ゆっくりと細くなり――やがて外の闇へと溶けるように消えていった。
そして――
一人、取り残される。
……いや。
完全に一人、というわけでもなかった。
足元では、小さな温もりがもぞもぞと動く。
あの獣の子どもたちが、体温を求めるように脚へと擦り寄ってきていた。
小さな体が規則的に上下し、安心しきった様子で眠っている。
母親の姿はない。
朝からずっと外に出たまま、まだ戻ってきていなかった。
あの巨大な生き物が何なのか――正確には分からない。
けれど、ここに運ばれてきてからというもの、妙にこちらに懐いているように感じる。
ほとんど毎日、何かしらの獲物を咥えて戻ってきては、それを目の前に置く。
まるで餌を与えるみたいに。
(……餌付けされてるのは、こっちの方かもしれないな)
苦笑が漏れる。
奇妙な状況のはずなのに――
どこか、落ち着いている自分がいた。
だが今日は、その戻りが遅い。
岩にもたれかかりながら、ぼんやりと洞窟の奥を眺める。
焚き火の火が、ぱちぱちと乾いた音を立てて揺れている。
外とは違い、ここはひんやりとした空気に包まれていて、肌にじっとりとまとわりつく。
その静けさが、逆に意識をぼやけさせていく。
瞼が重い。
ほんの少しだけ、目を閉じるつもりだった。
(少しだけ……)
そう思ったはずなのに。
気がつけば――意識は沈んでいた。
どれくらい眠っていたのか分からない。
けれど――
不意に、音がした。
最初は夢の続きかと思った。
遠くで、何かがぶつかるような鈍い音。
だが、それは一度では終わらない。
再び。
そして、何度も。
次第に輪郭を持ち始める。
足音だ。
しかも、一つじゃない。
複数。
砂を踏みしめるような、重く速い足取り。
それに混じって――
叫び声。
人の声。
(……人間?!)
一瞬で、眠気が吹き飛んだ。
物語はまだ始まったばかりで、ようやくエンジンがかかってきたところです。まずは今の章の次に来る大きな長編を書き終えることを、第一の目標にしています。もしそこまで描き切っても手応えが足りないと感じたら、次はアイドルをテーマにした新プロジェクトに挑戦しようと考えています。




