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第20話:魔王狩り

(また――無力)

(また――間に合わない)


風が吹く。

そして――

もう一度、音が届いた。


グルル……


さっきよりも――近い。

吉田は顔を上げる。

焦りと恐怖が、入り混じったまま。


戻ってきた。

あの獣が。


顎は――

綺麗だった。

血はない。

だが――

もう、目に映るものを信じられない。


ゆっくりと近づいてくる。

足取りに迷いはない。

目の前で止まる。

見下ろす。


縦に裂けた瞳。

そこに宿るものは――

敵意ではない。

だが――

理解できない。


飢えでもない。

好奇心でもない。

(……認識。それに近い何か)


ヨシダは、剣を握ろうとする。

立ち上がる。

振り下ろす。

刺す。

殺す。

せめて――

遺体でも、取り戻すために。


だが――

指が、動かない。

力が抜ける。

身体が崩れる。

視界の端が、暗く染まる。


剣は、胸の下に半ば埋もれた。

獣は、静かに頭を下げる。

衣服を咥える。

そして――

引く。


ズズッ……


砂の上を、引きずられる。

摩擦が、黒い上着を裂く。


ビリッ――


乾いた音。

布が千切れる。

そのまま、後に残る。

砂の上に広がるそれは――

まるで脱ぎ捨てられた皮のようだった。


異世界の制服。

この砂漠には、似つかわしくない遺物。


太陽が傾く頃――

意識が、途切れた。


闇。


◆ ◆ ◆


ドドドドドドドッ――!!


百の馬が大地を叩く。

夕暮れの静寂が、砕け散る。

地平線の向こうから――

現れる。

武装した騎馬隊。

金属の波のように。


やがて――

止まる。

砂が乱れた場所。

何かが起きた痕跡の上で。


一人の男が、最初に降りた。

長身。

黒髪。

言葉を発する前から、圧を放つ存在。

手には――

黄金の槍。

沈みかけた太陽と、輝きを競う。


槍を砂に突き立てる。

兜を外す。

ケンだった。


視線が走る。

無駄がない。

戦場のそれ。

痕跡を追う。

引きずられた跡。

しゃがむ。


黒い上着を拾い上げる。

じっと、見る。


「……これは……?」


異質。

布の質感。

裁断。

どれも、見覚えがない。

金属の留め具。

均一すぎる形状。

手作業ではありえない精度。


「軍の装備ではありません」


一人が呟く。


「どのギルドにも属さぬ造りだ」


別の声。

ケンは、目を細める。


「……剣はここで落ちている。そこから先は――何かに連れて行かれた」


一人の騎士が、砂を吐き捨てる。


「この砂漠は魔獣だらけだ。どうせ喰われたんだろう」


即答はしない。

視線を落とす。

痕跡は二つ。

引きずられた跡。

……血はない。


「いや……」


低く、呟く。


「連れ去ったのなら――偶然じゃない」


沈黙。

その背後から――

赤い外套の騎士が歩み出る。


「一つ、言っておく」


冷たい声。


「ミルバーの騎士団は、ワーウィックの配下ではない。大領主の命により協力しているに過ぎん」


空気が張り詰める。

ケンは、その視線を受け止める。

逸らさない。


「今回の件は――ワーウィックだけの問題じゃない」


一歩、踏み出す。


「空から落ちてきた存在が、我々の想定通りなら……」


風が吹き抜ける。


「どの国も――無関係ではいられない」


沈黙。

そして――


「散開しろ!」


声が響く。


「扇状に展開。痕跡を追え!」


ヒヒンッ――!


馬がいななく。

騎士たちが、一斉に動く。

再び、砂漠が騒がしくなる。

狩人たち。

まだ息のある“何か”を追って。


闇。



かすかな気配。

そして――


ニャ……


今度は、柔らかい音。

吉田の瞼が、開く。


眩しい光はない。

焼ける風もない。

石。

冷たい空気。

影。

洞窟の中だった。


上体を起こす。

心臓が、激しく打つ。

そして――

視界に入る。


あの獣。

正面に座っている。

じっと見ている。

だが――

一体ではない。


その腹の下。

小さな影が動く。

もぞもぞと。

子猫たち。

不器用に乳を探し、吸いつく。


チュッ……チュッ……


規則的な音。

静寂は――

もう、脅威ではない。

守られているような静けさ。


ヨシダは瞬きをする。

ゆっくりと、視線を動かす。

そこに――

いた。

ローズ。


(……よかった)


冷えた砂の上に横たわり、

静かに呼吸している。

無傷。

生きている。


胸を締めつけていた何かが――

崩れる。

空気が、肺に戻る。


もう一度、獣を見る。

飢えではない。

本能。

守るための行動。

子を、安全な場所へ運ぶ。

そして――

そこに、自分たちも運ばれた。


なぜか。

理由は一つ。

自分の中の“何か”が――

認識された。


ヨシダは、唾を飲み込む。

声が漏れる。

小さく。


「……ありがとう……」


獣は、しばらく見つめる。

やがて――

ゆっくりと目を閉じる。

そして。


ニャ……


穏やかな声。

敬意でもない。

服従でもない。

ただ――

理解しているという響き。


外では、砂漠が牙を剥いている。

だが――

この洞窟の中だけは違った。

恐怖はない。

あるのは――

静寂。


そして、かすかな感覚。

世界が――

動き始めている。

まだ何者でもない存在を、中心にして。


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